《6》
物心ついた・・・というには外観が幼すぎるのだろうか
母親が訝しがるほど泣かなくなったらしい俺
俺?
赤ん坊である
その日から学習と呼ぶには激しすぎる緊急対応が始まった
言葉である
母の発音する言葉は全く理解出来ない
母がいない時を見計らって
日本語を喋ってみた
・・・普通に喋れた・・・
This is a penも言えた
俺は英語が苦手だ!
講習や教育を受けても
どうやら俺の頭の構造は日本語以外には徹底的に拒絶反応を起こすらしい
そんな俺が俺の知る人類以外の言葉を理解しなければならない現実
まずは喋れるようになろう
指を差す
母が発音する
俺が真似る
この繰り返し
解ってきたことがある
母の言葉の仕組みである
日本語は
〇〇は✕✕です
が基本
英語は
✕✕です〇〇は
となる
どちらかというと英語の文法であり結論をハッキリと意思表示する文化であるらしい
しかし発音や文章や文字の構成は日本語に近い
母音の五音を基本に50音が存在する
しかし"ん"もしっかり発音や単語の最初に含まれ
文字はなんと五種類を駆使して構成されている
○やら△やら図形もその文章の記載する位置で意味を成すのである
豊かな表情から発される結論を重視する言葉と複雑な文字
つまり
少なくとも母の文化では
言葉の結論だけではなく
結論に含まれる人の心の内を察して人同士はわかり合わなければならない文化
限りなく日本人に近い寄り添う心がなければならないということが次第にボンヤリとわかってきた
カタコトでも言葉を話す2歳児となり
周りは普通に驚いていた