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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
26/41

26話 静寂


 「えっ……!? 父上と母上も、この世界に来ていたっていうの!?」


 翌朝、朝露に濡れた森の中を、一行の馬車が再び動き出した。

 乗り込む際、マリアが今日こそは酔うまいと悲壮な覚悟を決めた表情をしていたのが印象的だったが、今のヒミコにはそれを弄る余裕はなかった。


 昨夜の弟召喚という前代未聞の事態を受け、ヒミコは急遽ミナトと共に客車へと乗り込み、この三ヶ月間の出来事を順を追って説明していく。


 「そうじゃ。驚くのも無理はないが、どうやらここにおるマリーの母上と、ワレらの父上・母上は旧知の仲らしくての。過去にこの世界で共に旅をしたことがあるという話じゃ」


 「……っ。マリアさんの、お母さんと……?」


 「左様。加えて、なぜかエルフ族から父上と母上は『セイバー』などと呼ばれておる。かつての功績のおかげで、今は英雄の子供扱いじゃ」


 淡々と語るヒミコに対し、ミナトは眉をひそめ、額を押さえた。


 「……ごめん姉さん。さすがにいきなり信じろと言われても、無理があるよ。御伽噺にしても出来すぎてるし、父上たちがそんな冒険をしていたなんて聞いたこともない。やっぱり、僕らは悪い集団催眠にでもかかって……」


 「カカッ! ワレも最初はそうじゃった。……マリーよ、ちょうど良い。アレを呼んでくれまいか?」

 「はい」


 マリアが静かに祈りを捧げるように呼びかける。

 以前、ヒミコに注意されたことをしっかり覚えていたのだろう。今回は暴風を巻き起こすこともなく、穏やかで神秘的な光が馬車の中に満ちていく。

 やがて、収束した光の中から、小さな影が元気よく飛び出した。


 『キタヨ、キタヨ! 呼ンダ!?』

 「う、うわああああ――っ!?」


 ミナトがひっくり返らんばかりに座席の端へと逃げ出した。

 目の前で宙に浮き、楽しそうに羽根を動かす意思を持った輝き。元の世界では絶対にありえない、――風の精霊シルフィが、そこにいた。


 「な、なな、何これ!? 妖精……!? 生きてる、浮いてる……喋った……!?」

 「カカッ! こやつはシルフィ。風の精霊じゃ」

 『ミナト、ヨロシク! ヒミコノ弟、ニテルネ!』


 シルフィはミナトの周りをクルクルと飛び回り、興味津々でその銀色の髪を引っ張る。

 指先の確かな感触、ふわりと通り過ぎる風の冷たさ、そして網膜に焼き付くみどりの光。ミナトは、ようやく自分の置かれた状況が、現実逃避のための夢でも催眠でもないことを認めざるを得なくなった。

 「……信じられない。本当に……精霊が存在する世界なんだ」


 呆然と呟くミナトの視線を真っ向から受け止め、ヒミコはいたずらっぽく、だが確信に満ちた笑みを浮かべた。


 「ミナト。いや、我が弟よ。驚くのはまだ早い。この世界には魔法があるぞ」

 「まさか……姉さん、さっき『召喚』って言ったよね? あの光も、姉さんが出したの?」

 「あぁ、そうじゃ。この三ヶ月、ワレも随分と無茶をしてきたがな。そしてな、弟よ。お主もその魔法を使える可能性が、極めて高い」

 「……っ!? ぼ、僕が!? どうやって……!」


 ミナトが身を乗り出す。その瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの強い好奇心と期待が宿っていた。


 「カカッ! 落ち着け。ウェイト、ウェイトじゃ。何も今すぐ山を飛ばせと言っておるわけではない。ミルナスまでの道中、まずは己の内にある力を感じてみることから始めようではないか」


 興奮のあまり前のめりになるミナトを、ヒミコは「まあ待て」となだめる。その仕草は、邪馬大国で少し頼りなかった姉の面影を残しつつも、この過酷な異世界で三ヶ月を生き抜いてきた強者の風格に溢れていた。

