2 持たない俺は、日本海側にある旅館マネージャーになる
地元に帰ると、独立系だったホテルが【ホテルヒーロ・亜蔵布温泉】に変わり、買収されていたことが分かった。
俺は「雇われ社員なのだから、どっちでも良いや」と、気にしてはいなかった。
それよりも、地元の住民やホテル従業員は<コネ採用ってイヤよねえ> とか<御曹司の弟分だからよ> とか、俺に対する憐みの声が多く聞こえた(隠密スキル使用)
「俺が観光ビジネス系の大学を卒業した事を知っているのか?御曹司が文学部に行ったから仕方なく俺がホテル経営の勉強をしたのではないか!」
と、俺は現状に不服だった。
更に、俺が地元のホテルに就職した日だって・・<井上食道さんが居るのですよね!予約します> とか<サイン会を開いて下さい。あとグッズも・・>等の問い合わせが殺到したのだが【登録者1000万のユーチューバー】の存在が、どれだけ凄いことか【ド田舎】の人はまったく理解していないのだ。
そんな時・・<ポロン>と言う音がスマホから鳴った・・「井上君!夕方食事でもどう?」と言うDMだった。
「まいったなあ・・へへへYテレビの【局アナ】から誘われちゃったよ!俺が食べられたりしてへへへ」・・
DMの主は、Y県で一番人気の女子アナウンサーからだった。
彼女とは急展開も無く・・その後も食事を数回し、御曹司にも紹介したのだが・・
ある日、俺は【内示】を受けた。Y県の日本海側に位置する温川温泉にある【ホテルヒーロ・温川温泉】の【マネージャー】として抜擢されたのだ。<グループ企業会長の推薦らしいぞ!> <暴露系ユーチューバーなのに?>
俺は【栄転】を彼女に教えてあげたくて・・仕事終わりの【深夜】に、彼女には内緒でアパートに行くと、彼女が丁度アパートから出て来たところだった。
<ゴミ出しにでも出たのだろうか?>と思って見ていると・・「あなた~明日も来てよね!」と言う彼女。
隣に居たのは、俺の幼なじみの【緋色旅館の御曹司】だった。
俺は驚きはしたものの・・「彼女は俺よりも7歳年上だったので、俺が弟のでも見えていたのだろう。5歳上の御曹司となら丁度バランスも良い。何より【持つ側】の人間なのだ。雇われマネージャーの俺とは違うのだ」と意外に冷静だった。
そしてその年の暮れ、2人は目出度く結婚式を挙げ、俺も2人の【キューピット】として、披露宴で【天使の役】を演じた道化となる・・トホホ。
++++それからどうした+++
心機一転!知り合いの居ない【温川町】に赴任した俺は、マネージャーとして忙しく働いていた。
「マネージャー!お客さんが財布を忘れて行ったので、交番に届けて下さい・・」
「えー!また・・分かった」
俺の居るホテルは【温川温泉】で、日本海から東の方に【車で5分】程度走った場所にある。
交番は【海沿い】の集落にあり、特に海人と山人が不仲と言うわけでは無い。
<カラン~> 「落とし物を届けに来ました!緋色旅館です」と言うと・・
「井上ちゃん!カニ食っていかんカニ」と、ダジャレを言う笹木巡査部長の声が聞こえた。
「カニ?温川の海で採れるんですか?」と言う俺に、制服の上に割烹着を着た笹木巡査部長が、事務室の奥から出て来た。
「交番の裏の川で山ほど取れるダニ。あんたも食って行くダニ!」と言う置賜方言の高齢者は、元々【麦沢市】出身らしい。
「ユーチューバー登録1000万かあ・・羨ましいなあ」と言う若い門脇巡査。
「門脇君が東京の大学に行っていた頃の話しカニ?」どうやらダジャレでは無かった様だ。
「ええ、同年代のヒーローですよ。どうして?公安職にならなかったのですか?盗撮のプロなのに・・」と言う門脇巡査。
俺は「言い方!盗撮じゃあないですよ。ちゃんと取材なんです!」と言うも・・
「犯罪者が現場を取材させる訳ないじゃあないですか!今度盗撮のテクニックを教えて下さいね」とあっけらかんと言う気の良い警察官だった。
結局、俺はカニの味噌汁をご馳走になることにした。
<政府は備蓄を奨励しており・・>と、テレビから男性アナウンサーの声が聞こえる。
「南米で感染症が大流行したダニ!ロックダウンで日本にも輸入野菜が入って来ないダニ」と言う笹木巡査部長。
「鶏肉も南米からの輸入ですよ。買い占めしておかなくちゃ!」と言う門脇巡査。
俺は「そう言えば、急に予約が満杯になったので不思議に思っていたんですよ!そうか・・交番に来て疑問が晴れました。」とお礼を言い、ホテルに戻るのだった。