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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
日輪の少女と黄金の神樹
15/41

15話 閑話 野菜生活90%


 「おぉおぉ!? おーいガレット! どこへ行く! ワレを置いてたもるな!?」


 この季節、窓から差し込む朝日は無慈悲に早い。

 いや知らんが?いや時計がねぇから。

 起きる直前、いつも顔面に懐中電灯を浴び続けるような夢を見るから間違いない。

 枕の位置やベッドの向きを変えればいいだと? 馬鹿野郎! ワレは太陽には負けん!(?)

  この世界は太陽と呼ぶのかは知らんが、むしろ太陽の方がワレを避けるべきではないのか!?空気を読めと、そう言いたい。


 つまり何を言いたいかといえば……。

 寝起きナウ。寝ぼけナウ。お気に入りのナイトキャップは元の世界のベッドの下。誰か洗濯してくれていると良いのじゃが。


 ――って違う! ボケーっと外を眺めていたら、ガレットが兵士を率いて訓練場とは違う方向へ向かって行ったではないか。あそこはエフィリアの入り口方向。つまり外!


 「おぉおぉ!? おーいガレット! どこへ行く! ワレを置いてたもるな!?」

 

 ワレも行く!


 これよりワレは隠密のプロとなり、居住区(ウラノス)を抜け、エフィリアの外へいざゆかん!

 

 最初のミッションはこの部屋を脱出すること。

 潜入道具の定番、段ボールはないか? 周囲を見渡す……必要も無い!あるわけない!


 仕方ない、素のスキル(魔力ゴリ押しブースト)で勝負じゃ。こっそり扉を開ける。そう、慎重に――。

 「ヒミコ様、おはようございます」

 「あばば!?」


 そこにいたのはカイネ。ウラノスで働く侍女――メイド……なのか?

 女王の傍にいるのが侍女だとしたら、こやつはメイドか。みんな青いワンピースに白いエプロンで個性がねぇのだ! 喝!喝じゃ!


 いや待て、失敗か!? ……いや、まだじゃ! 扉を開けただけ、平常心を保て! あくまでクールに!


 「ふわぁ……カイネ、おはようなのじゃ……むにゃむにゃ」

 「おはようございます。何やら大きな声を上げていたようですが」


 耳ざとい奴め。これだからエルフは。


 「ん? 気のせいじゃないか? ……むにゃむにゃ……ふわぁ……」

 「――――――――(じーっ)」

 「――――――――(……ドキドキ)」

 「……そうでしたか。私の勘違いだったようです」

 「おっ、おう(っぶねぇー!)」


 カイネは無表情のまま問いを重ねる。


 「ところで、どこかにお出かけですか? これから朝食をお出ししようかと思っていたのですが」

 「うむ! 少し散歩に行こうかと思っての! 戻ったら食べるのじゃ!」

 「……畏まりました。行ってらっしゃいませ」


 ペコリとお辞儀をして去っていくカイネの背中。

(―――突破! クリア!)

 ワレの部屋は三階。階層が下がるごとに人の出入りは激しくなる。それが自然の理、摂理、諸行無常! 使い方が違う? 馬鹿もん、こっちは寝起きじゃ!(?)

 一階の正面玄関は危険。窓からダイブするか……いや待て。

 


 ………ワレ、今カイネに「散歩に行く」と言ったではないか?



 普通に正面から出られた。堂々と歩く。嘘はついとらんしの。

 カカッ! どこまで散歩に行くかまでは言っておらんのだよ!


 「あら、ヒミコ様おはようございます」

 「ヒミコ姉ちゃん、どこ行くの?」


 ふっ随分と打ち解けたものじゃ。これもワレのコミュ力の賜物よ。

 だが問題は入り口。そこには兵士が常駐している。どう突破するか……。


 「おや? ヒミコ様。こんな所までどうされたのですか?」


 向こうから声をかけてきおった。青髪の男。見たことあるぞ。

【猛虎野球軍】のレフト、確か……アルゼフ……!


