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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
19/41

19話 姉妹


 「アーシスの兵だ! 逃げろ、森へ逃げろーー!!」


 深夜の静寂を引き裂く叫び声。布団の中で微睡んでいたフランの脳が、心地よい眠りを強引にねじ伏せて起動する。その声の内容を理解した瞬間、全身の血が逆流するような衝撃と共に、フランは跳ね起きた。


 「えっ……アーシス!? どうして、こんな夜中に……」


 窓から外を覗き込む。そこには、すでに見慣れたレコット村の景色はなかった。

 次々と家々に火が放たれ、オレンジ色の不気味な炎が夜空を焦がしている。逃げ惑う同族たちを、冷徹な銀色の鎧を纏った兵士たちが追い詰め、容赦なく槍を振るっていた。

 いつか来るかもしれないと恐れていた最悪の日が、今、現実となって目の前に突きつけられていた。


 「まずい! クラン、起きて! 早く!」

 「……う、うぅーん……なぁにお姉ちゃん、まだ暗いよぉ……」

 「悪い人が来たの! 早くしないと捕まっちゃう! ほら立って!」


 事態を飲み込めていない九歳の妹を、ベッドから引き剥がすように立たせる。普段とは違う、姉の鬼気迫る表情に、クランもただ事ではないと悟り、震えながら頷いた。

 妹の小さな手を握りしめ、玄関から飛び出す。

 外に出た瞬間、肌が焼けるような熱風が襲いかかってきた。


 「お、お姉ちゃん……っ!」


 火の粉が舞い、悲鳴と怒号が重なり合う。どうして、私たちはいつもこうして奪われなければならないのか。何の罪を犯したというのか。答えのない問いが頭を巡るが、フランはそれを振り払った。今、守るべきものは左手にある小さな体温だけだ。

 村人たちが決めていた避難場所である森の入り口を目指す。幸い、混乱に乗じて兵士たちの目を盗み、森の際まで辿り着くことができた。だが――。


 (……おかしい!?なんで、みんな戻ってくるの?)


 森へ逃げ込んだはずの村人たちが、絶望に顔を歪めて逆走してくる。その理由を聞く間もなく、誰かの悲鳴が響いた。


 「ダメだ……囲まれている! こっちにも兵士がいるぞ!!」


 事前に包囲されていたのだ。鼻の利く小熊猫族を確実に捕らえるために、人族の軍勢は逃げ道さえも計算に入れていた。


 「――逃がすな、一人残らず囲い込め」


 馬上の男が、冷酷な声を響かせた。他の兵士とは違う、豪華な鎧を纏ったその男は、アーシス国第2軍大隊長・バーンズと名乗った。


 「抵抗しなければ危害は加えない。さて本題だが、お前たちが我が国の領土に無断で住み着いて五年。その滞納された人頭税を回収しに来た」


 族長が必死に抗議する。「ここはミルナスとの緩衝地帯のはずだ」「そんな大金はない」と。

 だが、バーンズは冷たく言い放った。


 「払えないなら代案がある。若い男女十名ずつを差し出せ。それで今回滞納分は免除してやろう」


 ――何を言っているんだ

 私たちを、モノだとでも思っているのか。フランの胸の奥で、今まで感じたことのない「黒い負の感情」が、静かに熱を帯びていく。

 村の若者・ミランドさんが耐えかねて飛び出した。


 「ふざけるな! 俺たちは奴隷じゃな――」

 その瞬間、バーンズの指先から放たれた光の礫が、ミランドさんの胸を貫いた。


 「……え?」

 男は言葉を失い、その場に崩れ落ちる。焼けた肉の匂いが立ち込め、辺りは静まり返った。

 

 「大隊長!!」

 1人の兵士が大声を上げ詰め寄っていた。「話が違う」「村を燃やすのも聞いていない」そんな会話が聞こえたが、やがて、その声を上げた兵士は他の者に連れられ後方に下がって行った。

  

