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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
21/41

21話 勾玉


 

 「ふふふっ、驚かせてごめんなさいね? ――シンの乎、ヒミコ」


 背後から、鼓膜に直接響くような、透き通った声が聞こえた。

 現在のワレの立ち位置は、泉に背を向け、目の前には時が止まったように憐れな姿の半目のマリア。御車席に乗り込もうとした姿勢で固まったガレット。そして、気絶したルルーニャを運び込もうとして、重力を無視してピタリと止まった猫たちの姿がある。


 つまり、全員集合。いや待てよ。猫族が一ぴき……二ひき……三びき……四ひき。うん、やはり全員いるな。

 というか、この世界の猫族の数え方は「匹」で合っておるのじゃろうか?

 一は「ぴき」、二は「ひき」、三は「びき」。この単位を考えた奴に、ワレは小一時間インタビューを申し込みたい。

 何故、3だけ「びき」なのか


 ……いかん。現実逃避をしておる場合ではなかった。

 これ、振り向かんといかんのじゃろうな。嫌じゃなぁ、怖いなぁ。


 【振り向く?】

 ・はい

 ・いいえ


 脳内にそんなコマンドが表示された気がしたが、たとえ「いいえ」を選んだところで、一向にストーリーが進まないようになっている。実質、一本道ロープレと同じ状況がワレに降りかかっておる気がするのじゃが。


 ヒミコが観念してゆっくりと振り向くと、そこには――泉の中心、水面から数十センチ浮いた場所に、ニコリと微笑を浮かべながら宙に浮いている女性の姿があった。


 見る角度によっては、輝きにより金色にも見える背中まで伸ばした銀髪。

 水面のように揺れ続ける透き通った薄緑色のドレープを幾重にも重ねてその身に纏い、背中には淡い光を放つ四枚の羽を生やしていた。


 先程まで周りに点在していた低位精霊たちが、磁石に吸い寄せられるように彼女の元へ集まっており、それが彼女の魅力を引き立てる天然のアクセサリーのようだ。


 同じ女性から見ても惚れ惚れするような整った顔立ち。

 裸足でふわふわと宙に浮き続けるその姿は神秘性に満ちており、何より、エルフ国で見た光の最上位精霊ルクシスすら霞むほどの圧倒的な「圧」を感じた。


 低位、中位、上位、最上位……いや、さらにまだその上がある感じ?とも。


 「初めまして、シンの乎ヒミコ。私は四天霊レティス。いきなり驚かせて申し訳ありません」

 「………………はぁ」


 シテンレイ? シンノコ? タケノコ?

 何のことかさっぱり分からんが、とにかく凄まじく偉そうな奴が謝罪してきた。ヒミコは数秒の熟考(という名の困惑)の末、なんとも気の抜けた返球を返した。


 「えーっと? ワレのことを知っているような口ぶりじゃが?」

 「はい、あなたのことは知っています。シンの乎ヒミコ」

 「その呼び方がまず分からん。それに、何故ワレのことを知っておるのじゃ?」


 レティスは少しだけ考える仕草を見せた後、慈愛に満ちた口調で言った。


 「申し訳ありません。私の口からはまだ多くのことを言えないのです。ですが、これだけは伝えておきます。ヒミコ、あなたはこの世界に『呼ばれるべくして呼ばれた』のです」

……………………………………………………………………………パジャマ姿で?


 「それは、本当に申し訳ありません」

 「えっ!? 」

 「ごめんなさい。思わず心の声に反応してしまいました」


 はぇー……心の声まで筒抜けか。

 ちなみに、ナイトキャップの行方も分かったりするかの?


 「あなたがいた世界線の、寝室のベッドの下に落ちています」


 じゃろうな。知ってた。朝起きたらいつも落ちてるからな。……いや、そんなことはどうでもいいのじゃ!


 「それで? 呼ばれるべくして呼ばれたとは? それに、この時が止まった状況は何なんじゃ?」

 「時が動いた状態だと、半世界たるこの世界には、私の存在は強く影響を及ぼしすぎてしまうのです。今回、私が現れたのは精霊神様からの伝言、そして――ヒミコ、あなたに渡す物があるためです」

 「渡す物?」

 「はい。疑問に思ったことはありませんか? この世界に来てから三ヶ月。エルフの皆と魔物を退治し、厳しい修行もした。それなのに、あなたが一向に属性魔法を覚える気配がないことを」

 「おぉ、確かに。ワレ、天才のはずなのにおかしいと思っておったところじゃ」

 「単刀直入に言います。あなたに『属性魔法』は使えません」


 ……ショック!!! ワレの火炎放射や雷撃の夢が!?