 「違うっす。ヒマリット軍のショート、ディアスっす。同じチームなのに……」

 

 だってこの世界の名前、分かりづらいんじゃもん


 「って馬鹿もん!冗談じゃ! エルフは真面目が多すぎる。たまには面白い返しをしてみんか! 『そうそう猛虎軍のアルゼフ……ってなんでやねーん!』とか」


 「……それが人族にとっては面白いんすか?」

 「いや全く?ワレも今、背筋が寒くなった。あとその人族にとってははやめてくれ。地味に傷つく」


 さて、本題じゃ。

 「実はガレットにお届け物があるのじゃ、だから通してくれ」

 「そうすか。じゃあ自分が預かって届けに行くっすよ」

 「カカッ! いやいや、ピアスの仕事を邪魔するわけにはいかん。ワレが直接行く」

 「ディアスっす。……今日は近くに危険な魔物がうろついていて副隊長クラスが同伴でないと外へは出せない決まりなんすよね」

 「イヤイヤ」

 「イエイエ」

 「イヤ――」

 「ですからっ――」

 「――間をとって、一緒に行くで手を打たんか?」

 「……分かりました。引き継ぎの準備をしますので、少々お待ちを」


 勝った。


 ディアスが持ち場を離れた隙に全力ダッシュ! あやつを撒いて、ワレは一人森の中へ。

 カカッ! さてガレットはどこへ行ったのか。道なりに進めば追いつけるじゃろう。

 それにしても、見事な森じゃ。木々が生い茂っているのに、不思議と光が満ち溢れている。

 普通なら「嫌な感じじゃー」となりそうなものだが、むしろ落ち着く。

 そんなことを思いながら進んでいると、道が二つに分かれていた。


 「ふむ」


 二分の一。外せばガレットとは逆方向。

 足跡は……どちらにもある。新しいのは……さっぱり分からん。

 ならば、神に任せよう。


 「どーちーらーにーしーよーうーかーのー、うぇいうぇいうぇい」


 左に進むことにした。

 「ふははっ!ガレット!今行くぞ!」



 そして、この選択を後に深く後悔することとなる。


 ◇◇◇


 「失礼します、女王陛下」


 相変わらず書類整理に追われるミスティスの元へ、筆頭侍女のカイネが入ってきた。

 本来は女王専属だが、最近はヒミコの世話も任せている。

 ヒミコは知らない。エルフ国では服の色で役割が決まっていることを。

 青は侍女。そして侍女長であるカイネの胸元にだけ、セルフィ将軍と同じルミナスの国章が刻まれていることを。

 ヒミコにとってカイネは「最近メシを運んでくる、ちょっと愛想の悪いクールな姉ちゃん」でしかなかった。


 「あら?どうしたの、カイネ?」

 「はい。念のためお伝えしておこうかと思いまして」


 カイネの口から発せられた言葉に、ミスティスは顔を上げざるを得なかった。


 「ヒミコ様が『散歩』に出られました。……ガレット隊長が追っているアサシンスパイダーの巣がある、西の森の方角へ」


 

 ◇◇◇


 

 「ワタ(おわた)


 目の前に、ワレよりも巨大な八つ目の蜘蛛がいる。距離、わずか五メートル。

 正直に言おう。めっっっちゃキモい!


 ノリノリで『森の〇まさん』をラップ調にアレンジして歌いながら歩いていたら、こいつに出会った。  

 分かっている。森の中でそんなの歌うんじゃねえとな。結局クマに出会わなかったから良いではないか!代わりに蜘蛛に出会ったんじゃから(?)



