20話 フラッシュモブ
ミルナス王国
そこはエフィリアから南側に位置し、人族国家の中では珍しく友好関係を維持している国の一つじゃ。多少なりとも交易がある国家ということで、今回の最初の目的地に選ばれたわけじゃ。
旅立ちからはや二週間。
現在はもう間もなく大森林を抜け、平野部に入ろうという所じゃ。ここからは人間に遭遇する可能性があるため、大森林の影があるうちに偽装が使えるアイテムによって、マリアとガレットの二人は人族の姿に化けておる。まぁほとんど変わらず耳が人族のように短くなっとるだけな気がするのじゃが。
抜けるまでの道中は、まぁ色々あった。
疲れ果てて、今にもぶっ倒れそうなワレらの顔を見れば分かるじゃろう? え、分からん? まぁええわ。
少しここらで小休憩をするので、その間にこの二週間のドタバタを振り返るとしようか。
◇
エフィリアを出発してから、早一時間。
あの時は良かった。冒険への期待感と、まだ見ぬ新たな世界にワクワクが止まらず、ワレの心は高揚感でパンパンに膨らんでおった。
それに、後方の馬車にいる猫族よ! 猫が喋っとる!
猫族もミルナスに行くということで、道中共に行動することになったのじゃが。
「にゃー(お腹すいた)」ではない! 「お腹すいたニャス」と、自身の感情を言語で口に出してきよるんじゃぞ? やばないか!? あとで絶対に後ろの馬車に乗り込んで、毛並みを確認せねばと決意しておった。
そんなことを考えていたら、急にマリアが言い出したのじゃ。
「ここで祈りを捧げてから出発しましょう。ウェンデの泉に立ち寄ります」
おい待て。既に冒険に出発して一時間も経っておるのじゃぞ?
その一言によって、ワレの気分は一気にリセットされた。
言うなれば、外出してから五分後に「あ、忘れ物した」と気づいて家に取りに帰った時、合計十分の時間を無駄にするあの脱力感と同じじゃ……いや、もっと酷いな。今まさにワレが感じているのだから、これは重大なタイムロスなのじゃ!
もちろんワレは反対した。ガレットはマリーのいう事基本否定せんから役に立たん、ワレは断固反対じゃ。
祈りを捧げている間、暇すぎて空に向かって雄叫びを上げるくらいしかすることがないからじゃ(?)
じゃから提案した。ここは民主主義の基本、多数決で決めようと。こっちには猫族もいるからな、数では負けん……!
ウェンデの泉に到着した。
普段はエルフにしか立ち入ることを許されない場所、というプレミア感に、猫族たちが二つ返事で食いつきおった。
もちろんワレも頑張ったぞ。「あそこはお化けが出るぞ」だの、「商売不繁盛の呪いを受けちゃうぞ」だの、「泉があるだけで暇すぎて雄叫びを上げるしかなくなるぞ」だの。あることないこと囁きまくったが、プレミア感の前ではワレの努力は無力であった。
あとでルルーニャから聞いた話では、ワレが嘘を吐くたびに後ろでマリアが「そんなことありませんよー」と首を振っていたという。チクショウ!エルフの耳の良さを計算に入れてなかったわ……!
ウェンデの泉は、別名「精霊の通り道」というらしい。
馬車一台がやっと通れるほどの狭い山道を潜り抜けた先に、ひょっこりとその姿を現した。
あぁ、先に言っておくが、ワレは説明が苦手なんじゃ! 情景を緻密に説明するだの、今日あった出来事を順序立てて説明するだの、そういうのは弟が得意とするところじゃからな!
ということで、あれじゃ。わかるじゃろ?
周囲を古木に囲まれた中心に、そこそこ大きい泉があるんじゃ。確かに、綺麗ではあった。この空間だけ、蛍のような光がチカチカーっと漂っていて、それが泉の鏡のような水面に反射して……まぁ、感動すればする、といったところか?
ワレからすれば「で?」となるわけだが、猫族の奴らは「「「うにゃあー!!」」」と、ひっくり返って感動しとった。
マリアとガレットは、さっそく泉の中央に向かって跪き、何やら両手を組んでブツブツと聞き取れない言葉で祈りを捧げている。
前回の祈りは一時間じゃった。今回もしそれを超えたら、ガレットの背中に向かって思いっきりダイブしてやると心に決めた。
「ピッ!」
そう思いながらぼけーっとしとると、ワレの肩に緑色の小鳥が急に止まった。
エメラルドのような羽毛と、つぶらな瞳。話しに聞いていた「ウェンデの泉で寝ていた時にずっとワレの肩に止まっていた」とかいう小鳥、ルミナスであろう。
「なんじゃ鳥ッコロ。確かルミナスじゃったな?」
「ピィッピ!」
ルミナスは、ワレの言葉に頷くように、短い尾をぴこぴこ振ってみせた。
「カカッそうか、いや分からん。お主、他の兵士からワレを守ってくれた命の恩人だとガレットは言っておったが、本当か?」
「ピィ! ピィッピ!」
得意げに胸を張り、何度も鳴きながら、肩の上をちょこちょこ移動し始めるルミナス。その小さな足がワレの服の肩の上を軽い足取りで歩く。
「ふむ、そこまで自慢げに言われると、信じるしかないのぅ。感謝するぞ、鳥ッコロ。……ワレの命を救った褒美に、今夜は特別に焼いてやっても良いぞ?」
「ピィッ!?」
ルミナスはワレの言葉を聞いた途端、まるで雷に打たれたかのように硬直し、そして慌ててワレの自慢のアホ毛に飛び移った。そこで羽毛を逆立て、警戒心丸出しでワレを見つめている。