 「代わりに、あなたには『無属性魔法』が使えます。属性の概念を超え、万物をあるべき姿に、あるいは無に還す魔法。それがあなたの力です」


 無属性。響きは地味じゃが、なんか強そうではある。


 「そして、精霊神からのお言葉を伝えます。『この世界のどこかにある、全ての勾玉を探せ。さすれば、汝がこの世界に来た真の理由が分かるであろう』……以上です」

 「はぁ。勾玉集め……」

 「はい、近くまで行けば自ずと引き合わされる運命なので、そう真剣に捉えなくても大丈夫ですよ。そしてこれが最初の一つです。……では、あなたのご武運をお祈りしております。……良き旅を、―――様」

 「おいちょっと――」


 そう言いたい事を一方的に言い終わると、レティスは何処からともなく翡翠色に輝く石っころ――『勾玉』を取り出した。

 彼女の手を離れると、まるで意志を持っているかのようにヒミコの方へふわふわと飛んでくる。レティスはそれを見届けることもなく、慈愛に満ちた笑みを浮かべたまま、光の粒子となって霧散していった。


 「何なんじゃまったく……っておい、めちゃめちゃワレの方に向かってくるではないか」


 なんとなく直撃を避けたくなったヒミコは、右へ左へとステップを踏んでみた。だが、緑の石っころは物理法則を無視したキレのある軌道で、執拗にヒミコの正面をキープし続ける。


 「新種のストーカーか? 」


 目の前で浮遊し、隙あらば懐に飛び込もうとしてくる石。このまま逃げ続けたらどうなるのじゃろうか。そんな益体のないことを考えていた、その時。


 「――ヒミコ、何してるの?」


 不意に、マリアの呆れたような声が鼓膜を震わせた。世界の色が戻り、風の音が耳に飛び込んでくる。

 「おぉ! 生き返ったか!(?)――あっ」


 ――胸に吸い込まれる


 ――輝く


 ――世界は

 


 

 ◇◇◇

 ◇◇

 ◇


 歴史上、類を見ない干ばつが続いていた。

 大地は生気を失って無残にひび割れ、湿り気を失った土は死者の灰のように白く乾き、風に舞う。

 

 川は底を突き、干上がった泥の上には口をパクパクと動かしたまま果てた魚の死骸が、腐臭を放ちながら横たわっている。田植えの時に人々が抱いたささやかな希望は、今や赤ん坊の泣き声すら枯れ果てた、濁った絶望へと形を変えていた。

 

 このままでは、冬を越す前に村一つが丸ごと骸の山に変わる。それは誰の目にも明らかな、逃れようのない終焉だった。

 極限状態に陥ったとき、人は理屈ではなく、目に見えぬ力に縋る。それがたとえ、生贄を求めるような無慈悲なものであっても。


 「……卑弥呼様。八百万の神へ雨乞いの儀を。邪馬台国の民より血を吐くような嘆願が届いております。もはや、我らにはこれしか……」


 老いた側近の震える声に、卑弥呼は静かに目を閉じた。

 

 当たるも八卦、当たらぬも八卦。祈祷で雨が降ればよし。降らなければそれは神がお怒りなのだ。あるいは、捧げ物が、信仰が、あるいは卑弥呼自身の徳が足りなかったのだと、そう切り捨てられる。

 

 だが、統治者である卑弥呼は苦悩した。

 誰よりも民の生活を想い、一人ひとりの命を重んじる彼女にとって、神への祈りは単なる儀式ではなかった。いつしか、祈祷を捧げることそのものが、彼女の心を削り取る苦行へと変わっていった。

 祭壇に立ち、民のために頭を下げ、喉を潰して声を枯らし、雨を請う。

 それでも、空はどこまでも高く、無慈悲なほどに美しく晴れ渡り、大地を、そして人々の命を焼き続ける。

 膝をつき、祈り台の冷たい石に額を擦り付けた卑弥呼の胸に、どす黒い感情が芽生える。

 それは、信仰を捨てた呪いに近いものだった。


 「……何故だ! 何故、ただ懸命に生きる民に、このような仕打ちをなさるのか!!」


 それは祈りではなく、絶叫。

 慈しむべき神を、彼女はこの時、心の底から恨んだ。

 

 溢れ出した涙が渇いた石の床に落ち、一瞬で吸い込まれる。


 卑弥呼は衝動のままに立ち上がると、震える手を、憎き太陽が君臨する天へと高く掲げた。


 「答えよ! 応えぬのなら、ワレがこの空を引き裂いてくれる!!」



 その瞬間だった

 


 ――遥か高天の彼方、人の瞳では決して捉えられぬ金色の瞳が、わずかに細められた。

 それは、地上の嘆きを静観していた絶対者の、ほんの刹那の気まぐれ。

 卑弥呼の震える指先に、誰にも見えぬ、温かくも恐ろしい陽光の指が、優しく重なる。

 バチッ、と。

 

 鼓膜を震わせる異音と共に、彼女の全身から無色の衝撃が奔った。

 卑弥呼自身の魂を削り出した純粋な意志の奔流が、天界から差し伸べられた神威という触媒を得て、この世界の理を無理やり捻じ曲げる。

 

 一点の曇りもなかった蒼穹が、彼女の叫びに呼応するように、たった一瞬でどす黒い暗雲に塗り潰される。

 

 ドォォォォォン!!

 

 大気を震わせる地響きのような雷鳴。

 それは、神が彼女を許した合図か、あるいは――。

 次の瞬間、滝のような雨が大地を叩きつけた。

 ひび割れた大地を潤し、死にかけた命を繋ぐ慈雨。

 狂喜乱舞し、泥にまみれて天を拝む民の声が遠くで聞こえる。だが、天を仰ぐ卑弥呼の瞳に宿っていたのは、救済の喜びではない。

 自分の指先に残る、自分のものではない温もりの残滓。

 

 神を呪った瞬間に、神に愛でられたような

 

 その矛盾した感覚と、自らの内側に芽生えた得体の知れないナニカに対する、根源的な恐怖に、彼女は雨の中で一人立ち尽くしていた。



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