 凄まじい不快感と恐怖が全身を縛る。

 三メートル。足が動かん。無理に動かせば腰を抜かす。

 二メートル。あぁ、これが走馬灯か。十六年の思い出が一瞬で蘇る。

 『でも肉がねえのかぁ。米以外全部野菜じゃのぉ……』

 『いやだから魚!』

 『魚は野菜じゃ!泳ぐ大根みたいなもんじゃろ!』

 『どこがよ!目もヒレもあるじゃない!』

 『なんじゃ!』

 『何よ!』

 『うぎゃー!』


 一メートル。

 違う、見た事は無いが、多分この走馬灯は不正解じゃと思う。

 もっとマシな走馬灯を見たかったのじゃが……まぁ、ワレらしいか。

 

 カカッ。


 死を覚悟し、ゆっくりと目を閉じようとした、その時。

 「ノルン! 重力加速だ、アースインパクト(閃撃波)!」

 『アイアイ! 重いのいくよ!』


 鼓膜を震わせる爆音と共に、眼前にまで迫っていた蜘蛛の巨躯が、見えない巨大な槌に打たれたかのように吹き飛ばされた。

 砂塵が舞う中、蜘蛛の代わりに現れたのは、淡い黄色に発光する小柄な大地の精霊ノルンと――。

 「ヒミコ様、下がってください! 展開、【アイアスフィア(円環の鉄壁)】!」

 「おぉ、ディアス! 助かったのじゃ!」

 「……名前、ちゃんと呼べるんじゃねえすか、まったく。……さあ、今のうちに逃げるっすよ!」


 ディアスが叫ぶと同時に、大地から溢れ出した魔力が幾重もの鉄の帯となり、吹き飛ばされた蜘蛛を瞬時に包み込んだ。それは、一切の隙間もない完全な鉄の球体へと凝縮され、獲物を閉じ込める檻となる。


 「カカッ! 蜘蛛はあの中なんじゃろう? ディアスの魔法にかかれば、もう安心じゃな」

 

 胸を撫で下ろすヒミコ。しかし、ディアスの顔に余裕の色は一切なかった。額からは大粒の脂汗が流れ、その腕は震えている。


 「いや甘いっす! あれは魔法・物理ともに超高耐性を持つ『アサシンスパイダー』……変異種っす。俺では、長くは抑えきれないんすよ!ただの門番なんで!」


 その言葉を裏付けるように、鉄の球体が内側から凄まじい音で叩かれ始めた。

 ドゴォォンッ! という衝撃音が響くたび、頑強なはずの鉄球が歪み、内側から鋭い何かが突き出そうとする。

 『ゴメン、ディアス! モウ、持タナイ……ッ!』

 ノルンの悲鳴のような叫びが響いた、その直後。

 ズゴンッ! と。

 無惨に引き裂かれた鉄球の裂け目から、漆黒の足が、剃刀のような鋭利さで這い出してきた。


 「えぐっ……!? 鉄を、引き裂いたのか……?」

 「なっ……ヒミコ様、早く逃げて――ッ!!」


 ディアスがヒミコを突き飛ばそうと手を伸ばした、その一瞬。

 

