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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
日の巫女と黄金の神樹
1/13

1話 格子から初めまして

 

 

 暴風が吹き荒れる


 大地に深く根付いた巨木も、数多の歴史を積み上げた石造りの建物も、その暴力的な力の前では等しく無力であった。すべてが紙屑のように宙を舞い、空に口を開けたソレへと吸い込まれていく


 【生命の浄化】


 もし、この地獄を空の上から俯瞰できる者がいたならば、その現象をそう呼んだかもしれない。


 世界を覆うのは、現実のものとは思えない深紅と黒(クリムゾンブラック)の渦。


 蒼天は赤く染まり、やがてドス黒く濁りながら、生きとし生けるものすべてを恐怖という色で塗りつぶしていく。


 かつて生命が持っていた喜怒哀楽のうち、残されたのは【哀】という一文字だけ。だが、その声を上げる者たちさえも、もう、いない。皆等しく、ソレに飲み込まれてしまったのだから。

 ただ一人、この場に取り残された者を除いて。


 荘厳なる祈神台。四方を巨大な大理石の柱に守られたその中心に、彼女はいた。

 この世の終わりにはあまりに不釣り合いな、輝きを伴う純白の巫女装束を纏った女性。周囲を吹き飛ばす嵐の中で、不思議な力に守られたその空間だけが、元の姿を保っていた。

 彼女に向かって膝をつき、必死に祈りを捧げていた老若男女は、すでにいない。一人、また一人と重力を無視して空へと消えていった。だが、彼女だけは抗うことすらなく、ただ静かにそこに居続けていた。

 

 だが、それが束の間の猶予であることを彼女は知ってイル


 ――視えてイル

 

 結界の外側で、主人の許可を待ちわびる忠犬のように、嬉々として牙を剥く「ソレ」の正体が。


 ……結局、果たせんかったか


 「……誰だ?」


 約束を……


 「約束? 何を言っている。姿を現せ」


 ……あぁ、約束だ


 「なんっ……あぁ……そうか。そうだったな」


 諦めるのか? それでいいのか?


 「!? ふざけるなっ! 我は諦めん! 何としてでも、何度でも……っ!」


 ならば抗うがいい


 「あぁ! 必ず救ってみせる!! ワレは――」


 女性が言葉を発し終えた瞬間、守護の結界が砕け散った。彼女の体は猛烈な勢いで空へと吸い込まれていく。だが、その表情は、世界でただ一人「怒」と決意に満ち溢れていた。

 表層の世界では飽き足らず、地殻を砕き、遂には核まで辿り着いた「ソレ」は、最後の仕上げに取り掛かる。

 ――やがて、完全なる静寂が訪れた。

 

 満足したかのように消え去るソコにあった場所に残されたのは同化した世界(宇宙) 

 

 だが、知っている。

 虚無の底で、一点だけ翡翠の輝きを放つ希望が、まだそこにあることを――。


 

 ◇


 「……ぅあ?」

 