「冗談じゃよ。カカッ、そんなに怯えることはなかろうに。……で、お主、ここで何を定住しようとしておるんじゃ?」
「ピィッピ!」
アホ毛の上でぴょんぴょん跳ねながら、泉の方を向いて可愛らしく鳴く。
「……なんじゃ、泉が綺麗じゃから、ワレも一緒に感動しろということか? ワレはそこまで多感な乙女ではないのじゃがのぅ」
「ピィ……」
少し不満げに、ルミナスはワレのアホ毛を軽く啄いた。
「おいこら啄くな。ワレのチャームポイントじゃぞ。……あー、それにしても暇じゃなぁ。お主、面白い芸でもできるか? 例えば、逆立ちしながら歌うとか」
「ピィ! ピィッピィ!」
ルミナスは怒ったように鳴き、ワレの頭上をくるりと一周すると、そのまま風に乗って、泉のほとりの木々へと飛び去って行った。
「なんじゃ、冷たいのぅ。……まぁ、焼き鳥にされそうになったら、そりゃ逃げるわな。にしても、暇じゃ」
猫族は相変わらずその光景を堪能しておったが、その内の一匹……リーダーのルルーニャが、胸に手を当ててペコリと泉にお辞儀をして下がってきた。
「ふむ」
――猫のくせになかなかジェントルマンな奴よ。
「おいお主。確かルルーニャじゃったな? ワレはヒミコという」
「知ってるニャスよ。挨拶はすでに済ませたはずニャスが……」
見れば見るほど、猫じゃ。それが時折二足歩行するのが、なんともシュール。
猫耳に合わせて穴を開けた特注のビーニーを被り、望遠鏡を首から下げ、オシャンティな胸当てを着用してリュックを背負っとる。
確定で一つ言えることは、こやつらは絶対にコタツで丸くなるような家猫ではないということじゃ。
「お主ら猫族はマンマ猫なのに喋れるのじゃなぁー。違和感が半端ないのじゃ。キャワワワワじゃがの。……して、しっぽ触っても良いか?」
「お断りニャス。例えばヒミコ殿の胸を知らない人がいきなり揉んでも良い? と言ったらどう思うニャスか?」
「殺す」
「ニャスよね。それと同じニャス。しっぽは神経の束ニャス」
「じゃがお主とは知らない仲ではない。もう出会って一時間、親友じゃろ?」
「ヒミコ『殿』と呼んでいる時点で、僕には壁がまだあることを察して欲しいニャス」
「……カカッ 」
「冗談ではないニャス!? ニャッ、触るニャ、やめるニャー!」
「おぉ! すごい! モフモフじゃ! 」
「ニ”ャーーー!!」
◇
「ヒミコ? 何をしているのですか?」
背後から呆れたような声がした。
「おっ、終わったかマリー。見ての通り、モフモフをしとる。マリーもやるか?」
「いえ、結構です。それに、ルルーニャさんが……これは、また……」
ワレの超絶ハイパーナデナデ猫吸いアタックによって、ルルーニャは今、仰向けでピクピクしておる。口を開けたままボケーっとしておるが、これは気絶か、あるいは昇天か。
他の猫族たちは、リーダーが無残な姿を晒しているのを見て、既に自分たちの馬車に避難し、互いにくっついて丸まっていた。
「あの手つきは危ないニャス! 触れられたら最後、リーダーのような無様な姿を晒すことになるニャス!」
「「ニャス!」」
「大体ヒミコ、あなたって人は! 初めて出会った相手にいきなりこんなことするなんて!」
ガレットが肩を怒らせて詰め寄ってくる。
「分かった! じゃあ次は明日にするのじゃ!」
「そういう問題じゃないわよ!」
「なんじゃガレット、嫉妬か? はっお主も本当はモフりたいのじゃろ? ホレ、手を出せ」
「私はいいわよ! あぁもう、行くわよ! 猫族の皆さん、リーダーを馬車へ!」
「「「ニャス!」」」
一生懸命、全員でルルーニャを担いでチョコチョコ動き回る姿が、いちいち可愛い。
ワレは満足げに自分の馬車へ向かった。
「でもお主らも本当はモフモフしたかったじゃろ?何の矜持か知らんが、時にはそんなもの犬に食わせたほうがいいぞ。それがストレス発散というやつじゃ」
そう言ったが、返答がない。
隣にいたはずのマリアに顔を向けるが、そこには誰もいなかった。
「……ん?」
振り返ると、ずいぶん後ろの方でマリアが立ち止まっていた。ワレはずっと、何もない空間に向かって独り言を呟いていたことになる。
「おいマリア、どうしたのじゃ? おい――」
――瞬間、背筋に鋭い悪寒が走った。
周囲を見回すと、マリアだけではない。ガレットも、猫族たちも、馬車を引く馬までもが、その場で彫像のようにピタリと止まっている。
それだけなら、ワレを驚かせるためのフラッシュモブだと思えたじゃろう。
だが、ワレの目の前を羽ばたいていた小さな小鳥が、そのまま宙に「固定」されているのを目撃してしまった。羽を広げたまま、重力を無視して空に留まっている。
泉のせせらぎも、風に揺れる木の葉の音も、一切が消えた――
――音のない世界。
「おっおい……?」
マリアの肩を揺さぶってみるが、鋼鉄のように固まって動かない。瞬き一つせず、半目のまま固定された彼女の瞳には、ワレの姿すら映っていないようだった。
「…………さすがに怖えーのじゃが!?」
叫んだ声が、どこにも響かずに消える。
その時。背後から、止まった世界には存在するはずのない足音と、鈴を転がすような声が聞こえてきた。
「ふふふ。驚かせてごめんなさいね? ――シンの乎、ヒミコ」
ヒミコの瞳に映ったのは、静止した世界の中で一人だけ鮮やかに動く、謎の影だった。