 視界が真っ赤に染まった。

 逃げろ、というディアスの叫びは、鈍い肉の破裂音にかき消される。


 「……あ、が…………っ」


 振り返ったヒミコの目に飛び込んできたのは、静止画のような残酷な光景だった。

 ディアスの腹部を、背後から突き出された蜘蛛の鋭脚が、一片の抵抗も許さず深々と貫いていた。


 「おっおい……?」


 信じられないものを見るように、ヒミコの声が震える。

 口から鮮血を溢れさせながら、それでもディアスは、己を貫く蜘蛛の足をその手で必死に掴み、ヒミコを振り返った。

 「に…げる…す」


 ――心のどこかで舐めていたのだ。

 魔物なんて、少し図体がデカいだけの動物と大差ないだろう、と。

 だが、眼前にそびえ立つそれは、生物という枠組みを超えた「悪意の塊」だった。

 蠢く八本の剛毛に覆われた脚。複眼に映るワレの姿は、あまりにも小さく、あまりにも無力な餌に過ぎない。

 一人で森に行ってはいけないという警告が、今、死の宣告となって脳裏を回る。

 意味を理解するには、この森はあまりに深く、暗すぎた。


 「(……ワレの足よ、マジで動いて欲しいのじゃが!?)」


 叫んでも、足は泥に嵌ったように動かない。

 蜘蛛が鎌のような前脚を振り上げる。空気が裂ける音が、やけに鮮明に聞こえた。

 極限状態の中、視界がスローモーションに切り替わる。

 振り下ろされる死の刃。舞い散る枯れ葉。

 ――今度は本当に、懐かしい過去の思い出が走馬灯のようによみがえる。

 ……生まれ変わったら、今度こそ人の話はちゃんと聞こう。

 ワレが目を閉じた、その時だった。


 「――間に合ったわね。イルファザ、イグニッション(点火)

 『承知』


 凛烈りんれつな声が、凍りついた空気を震わせた。

 直後、上空の木の葉を爆ぜさせ、蒼い閃光が降り注ぐ。

 青いワンピースの裾を翻し、白いエプロンを風にたなびかせる。

 カイネが、まさに天から放たれた弾丸のごとき速度で、蜘蛛の脳門へと急降下した。

 彼女の手には、淡く発光する一振りの短剣。

 それが肉厚な頭部へ突き刺さると同時に、キィィィィンという鼓膜を劈く駆動音が響き渡る。


 「起動」


 カイネが冷ややかに呟いた瞬間。

 突き刺した刃を起点に、蜘蛛の巨体が内側からボコォッと歪に膨れ上がった。

 超高密度の魔力が体内で一気に暴走したのだ。

 断末魔すら許されない。次の瞬間には、あんなに堅牢だった蜘蛛の胴体は、まるで中身を抜かれた皮袋のように、音もなく虚しく萎んでいった。


 瞬殺。

 文字通りの、瞬殺である。

 着地したカイネは、返り血一滴浴びることなく、スッと立ち上がる。


 (……メイド、じゃよな?)


 「イルファザ、スファニス隊長を呼んできて。至急よ」

 『了解』


 カイネは倒れたディアスの方を向き、淡々と言った。


 「ディアス。出血を止めるわ。まだ死ぬには早いわよ」

 「……侍女長殿の……冷徹な顔を見ていたら、助かる気がしてきたっす……」

 「そう。それは良かったわ」


 カイネが、すぅ……と首をこちらへ向けた。


 「……さて。ヒミコ様? 邪馬大国からお越しの、お散歩大好きなヒミコ様はいらっしゃいませんか?」


 理由は分からんが、ワレは木の陰に全力で隠れた。

 なんじゃあいつ! 空から降ってきて無傷なのも意味不明じゃし、怒気が凄まじい!

 とりあえず……。


 「逃げるのじゃ――」

 「見ぃーつけた」

 「ギャアアアアア!!」


 ◇◇◇


 「……という顛末です、女王陛下」


 執務室で報告を聞くミスティスは、思わず頭を抱えた。

 目の前には、カイネに首根っこを掴まれてシュンとしているヒミコ。


 「つきましては、女王陛下にお願いがございます」

 「何かしら、カイネ?」

 「ヒミコ様を、厳しく叱ってください」

 「叱る?」

 「はい。我々はセイバーのご息女を注意する事はできても叱ることはできません。ですが、今のヒミコ様にはあまりに知識が足りず、その無知が自身の命を、そして守るべき兵士の命を奪いかけました」


 ミスティスの瞳に、女王としての厳格な光が宿る。


 「……そうね。あなたの言う通りだわ」


 その後、ヒミコは正式に罰を言い渡された。

 【三日間、朝昼晩、米以外は全部野菜(魚禁止)】


 「魚は野菜じゃと言ったのはワレじゃが、これはあんまりなのじゃあああ!!」



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