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第5話 森に残る魔力

 エラは深呼吸をして足を一歩踏み出した。

 背後には残してきた村の温もりがまだ背中に残っているが、前に進むと徐々にその温もりが森の冷たさと静けさに包まれていく。森はまるで別世界に足を踏み入れるような感覚を与え、エラは心の中で少しだけ緊張を覚えた。その間カーバンクルは先程と変わらない様子で隣を並行し、ちょこちょこと歩いている。

 村と同じ名前の付いた森──このジウの森は生い茂る木々が空へと伸び、その葉が日差しを遮ることで薄暗い影を落としている。枝葉は幾重にも絡み合い、上空に緑の天蓋を作り上げている。そのため地上には木漏れ日がわずかに降り注ぎ、苔むした地面や落ち葉の上に点々とした光の斑模様が広がっていた。昼でも薄暗いこの森には村の子供達も親に止められて中々遊びに来ることがない。

 森の空気はひんやりとしており、エラは自然とコートをぎゅっと引き寄せる。


「すごく静かだね……森の中はこんなに落ち着くものなんだ」


 エラはふと足を止め、ぽつりと呟いた。

 エラの隣にいるルミナも彼女に合わせて足を止め、ふわりとしっぽを揺らしながら警戒を促すように言った。


「そうだね、でも気をつけて。この森にはいろんな生き物がいるし、気まぐれなやつも多いからさ。ルースもここに来る時ちょっとしたトラブルを起こしたんから」


 エラは僅かに表情を強張らせながら歩を進める。

 エラはこれまで一人で隣町へ向かったことがなかった。これはそれほど珍しいことではない──村の外では魔物が跋扈し、地形も険しいのだ。冠婚葬祭で初めて村を出るという村人も珍しくない。ちょっとした用事であれば村や町を行き来する冒険者に依頼して済ませてもらうのが一般的だ。

 村と町の中間にある森へも来たことがない。母に連れられ一度隣町へ行ったことはあるが、幼少期の出来事で森も隣町の事もすっかり忘れてしまっている。

 彼女は再び訪れた森の中で少しだけ緊張していたが、それ以上に好奇心が勝っていた。目に映るすべてが新鮮でまるで冒険の始まりを感じさせるよう。時折、草花が風に揺れ、木々の間から見える空が青く広がっていた。遠くからは小川のせせらぎがかすかに聞こえ、静けさの中に自然の音が心地よく響いている。

 意識して木々の隙間に目を凝らすと平原にいた魔物達に混じって先程は見かけなかった種類のものがいたりと興味深い。

 何度か行き来する場所なら慣れてきた頃にスケッチの一つでもするんだけど……生憎ここは通り道の一つだ。


「ちょっと怖いけど、私は好きだな。こういうところって慣れると結構楽しいんじゃないかな」

「そう? でも静かすぎると逆に怖くない?」

「大丈夫だよ。ここは安全だって村の人たちも言ってたし。まあそれでもうちの村の人達は中々外へ出ないんだけどね……」



 エラは笑って首を横に振った。自分が呑気なのか、ルミナの警戒心が強いのか……森の静けさに徐々に安心感を抱くエラとは対照的にルミナは長い耳をぴくぴくと動かしながら周囲を注意深く見渡していた。

 その時、エラは足元に小さな水晶のような石が転がっているのを見つけた。特に模様のような意匠はないが、薄い黄色には濁り一つない。それでも一般的な宝石のイメージと比較するといくらか凡庸──水晶と言うよりは色ガラスに近いかもしれない。

 エラは思わず石に手を伸ばし、指でその表面をなぞった。

 陽光を反射し、エラの手のひらで煌めく石。その様子を見上げていたルミナが声を上げた。


「その石、魔石じゃない?魔力の結晶だよ」

「魔石?燃料のこと?うちの家じゃ使わないけど……」

「ここ魔力が濃いのかもね。それか魔法使いが大きな魔法を使った後とかさ」


 ルミナの言葉にエラは一瞬、手のひらの魔石を落としそうになる。

 その瞬間、周囲の空気が少しひんやりと変わったように感じた。エラは思わず背後を振り返る。草の中で何かがかすかに動く音が聞こえた。緊張した面持ちでエラはその場に立ち止まり、周囲を警戒する。

 突然、不吉な事を言わないでほしい。

 魔石というのは一般的に魔力が固体化したものだ。 「集めると大規模な魔法を使う際の補助になる」「魔道具を動かす燃料に使う」とはエラも知識として母親から習っていた……一般人にはただ便利なエネルギーとして周知されている。

 魔石は魔力が多く充満した土地には岩や地面に生えるように、或いは石ころのように落ちていることも珍しくない。その大本は地域の魔物や動植物が吐き出した魔力、又は地面のより深い所から湧き出ているなど諸説あるそうだ。そして何より──強大な魔力を行使した際にその跡として魔石が残ることもあるという。

 一応この森にも魔力が充満しているとは聞いていたが、もし豊富に魔石を採取出来る地域であれば今頃村人も積極的に採取に向かっていることだろう。そんな話は聞いた事もないし、エラが周囲を見渡しても他に魔石は落ちていない。

 だとすれば先程ルミナが口にした可能性がゼロではないということ──それが魔物なのか、人間なのかは定かではないがエラの腕には軽く鳥肌が立っていた。


「……誰かいたのかな?」


 エラは小声で呟いた。

 ルミナは軽く跳ねながらエラの隣をすり抜け、軽いステップで前方へと歩み出る。


「冗談だよ!普通の魔石だと思うよ。大体こんな田舎に凄い魔法使いが来て、どんな魔法を使うっていうのさ。ここじゃあ精々焚火に火を付けたり、魔物を避けるのに弱い魔法を使うぐらいじゃない。火事とか起こしたら大問題になるでしょ」

「そうなんだ……驚かさないでよ」

「今はそういうの結構厳しいはずだよ。ルースなんか顔に向かってきた虫に驚いて強い魔法を使おうとしたんだけど、カーバンクル皆で止めたんだから」


 この森が火の海になってたら今頃引っ越しどころじゃなかったんだよ!

 エラは深いため息をつき、肩の力を抜いた。一方のカーバンクルは吞気そうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。先程のルースの起こした「ちょっとしたトラブル」とはこれのことなのだろうか。

 万一、強大な魔力を持つ何者かがいたとして……必ずしも敵対するわけではない。そうは分かっていても、こうした長閑な場所で規格外の存在に遭遇する可能性を考えるとどうにも身体に力が入ってしまう。

 もしここに来たとして、もう通り過ぎた後だといいな……。

 エラが息を整えるのを待ち、二人は再びゆっくりと歩き始めた。

 森の中は再び静けさを取り戻し、エラの足音とルミナの軽やかな足取りだけが響いている。風が木々の間を通り抜け、葉がさらさらと揺れる音が心地よく耳に残る。

 ルミナほどではないものの、先程までと比べてエラは用心深く周囲を見渡しながら草を踏んで歩く。

 今日中に森を抜けられるだろうか、お母さんとこの森を通った時はそれなりに長い時間滞在した記憶があるんだけど……私を気遣ってくれてたからってだけなのかな?

 エラはいくら歩けど変わらない森の景色に若干の不安を覚えていた。もしかしたら人生初の宿屋より、初めての野宿を経験することになるかもしれない。

 漠然とそうした考えが頭をよぎったが、決して悲観的ではない。野宿だって旅の一部。ルミナもいるし、心配することはない──けれども薄暗い森の中で感じる静寂と何処かに潜むかもしれない見えない脅威はやはりエラの心を完全には解きほぐしてくれなかった。

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