45 捨てられるはずの悪妻だったのに
「――触れても?」
「はい」
レイヴィスの指がリリアーナの髪に触れる。
優しい触り方に、くすぐったさと喜びを感じる。
そしてじっと見つめられているのを、恥ずかしさを感じてくる。
指が耳や頬に触れ、思わず目を閉じる。
抱き寄せられると、きゅっと身体が固くなった。
そして、伝わってくるレイヴィスの鼓動に安心して、そっと身体を委ねる。
レイヴィスの心臓の音が、すごく大きく感じられた。
「リリアーナ」
耳元で名前を呼ばれて顔を上げると、目が合う。
その金色の輝きに吸い込まれそうになる。
レイヴィスの親指が、リリアーナの唇に触れた。
「俺は、我慢強くないぞ」
――意図を察して、心臓が爆発しそうになる。
手の中にある魔力結晶を握りしめ、強く目を閉じた。
「はい……」
緊張に包まれながらも、覚悟して頷く。
声が少し震えていた。
「……嫌だと思ったら、言ってくれ。君に嫌われるのはこたえる」
そっと目を開けると、レイヴィスの真剣な顔が見えた。
その瞬間、ふっと緊張が緩んだ。
――大丈夫。怖がることなんてない。
「はい……でも、きっと大丈夫です。レイヴィス様になら、どんなことをされても嬉しいですから」
こうして触れられることにも、喜びしか感じない。
もっと――彼をすべて受け入れたい。
「レイヴィス様のこと、いっぱい教えてください……」
魔力結晶を持つ手にレイヴィスの手が重なる。
指が絡まり、手のひらを合わせて、二人で握る。
そっと目を閉じると、唇が重なった。
触れるだけの、優しいキス――だがその瞬間、リリアーナの中で何かが弾けるように、心臓が早鐘を打った。
唇は驚くほど柔らかく、それでいてしっかりとした感触があって、その温もりに包まれると、胸がじんわりと熱くなっていく。
――そっと、唇が離れていく。
キスとは、ただ唇を重ねるだけのものだと思っていた。
なのに、こんなに嬉しいものだなんて。
頬が火照り、身体が熱くなる。
恥ずかしくて、思わず身を引こうとする。
だが、離れられない。
背中を抱くレイヴィスの腕が、握った手が、リリアーナを離そうとしない。
だが――リリアーナが引こうとしたことに、レイヴィスが気づかないはずがなかった。
「……リリアーナ?」
名前を呼ばれ、どきりとする。
「あ、いえ、その、想像していたより、その、ずっと……すごくて……その……」
息が上がっている。
レイヴィスの熱を受けて、身体に火が点ったかのようだった。
肌から伝わる魔力で、リリアーナの魔力が反応している。魔力だけではなく身体も。
「――続きは今度にしようか」
「い――いえ、続けて、ください……」
レイヴィスは一瞬目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「リリアーナ……」
微かに微笑みながら指でリリアーナの頬に触れる。輪郭をなぞるような動きに、僅かな震えが混ざっていた。
その顔には愛おしむような優しさと熱情が宿っているようで、リリアーナの胸は再び高鳴った。
金色の瞳がリリアーナの心を捉え。
重なる手の中で、魔力結晶の存在感が増す。
次の瞬間、唇が再び重なる。
今度はより深く、しっかりとした口づけに変わっていた。
(ん、んん……)
唇が触れ合うたびに、熱が広がって全身が熱くなっていく。
優しさと情熱が混ざり合ったそのキスに、リリアーナは戸惑いながらも喜びを感じていた。
だが、同時に怖くなっていく。
これ以上のことをしたら、自分がどんなことになってしまうのか。
「……大丈夫だ、リリアーナ」
力強い腕がリリアーナの背中を優しく支える。
そして囁くように続けた。
「俺に、君のすべてを見せてくれないか」
重なった手が強く握られる。そこにある魔力結晶が存在感を増し、手が熱くなる。自分の手も。レイヴィスの手も。
リリアーナの身体から力が抜けていく。
無言で頷き、彼の腕に自分のすべてを預けた。
再び唇が重なる。今度は熱情を帯びた口づけが、リリアーナを満たしている。
重ねた唇に、手。そして触れ合う部分、彼の香り――そのすべてが熱い。
炎のようで、太陽のようで。
たまらなく愛しくて。
求めると、それ以上の熱がリリアーナに流れ込んでくる。
その度に心臓が激しく脈打つ。
全身が、本能が、自分のすべてがレイヴィスを求めている。
「レイヴィス様……」
――この人の子どもが欲しい。
彼との未来を作りたい。
熱に浸っていると、すっと身体を抱き上げられる。
そのまま奥の寝室へ向かっていることに気づき、リリアーナは慌てた。
「……レ、レイヴィス様、あの――」
戸惑いながら名前を呼ぶと、レイヴィスの動きが止まる。
リリアーナはどうすればいいかわからず、彼の腕に手を寄せ、視線を彷徨わせ――そして、ふと気づく。
レイヴィスの腕に巻きつくようにあった魔力の鎖が消えていることに。
自分を縛っていたものを解放したかのように。
――それに気づいた瞬間、リリアーナは、彼がいままで何を縛っていたのか、抑制していたのかが、わかったような気がした。
「…………」
――勘違いかもしれない。
けれどいまは、レイヴィスのすべての感情が、リリアーナに注がれているような気がしてならない。何の抑制もされずに、純粋なままに。
――もし、そうだとしたら。
そのすべてを受け入れたい。
彼のすべてを受け入れたい。
胸に熱いものが込み上げて、レイヴィスの瞳を見つめた。
彼の眼差しには、強い決意と愛情と――そして最後の問いかけが込められているように見えた。
リリアーナはレイヴィスの肩に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。
身体を引き寄せられるのを――求められているのを感じながら、リリアーナは最後の覚悟を決めた。
「や……優しく、お願いします……」
「――ああ、もちろんだ」
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