 「……姉さん、なんだか変わったね。ボクからしたら昨日の今日なのに。その……すごく、頼もしく見えるよ。頭にその、変な小鳥が止まってるのはアレだけど」

 「あぁこやつはハヤテと言う。昨日から勝手に付いてくることになったのじゃ」

 「あっ、そうなんだ。よろしく、ハヤテ」

 「ピィ!」


 ヒミコが冗談めかして胸を張ると、馬車の中に穏やかな笑い声が広がった。

 御伽噺のような景色、膝の上で跳ねる精霊、そして別人のように逞しくなった姉。ミナトにとっての「長い一日」は、未知なる修行の予感を孕んで幕を開けた。


 ◇


 「……魔力循環?」

 「はい、そうです」


 馬車に揺られながら、魔法の基礎について説明が始まる。最初はヒミコが師匠として教えていたのだが――。

 「じゃからこうじゃ! 何故分からん! へそあたりからグワッときて、こう、指先にシュバッじゃ!」

 「いや何が!? 」

 「じゃから、こう太ももらへんが詰まる感じがするじゃろ! そこをフンッて通すのじゃ!」

 「………いや!?」

 「ああもういい! ワレは寝る! マリー、後は頼んだぞ!」


 ヒミコは御車席へ向かい、ガレットの膝で寝ようとして「邪魔よ」と一蹴されると、結局隅っこで鼻提灯を上げながら爆睡を始めた。

 溜息をついたマリアが、困り顔でバトンタッチする。


 「すみませんミナトさん。……改めて、私からご説明しますね」


 マリアは、かつてヒミコに教えた時と同じように、丁寧に魔力の感じ方を説いていった。普通なら、自分の内側にある魔力を意識できるまで数ヶ月、安定して循環させるには一年以上かかるのが常識なのだが。


 「……あ、すごいですね。なんか、血管の中を、温かい水が流れている気がします。ちなみに姉さんは、これをどのくらいで覚えたんですか?」

 「ヒミコも最初は魔力暴走をしてしまいましたが……一、二週間もすればある程度は形になっていましたね」

 「えー、でも一、二週間もかかるんだ……」

 「……ミナトさん。普通、この感覚を掴むだけでも一、二年はかかるんですよ?」

 「……え!? じゃあ、姉さんって実はめちゃくちゃ凄いの!?」


 スースーと気の抜けた寝息を立てるパジャマ姿の姉を見やり、ミナトは戦慄した。この適当な教え方をする姉が、この世界では「規格外の天才」であることを、彼はまだ知らない。



 翌日も、その翌日も、馬車は新緑の海を渡るように移動を繰り返した。

 その間、ミナトはマリア、時にはガレットからも助言を受け、魔力循環の訓練に没頭していた。ちなみにヒミコはというと、「頑張れー」と横で木の実を貪りながら応援という名の見物をしていただけである。

 途中、ヒミコが「そろそろモフらせろ!」と猫族たちの馬車へ突撃し、ルルーニャたちが悲鳴を上げて逃げ回るという一悶着はあったものの、旅は概ね順調だった。


 マリアもようやくデコボコ道の揺れに順応したのか、顔色を悪くすることもなくなっていた。

 そして移動を始めて四日が経つ頃には、ミナトの魔力循環はすっかり様になっていた。

 普通、初心者が馬車の揺れの中で魔力を練るなど至難の業だ。それを短期間でこなすミナトの習得速度は、教える側のマリアが「やはりこの姉弟は、おかしい……」と戦慄するほどだった。

 ――異変が起きたのは、7日目のことだった。

 あの日以来、ぱったりと姿を見せなかった魔物が、ついにその牙を剥く。


 「おかしいわね……」


 御車席で手綱を握るガレットが、小さく呟いた。

 ほんの微かな独り言。だが、修行の見学にも飽きて暇を持て余していたヒミコは、その一言を聞き逃さなかった。


 「なんじゃ! ついにイベント発生か!?」

 「あんたね……。まぁいいわ、ちょうど注意を促そうと思っていたところよ。ここから先に不自然なほどに生き物の気配が消えているの」


 ガレットの言葉に、車内でミナトの修行を見ていたマリアも顔を出す。


 「どうしましたか、ガレット」


 「嫌な予感がします。この静けさ……群れを成すような雑魚じゃない。もっと個体として強力な、何かがこの先に潜んでいるかもしれません」


 ガレットの鋭い視線の先、森の奥深くには、陽光さえ届かぬような不気味な闇が溜まっていた。


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