 「適当に二十人、選んで連れて行け」


 兵士たちが近づいてくる。「嫌だ!」「助けて!」という叫び声が響く中、一人の兵士がクランの腕を乱暴に掴んだ。


 「そのガキ、いい顔をしてる。来い」

 「やめて! お姉ちゃん!!」


 引き裂かれる手のひら。また、奪われるのか。かつて、母を奪われたあの夜のように。庇って死んだ父のように。

 あの日、どうして私が助かったのか。



 ――そうだ、お母さんが今の私と同じように――


 「待ってください! 私が行きます! だから、その子の手を……その汚い手を放してください!!」


 フランの叫びに、バーンズが小さく頷き、クランは解放された。





 私はしゃがみ妹を抱きしめた。あの時、お母さんがそうしてくれたように。

 私は姉であって母親では無い。たった数年間だったけど。それでも――お母さんが私にしてくれた愛情を今でもしっかり覚えている。

 温かった。そして暖かった。当時1歳、物心ついていなかったクランはあまり覚えていないだろうな。

 だからあの時お母さんから受けた愛情を妹に注ぎ込んで来たつもり。

 私は姉であって母親じゃない、けど、私もまだ子供だけど、半分くらいはお母さんになれたかな?








 「――愛してる」








 私のたった1つの宝物





 「お”ね”ぇち”ゃん?」



 

 周囲を見回す、――いた。その人に向かって口を動かす。

 良かった。隣の家のジーナおばさんが私を見つめ真剣な表情で顔を縦に振ってくれた。


 「クランだぁいじょうぶ。ちょっと出かけてくるだけだから。

 その間は隣のジーナおばさんが面倒見てくれる、いい子にしてくれる?」


 そういって背中を擦る。

 あれ?いつの間にかちょっと大きくなったかな?子供の成長は早いなぁなんてね。


 「い”や”だっ!い”っち”ゃだめ”!!!」



 分かってはいないけど分かったんだろう。

 精一杯の力で私の手を握りしめる

 その手を強く強く握りしめられるだけでなんだか色々伝わって来て嬉しくなった



 「ジーナさん」

 「さあ、クランちゃん」

 「い”ゃだい”ゃだ!!お”ね”ぇち”ゃ”ん”!!」



 「ごめんね、ちょっと行ってくる」

 

 最後に頭を優しく、母がしてくれたように、クランの頭を慈しむように撫でた。私は姉で、母じゃない。でも、母から貰った愛情を、半分くらいは妹に繋げられたかな。

 泣き叫ぶクランをジーナさんに託し、兵士に連行される。別れの言葉は言わない。そんなものは、今のクランには重すぎるから。


 ◇


 夜が明け、馬車が揺れる。

 鉄格子の嵌められた檻。絶望と悲壮感に包まれた馬車の中で、フランは重い瞼を閉じた。

 あの一瞬、胸をよぎったあの黒い感情は何だったのか。今はそれを考える気力さえ残っていない。


 「……少しだけ、眠く……なって……」


 意識が混濁し始めた、その時だった。

 馬車の前方で、人族の兵士たちの怯えたような声が上がった。


 「――っ!? 敵襲だ!!」


 「なにぃ!?エルフだと!? 何故こんな場所に……」

 

 微睡みの中、フランは重たい瞼を開ける。

 土煙の向こう側から、聞き覚えのない、けれど圧倒的に陽気(・・)な声が響いてきた。


 「いよっしゃー! 見つけたのじゃー! このヒミコ様が来てやったぞパンダ族! 覚悟しろ、人攫いのアーシア共め! カッカッカ!!」


 「……小熊猫族(レッサーパンダ)だよ?姉さん(・・・)、それにそんな笑い方だとどっちが悪人か分かったものじゃじゃないよ全く……」


 呆れ顔の少年を従える少女の背後には【ドヤァ!ズババババァーーン!】という効果音がチラつく。


 彼女はさらに、後方にいる人物達に力強く指示を飛ばした。


 「さぁ! ガレットさん! マリアさん! やっておしまい! カッカッカ! 一度このセリフを言ってみたかったのじゃ!」


 「はぁ……姉さん……」


 絶望の底にいたフランの瞳に、見たこともないほど鮮やかな一行が映り込む。

 一体、何が起きているの?

 彼女たちの運命が、今、劇的に交錯しようとしていた。


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