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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
23/41

23話 ゴブリン

 

 その後、一週間。

 ワレらは各族長の里に寄り道しながら、着実に大森林の外へと向かっていった。

 女王からの伝達が届いていたのじゃろう。どの里も手厚い歓迎をしてくれた。族長たちは皆温厚な者ばかりであったが、中にはなかなか面白い奴もいたので、いつか機会があれば語りたいと思う。


 やがて最後の里を抜け、魔物が多く生息する危険域に突入した。


 首都周辺とは違い、ここは人族との自然な防波堤とするためにあえて魔物を駆除していないという。……なるほど、世知辛い理屈じゃ。


 そしてさっそく1日目。ヒミコにとって未知の魔物との出会いが訪れた。


 「止まって! 敵よ!」


 ガレットの鋭い声に、先頭を行くエルフの馬車が急停止する。


 「ニャッ!? お、任せしましたニャス!」


 猫族たちが馬車へ逃げ込むのと入れ替わりに、ガレットが一番に飛び出してきた。ワレもまたテンション爆上げで、彼女の元へ一目散に駆け寄る。


 「どれじゃどれじゃ! どこにおる!」

 「あそこよ。落ち着きなさい」


 ガレットが指差す先。木陰の草むらをかき分け、人型の物体がこちらへ近づいてくる。

 腰巻一枚の半裸に、全身緑色の醜悪な肌。


 「おぉ! あれが女の敵と言われるゴブリンか! すげー気持ち悪くてブスじゃのぅ! カカッ!」


 歓喜に満ちたワレの表情と、暴言に近いセリフが全く一致していないが気にするな。初回限定の新種ボーナスじゃ。


 「おい、マリー! ゴブリンじゃぞ!」

 「……はい、気持ち悪いですね……」

 「ピィ…」


 馬車の中からはマリーの消え入りそうな声。デコボコ道に酔ったのか、テコでも降りてくる気配がない。「気持ち悪い」という言葉に、魔物の外見と自身の体調の二つの意味を込めるという高度なテクニックを披露するマリーを放っておき、ワレは再びゴブリンを凝視した。


 ……三匹じゃ。

 一匹は剣を掲げ、下卑た笑みを浮かべている。

 二匹目は両手に剣を抱え、「グギャグギャ!」と騒がしい。


 最後の一匹は、「……ギャ」と哀愁を漂わせ、丸腰でトボトボ歩いてくる。


 「……最後の一匹、あいついじめられとるのか?」


 武器を一本分けてやればいいのに……と場違いな同情を寄せるワレに対し、ガレットは真剣な眼差しで弓を構えた。


 「いい、ヒミコ? ゴブリンは狡猾なの。武器持ちに注意を逸らしておいて、後ろの丸腰が遠距離魔法を放つ『ゴブリンメイジ』という可能性もあるわ。戦いの基本を見せてあげる」


 ガレットが限界まで弦を引き絞る。


 「まずは後衛! 前衛が近づく前に、厄介な奴を仕留めるのが先決よ!」


 放たれた矢は周囲の空気を置き去りにし、猛スピードで後方のゴブリンの胸を射抜いた。


 「ぐぎょー!」


 汚い雄叫びを上げ、緑のキモ生物が倒れ伏す。その際、腰巻がホロリと外れたのはなかなかの芸術点じゃ。ワレの脳内採点メーターは一瞬でレッドゾーンを突破し、祝福の紙吹雪が舞った。


 「お見事じゃ! ようあんな遠くの奴に当てられるものよな!」

 「じゃなきゃ隊長なんてやってられないわ」


 後方の仲間の死を一瞥し、残りの二匹が憤怒の声を上げて加速する。

 その必死な姿を見て、ワレはふと物思いにふけた。


 (なんじゃ、こやつらにも、感情というのがあるんじゃな)


 そして、疲れないのか?とも。


 こんなデコボコ道を百メートル以上全力ダッシュしてくる執念。普通の動物なら逃げていくものを、こやつらは長年の仇のように襲いかかってくる。


 「――まぁ、いいか。来るなら受けて立つまでじゃ」


 ワレは腰の剣をすらりと引き抜いた。それを見たガレットが、試すような視線を向けてくる。


 「やってみる?」

 「おぉ! 戦いには慣れておかんとの」

 「わかった。何かあればフォローするわ。……行きなさい!」

 「頼んだのじゃ!ハヤテ!少し下がっておれ」

 「ピッ」

 

 既に定位置となったヒミコのアホ毛から避難するのを確認すると、迫りくる二匹のゴブリンを見据え、ヒミコは魔力循環を開始した。

 普通の魔法使いなら「もったいない」と顔をしかめるような無茶な魔力消費。だが、底なしの魔力を持つヒミコにとっては、これが標準装備の無駄遣い。魔力ブーストによって筋肉が、神経が、爆発的なエネルギーを帯びる。

