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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
24/41

24話 召喚

 

 拾い集めた枝を両脇に抱え、ヒミコは鼻歌まじりに野営地へと戻った。

 森の夕闇が濃くなるにつれ、川辺に灯る焚き火の明かりがいっそう温かく感じられる。そこには、遠くからでもはっきりと聞こえるほど陽気な、猫族たちの喧騒が響き渡っていた。


 「ニャッハ――! 今日の川は宝の山ニャス! 大漁、大漁ニャス――!」

 「「「ニャッーー!!」」」


 天高く、器用に掴んだ己の戦利品を掲げ、猫族たちが歓喜の舞を踊っている。銀色に輝く川魚は十匹、いやそれ以上はあるだろうか。跳ねる魚の鱗が火に照らされ、宝石のように煌めいている。

 それを見守る二人のエルフ、マリアとガレットの表情も実に微笑ましげだ。いつの間にか、馬車に揺られて真っ青だったマリアの顔にも生気が戻り、穏やかな笑みを浮かべている。


 「……ふむ。ハヤテ、お主は普段何を食うのじゃ? 魚はいける口か?」


 ヒミコはふと思いついて、自分の頭頂部を定位置にしている相棒に尋ねてみた。

 ルミナスのハヤテは、待ってましたと言わんばかりに鮮やかな緑の翼を広げ、パタパタと踊り出す。


「ピー……ピッピッピッピーピッピ!」


 首を傾げたり、嘴で胸元を突ついたりと必死のアピール。だが、ヒミコは神妙な顔で頷き、こう言い放った。

 「なるほどな。……さっぱり分からん。後でマリアにでも通訳してもらうとしよう」

 「ピィ……」


 期待を裏切られたハヤテは、あからさまに落胆してガックリと首を落とした。その重みが頭に伝わり、ヒミコは思わず吹き出す。

 両手に大量の枝を抱え、頭に落胆した小鳥を乗せて戻ってきたヒミコに、ガレットが呆れたような、それでいてどこか優しい苦笑いを浮かべて歩み寄った。


 「おかえり。……あのねヒミコ、着火用の枝だからそんなに量は必要なかったのだけど。まぁ、ありがとう。よくそれだけ集めてきたわね」

 「なんじゃ、それを先に言わんか。これでもワレの審美眼で選んだ最高の一等品ばかりじゃぞ。重かったのじゃからな」


 ふん、と鼻を鳴らして薪を下ろすヒミコの横で、マリアが申し訳なさそうに控えめに手を合わせた。

 「すみません、ヒミコ。私は何もせずにお休みさせていただいてしまって……」

 「ん? 気にするなマリー。具合が悪かった時はお互い様というやつじゃ。それより大丈夫なのか?」

 「はい、おかげさまで。川の音を聴いていたら、すっかり落ち着きました」

 「そうか! ならば良しじゃ!」


 ヒミコがカカッと笑っていると、猫族のリーダー格であるルルーニャが軽い足取りでガレットの元へ歩み寄った。その腕には、先ほどの大漁の成果が抱えられている。


 「よければ、この魚を皆で食べませんかニャス? お裾分けニャ」

 「えっ、いいの?」

 「はいニャス。道中、魔物からも守って貰ってますニャスし……これくらいの礼は当然ニャ」


 おずおずと差し出された瑞々しい川魚の束。その銀色の輝きに、ヒミコの料理人としての魂(あるいは食いしん坊な本能)が火を吹いた。

 「ほう、いい魚じゃ。ルルーニャ、これをワレに任せてくれるか? せっかくじゃ、エルフも猫族も分け隔てなく、全員で一つの鍋を囲もうではないか!」


 ヒミコの鶴の一声で、急遽鍋パーティーの開催が決定した。

 川から汲んできた水に、ヒミコが厳選した一等品の枝で熾した焚き火。

 鍋の中では、猫族たちが器用に叩いてつみれにした魚の身が、ヒミコがガレットに頼んでディメンジョンから取り出した色とりどりのキノコや山菜と共に、美味しそうな音を立てて踊り始める。