 起床時の景色は就寝前の景色と同じである。それがこの世界の常識である。


 もし違うのだとすれば、夢遊病か、あるいは寝ている間に誰かに運ばれたか、はたまた未だ夢の中か。

 現在、情けない声を上げた少女に睡眠障害はない。

 そして、この背中に伝わる異常に固い土の床が、本能的に二度寝を拒否している。

 つまり、これは第二の選択肢。誰かによって、見知らぬ場所に拉致されたことを意味していた。


 「んー……っ!」


 両手両足を思い切り伸ばし、固まった筋肉をほぐす。一息ついた後、むくりと体を起こした。周囲を見渡すが、やはり記憶にある自室とは似ても似つかない。


 「よっこらしょういち」


 少女らしからぬ掛け声と共に立ち上がり、360度を見渡す。


 「……あぁ? 牢屋ぁ?」


 最後の記憶を探る。昨夜は普通に布団に入った。歯も磨いた。羊も数えたはずだが、10から先は覚えてない。つまり、この少女――ヒミコは、爆速で寝る事が出来る。

 肩まで伸ばした、わずかに青みがかった黒髪。クリリとした大きな灰色の瞳。

 初対面の人間は「誠実でクールな美少女」という第一印象を抱くのだが、実際は正反対。

 面白いことには首を突っ込み、やったことがないことはとりあえず試す。知識欲と突撃精神の塊。不始末は他人に擦り付けるという、弟が不憫でならない性格の持ち主である。


 「あぁ? ワレ、なんか怒られるようなことしたか? ってか、なんかウチの牢屋とは雰囲気が違うような……?」

 筋肉の限界に挑戦する勢いで体を横に反らし、疑問を全身で表現してみる。


 分かったことは三つ。

 一つ、この牢屋は木造で格子状のものが五部屋並んでおり、プライバシーもへったくれもないこと。

 二つ、意外と自分の体が固かったこと。

 そして三つ、頭頂部に生えたアホ毛は重力をも凌駕するという事。


 「埒があかんわ。おぉーい! 誰かおらんかー!」


 格子に手をかけ、雰囲気だけで叫んでみる。人の気配がないことは察していたが、やはり無反応。

 漂ってくるのは、血のような鉄の臭いと、深い森林の中にいるような清浄な匂いが混じり合った不思議な感覚。それがヒミコの混乱を加速させる。


 「むぅ……」


 長考……。

 結果――腕に伝わる胸の『膨らみ』が以前と変わりない事にシュンとする。


 「……はぁ、もうだりーのじゃ。第一昨日は怒られるようなことはしとらんのじゃ」


 天井付近の小さな小窓を睨みつけた後、彼女は唐突に、かかとで土の床を削り始めた。


 「意外と固いのー。イテテッ」


 んっしょ、んっしょ、こなくそんっしょと、この世の理不尽を大地にぶつけること十五分。


 「――まぁ、及第点じゃろ」


 そこには、ふかふかに耕された土のクッションが完成した。

 パッと切り替えるのがヒミコの長所(?)である。足で器用に土を集め、自分好みの枕を成形する。服が汚れることへの懸念は、屁理屈で強引にねじ伏せた。

 「寝るかっ」

 「――貴様、何をしている?」

 「おわぁっ!?」


 ◇


 心臓が口から飛び出るかと思った。必死に地面を耕し、まさに夢の世界へ旅立とうとした瞬間。

 振り返ると、そこには軽装の兵士が三人、こちらを怪訝な目で見下ろしていた。男女混合。全員が驚くほどの美男美女で、年齢は二十そこそこじゃろか?


 「おぉ! やっと来たか! 暇すぎて二度寝するところじゃったぞ。して、何故ワレはここにいる? 母上や父上に叱られるようなイタズラは昨日はしていないはずじゃ」


 三人は顔を見合わせる。最初に声をかけてきた、凛々しい金髪の女兵士が一歩前に出た。

 「何故ここにいるか、だと? それはこちらのセリフなのだが。お前は何者だ。どこの国の密偵だ?」


 カッチーン。ヒミコの脳内で何かが弾けた。

 「……あぁ? おぃ、うぬは一体何様なのじゃ。ワレに向かっていきなり何者かじゃと? 多勢に無勢、人数が多ければワレがヒヨるとでも思ったか? うぬらこそ、ワレをこんな場所にぶち込んだ理由を言わんか。というか、まず名前を名乗れ」


 兵士たちは呆気に取られたように黙り込む。


 「なんじゃ? お前ら聞こえんのか? そのなげぇ耳はただの飾りか? あぁ? ……ん? お主ら、全員耳が長いの」


 ヒミコは温厚だが、上から目線で来られると急に不機嫌になる面倒な性格だ。両親の甘い教育が生んだ唯一の汚点。

 だが、ふと自分の格好を思い出し、少しだけ冷静になる。

 昨夜、自室で着ていたお気に入りの牛柄パジャマ。ナイトキャップは……どっかいった。起きると大体ベットの下にある、そして裸足。


 「……あー、いいかな? まず、私はセルフィという。こっちはガレット、男の方はヨゼフだ」

 「そうか、ワレはヒミコじゃ」


 セルフィ、ガレット。聞いたこともない西洋風の名前。


 「君は、私たちを知らないのか?」

 「ん? 会ったことあったかの? 逆にワレを知らんのか?」


 会話が噛み合わない。三人は再び顔を見合わせ、困惑の色を深める。

 

 「君のことは知らない。……先ほど、私たちの耳が長いことに驚いていたようだが、それは何故だ?」

 「耳が長ぇな、と思っただけじゃが。あ、差別じゃないぞ? 差別は母上に怒られるからな!」


 その言葉を聞いたセルフィは、後方のヨゼフと視線を交わし、信じられないものを見るような目で問いかけてきた。


 「――まさか、君は『エルフ』を知らないのか?」


 エルフ


 ヒミコの脳裏に、幼い頃に母が読んでくれた絵本の記憶が蘇る。

 寝る前、いつもワクワクしながら聞き入った、あの時間。母の腕に包まれ、弟と左右に並んで聞いた御伽噺。

(『ルミナスが見つめる先に』……確か、あの本に出てきた種族じゃったな)

 美しい森に住み、魔法を操る不思議な住人。

 弟と一緒に、木の枝を持って魔法使いごっこをした思い出がある。





 「――あぁ、知っとるぞ。……じゃが、それは御伽噺の話しでじゃがな」



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