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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
18/41

18話 価値


 「……というわけなんです」

 「………………んにゃ!? 何がニャス!?」


 クランと一緒に一度帰宅した後、大人たちの商売が一段落したのを見計らって、私は再び広場へ向かった。行商人ルルーニャさんに、さっきの「お金を稼ぐ方法」を相談してみようと意を決したのだ。


 けれど、頭の中で考えをまとめながら歩いていたせいで、口に出す前に「もう伝えた」と勘違いしていた。まだ若い。お茶目なミスということで自分を納得させた。


 「あー、なるほどニャス。フランも将来のことを考えているニャスニャー」


 ルルーニャさんは腕を器用に組みながら、「うーんうーん」と唸っている。二足歩行の猫が真面目に悩む姿は、失礼ながら少し可愛いと思う。


 「正直な話、フランがあまり深く悩む必要はニャい気がするのニャスが」

 「どうしてですか? 私、みんなにちゃんとお返しができるようになりたくて」

 「まず、フランはまだ若いニャス。周囲の大人は気にしてニャイと思うのニャス。それにボクら猫族は、同胞である獣人から儲けようとは考えてニャいニャス。この村に来るのも、安否確認の意味合いが強いニャスから。たとえば……」


 ルルーニャさんは荷馬車にひょいと飛び乗り、奥からずっしりと重い革袋を取り出した。


 「この塩。君たち小熊猫族には、一キロいくらで売ってるか知ってるニャ?」

 「はい。銅貨二枚ですよね?」

 「そうニャ。……でもね、これ、本当は一キロで銀貨一枚の価値があるニャ」

 「ええっ!? じゃあ、売るたびに大赤字じゃないですか!」


 衝撃だった。塩がそんなに高いものだなんて。


 「そうニャ。でも、ここから少し離れたアーシス国……あそこの人族には、一キロ銀貨三枚で売ってるニャス」

 「ぎ、銀貨三枚……」


 めまいがした。

 アーシスは海のない内陸国。塩が手に入りにくい場所では、ルルーニャさんのような商人が価格を支配する。


 「人族からはたっぷりボッタ喰ってニャスよ、その分を君たちのような少数民族に還元しているニャ。これも一種の、ボクなりの再分配ってやつニャス」

 「そんな仕組みになっていたなんて……」


 自分が享受していた「安さ」が、誰かの搾取の上に成り立っている。その事実に面食らっていると、ルルーニャさんが真面目な顔で私の顔を覗き込んできた。その金色の瞳が、何かを見透かしているようで少し怖い。


 「なっ、なんですか?」

 「……うーん。……今は、まだ待つニャス」

 「えっ? 何をですか?」

 「ニャんでもニャいニャス!それより、商売は終わりニャ。授業を始めるから、クランを呼んでくるニャス!」


 追い払うような仕草に疑問を感じたけれど、それ以上は答えてくれそうになかった。私は一礼して、家へと走る。

 

 ……背後に、ルルーニャさんの視線を感じた。

 それは温かな先生の目ではなく、感情の欠落した、どこか遠い未来を見据えるような、冷たく鋭い眼差しだった。けれど、その時の私は、振り返ることもなく走り去ってしまった。


 ◇


 翌朝、ルルーニャさん一行は多くの村人に見送られ、次の目的地へと旅立っていった。

 帽子を片手に振る姿は、なんとも猫らしくなく律儀だ。


 「あーあ、行っちゃった。もっといればいいのに」

 「お仕事があるからね。また来月だよ!」

 「そっかぁ。あ、そういえばね、先生がね!」

 「ん? なあに?」


 また、いつもの日常が始まる。

 朝起きて、耳を澄ませて川まで水を汲みに行く。

 朝食を作ってクランと食べ、畑へ出て、午後は村の誰かのお手伝い。あるいは魚釣りや木の実拾い。

 

 息苦しくないか、と問われれば、時々そう感じることもある。けれど、私はこの「変わらない毎日」を愛していた。


 妹と笑い合い、時に喧嘩し、泥だらけになって眠る。そんな一日一日が、どれほど貴重で、どれほど壊れやすい幸せか、私は知っているつもりだった。


 「ねえお姉ちゃん。ここから南にずーっと行くと『海』っていうのがあるんだって!」


 昨日学んだ知識を、クランが一生懸命に教えてくれる。


 「見渡す限りの、飲めなくてね!しょっぱい水が広がってて、その中に信じられないくらいお魚がいるんだって。不思議だよね!」


 「ふふ、ルルーニャ先生の話を聞き間違えたんじゃない? 飲めない水の中に魚が住めるわけないもんね」

 

 そんな非日常の会話に、少しだけ心がざわめく。いつか、自分たちの目でその海を見る日は来るのだろうか。


 「んー? お姉ちゃん、なんでニヤニヤしてるのぉ?」


 いけない、顔に出ていた。


 「っ、今日はクランが野菜をちゃんと食べられるかな、と思って」

 「あっ! 嘘ついた! 誤魔化す時の顔だ! うそはっぴゃくってやつだ!」


 勘の鋭い妹だ。しかも、今日の朝食はハムエッグトースト。野菜など一ミリも入っていない。

嘘八百なんて難しい言葉、きっと昨日の授業で覚えたのだろう。


 「来月は、私も授業を受けてみようかなぁ……」


 成長していく妹に置いていかれないよう、私は心の中で密かに決意する。


 平和だった。

 窓から差し込む春の光。クランの笑い声。

 この温かな凪が、永遠に続くと信じて疑わなかった。

 ――けれど。



 その日常は、一通の知らせ、あるいは一つの足音と共に、あまりにもあっけなく終わりを告げることになる。

 ルルーニャさんが去ってから、間もなく一月。

 レコット村に、かつてない激震が走った。


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