 「いいか、魚の身は煮込みすぎると硬くなる。この、ふっくらと浮いてきた瞬間が、食べごろじゃ!」


 ヒミコは手際よく器に盛り、熱々の汁と共に全員へ差し出していく。

 立ち上る湯気には、魚の脂の甘い香りと、隠し味に加えた森のハーブの爽やかな香りが混ざり合い、空腹の胃袋を激しく刺激した。


 「……ん! なにこれ、信じられない美味しさだわ! 魚を煮るなんてエフィリアではあまりしないけれど……この出汁というのかしら、身体の芯から温まるわね」


 ガレットが驚きに目を丸くし、ハフハフと頬張る。


 「本当ですね……。とても優しいお味で、弱っていた胃に染み渡ります」


 青白かったマリアの頬に、ようやくポッと健康的な赤みが差した。それを見たヒミコは満足げに鼻を高くする。

 「ニャ、ニャ、ニャーーー!! 美味すぎるニャスー! ヒミコは実はとんでもなく良い奴ニャッたニャスか!? 骨まで、骨の髄までしゃぶり尽くすニャスー!」


 猫族たちはもはや言葉を忘れ、一心不乱に鍋に頭を突っ込まんばかりの勢いだ。


 「カカッ! 宴はこうでなくてはな!」

 「ヒミコあんた、一応姫なのに料理なんて出来るのね」

 「おぉ、森に遊びに行くと腹が減るじゃろう? 連れの兵士が教えてくれてな。そこから習ったのじゃ」


 賑やかな笑い声が、夜の森に溶けていく。ハヤテもヒミコの掌を器代わりに、熱心に魚の身を突ついて満足げに鳴いていた。

 食後のひととき、焚き火の爆ぜる音を聴きながら、ヒミコはふと思い出したことを口にした。


 「そういえば……さっき枝を拾っておる時に、白いシカに遭ったぞ」

 「えっ、ユニコーンですか?」


 マリアが汁のついたスプーンを止めて身を乗り出した。

 「おぉ、多分それじゃ。透き通るような白で、なかなかの風格じゃった。……そ奴がな、『呼びなさい』って言って来た」

 「呼びなさい? ……何をかしら。というか、ハヤテに懐かれたり、ユニコーンに遭遇したり。あんたすごいわね」


 ガレットが呆れたように肩をすくめる。


 「ニャッ! きっと、もっとデカい魚を呼べってことに違いないニャス! 幻の巨大魚を召喚しろという天啓ニャ!」

 「「「ニャー!!」」」


 一匹の猫族が限界まで両手を広げ、想像上の巨大魚を熱演する。仲間たちはそれに大喝采を送るが、マリアだけは真剣な眼差しをヒミコへ向けた。


 「……猫族さんたちらしいですが、精霊獣がわざわざ語りかけたとなれば、もっと神秘的なこと……例えば召喚のようなことではないでしょうか?」

「ん? 【召喚】……?」


 ――その言葉が、ヒミコの意識に眠るスイッチを押し下げた。

 脳裏に、あの不思議な映像で見た女性が鮮烈に蘇る。右手を天に掲げ、何かを強く、魂の底から求めたあの感覚。


 「呼ぶ……。ワレが、呼ぶ……?」


 無意識のうちに、ヒミコは右手を突き出していた。

 その瞬間、手のひらから凄まじい黄金の光が溢れ出した。


 「きゃっ! な、なにこの魔力!?」

 「ま、眩しいニャスー! 目が、目が潰れるニャス――!」


 闇に包まれていた川辺が、真昼をも超える輝きに塗り替えられる。渦巻く魔力の奔流が焚き火を巻き上げ、火の粉が乱舞した。猫族たちはあまりの衝撃に、折り重なるようにひっくり返る。

 やがて、猛烈な光が収まり、視界が戻ってきた。

 そこには、鍋を囲む一行のど真ん中。香ばしい魚の匂いが漂う焚き火のすぐ横に、見た事が無い者が転がっていた。

 それは、エルフの森には似つかわしくない、ゼブラ柄のパジャマ。寝ぼけたように目をこする、少し幼さの残る少年。

「…………痛ったー。……? ここ、どこ? ……あれ姉さん……?」


 呆然と座り込み、状況が飲み込めず首を傾げる少年の姿。

 ヒミコの心臓が、鐘を打ち鳴らすように激しく跳ね上がった。


 「……ミナト? お主、ミナトなのか!?」


 召喚されたのは、猫族が望んだ巨大魚でも、伝説の幻獣でもない。

 邪馬大国に、元の世界に残してきたはずの、ヒミコのたった一人の弟であった。


 


 ◇◇◇


 揺らめく灯火が深紅の絨毯を照らす、静謐な謁見の間。

 豪奢な玉座に深く腰掛け、肘を突きながら不遜に足を組む男がいた。


 「陛下。先程スピリットキングダム領内において、神気を検出いたしました」


 跪く配下の報告に、陛下と呼ばれる男は、退屈を隠そうともせずに視線を投げた。


 「そうか。してどちらだ」

 「それが……そのどちらでもございません。これまでに観測されたことのない、極めて特異な神気です」

 「ほう……?」


 男の瞳に、初めて微かな好奇の色が宿る。

 「そうか。大儀であった。下がって良いぞ」

 「はっ。失礼いたします」


 音もなく立ち去る配下の背中を尻目に、男は立ち上がり、開かれた窓から夜空を見上げた。その視線の方角は、エルフ国――スピリットキングダム。

 男は満足げに口角を吊り上げ、愉悦を孕んだ声で低く呟いた。


 「―――来たか、太陽神」



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