 ドォッ、と地面を蹴る。

 普段の二倍――いや、それ以上のスピードで、ヒミコは弾丸のように走り出した。


 「グギャ!?」


 ゴブリンが驚愕の声を上げる暇もなかった。風を置き去りにして距離を詰めたヒミコは、そのまま高く跳躍する。

 空中で剣を閃かせ、一匹目の喉元を鮮やかに切り裂く。着地の衝撃を待たず、今度は腰から引き抜いた短剣を、もう一方のゴブリンの眉間へと力任せに投じ、深々と命中させた。

 まさに、瞬殺。


 「まるで野生児ね……」


 呆然と呟くガレットの声に、後方の馬車からこっそり覗いていた猫族たちからも「「「ニャス……(強すぎるニャス……)」」」と戦慄混じりの賛同が漏れる。

 血振りをし、剣を納めて戻ってきたヒミコに、ガレットが尋ねた。


 「イビルボアみたいな魔獣型ならともかく、人型の魔物は初めてでしょう? 斬った感触とか……気持ち悪くなかった?」

 戻ってきたヒミコは、数秒の沈黙の後――、


 「…………めっちゃゲロ吐きそうなのじゃ。正直、感触がマジでキモいのじゃ」

 「あ、やっぱりそうなのね。……あんまりケロッとしてるから、大丈夫なんだと勘違いしてたわ」


 顔面を蒼白にしながら、ワレは全力で草むらへと向かった。……初回限定、勝利の余韻。それは、胃の中から込み上げる酸っぱい何かによって、あっさりと上書きされてしまったのである。

 

 

 ◇


 「今日はこの辺で休みましょうか」


 ガレットが馬車を止めたのは、眼下に川のせせらぎが聞こえる、開けた森の中だった。

 周囲の視界もそれなりに良く、野宿の立地としては申し分ない。

 後方の猫族たちもそれで異存はないようで、止まるなり一斉に準備を始めた。彼らはこれ幸いとばかりに川へ駆け寄り、新鮮な晩御飯()を確保しに向かったようだ。


 「マリー、大丈夫か?」


 馬車の窓から中を覗き込むと、普段から色白なマリアが、さらに一段階上の青白さへと進化を遂げていた。


 「ええ……。普通の道なら平気なのですが、やはりデコボコ道は堪えますね。少し休めば落ち着きますから、気にしないでください」

 「そうか! なら、ゆっくり寝ておれ!」


 頼もしく(?)言い残すと、ワレは野営の準備を始めたガレットの方へと向かった。


 「ガレット、ワレも何か手伝うか?」


 その言葉に、薪を運ぼうとしていたガレットが、信じられないものを見るような目で固まった。


 「……えっ。ヒミコ、あんたが? 手伝ってくれるの? 本当に?」

 「なんじゃその目は。ワレのことを、一切手伝いをしない『お転婆我儘クールビューティー姫』だとでも思っておったか」

 「……そこまでは言ってないわよ。……っていうか、後半の二つは余計じゃない?」

 ガレットは呆れたように肩をすくめたが、その口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。


 「じゃあ、火を熾すための手頃な枝を集めてきてくれる? あんまり湿ってないやつをお願いね」

 「任せておけ! ワレの審美眼で最高の一等品を選んできてやるわ!」

 「あまり遠くへ行っちゃだめよ」

 「お主はワレの母上か!」


 背後から飛んできたガレットの小言を軽快にいなし、ワレは木の枝(零式改 Ver2.0)を片手に森の奥へと分け入った。

 川がすぐ下を流れている。その湿気が上へと昇ってきている気がしたワレは、「さらに高い場所へ行けば、乾いた枝があるはずじゃ」という安直な理屈で斜面を登っていった。


 「ふーんふんふん……おっ、お宝じゃ。ここにも一本。カカッ、やはりワレの目に狂いはなかったな」

 

 良質な枝をいくつか拾い集め、そろそろ戻ろうかと思ったその時。

 ふと、背後から射貫くような視線を感じて、ワレは足を止めた。

 そこにいたのは、透き通るような白い体躯を持つ、美しいシカだった。

 だが、ただのシカではない。その額には、夕闇の中で淡く発光する一本の角――幻想的な獣が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。


 「…………」


 声が出なかった。あれが話に聞いたユニコーンかと。その気高さに圧倒され、ワレが息を呑んで立ち尽くしていると。

 頭の中に直接、鈴の音を転がしたような澄んだ声が響いてきた。


 『呼びなさい。あなたには、既にその力が備わっています』

 「あっ、なんじゃ……? 呼ぶ……?」


 問い返そうとして瞬きをした、その一瞬。

 目の前にいたはずの白い影は、霞のように消え失せていた。


 「なんだったんじゃ……。ワレ、また何か幻でも見たのか……?」



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