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第六話 高校時代のあいつのラプソディ

ヒーラーは高校時代の自分の思い出の場所へと。

オレを連れていきたかったみたいだ。

そこでヒーラー達の高校時代と。

大学生の頃に起きたアクシデントの。

二つを改めて聞いてみて。

複雑な気持ちにオレはなってしまっった。

ヒーラーの兄ちゃんが使っていた自転車の乗り心地は良かった。


それに(またが)ってオレはこの街を見て回っている。


案内役はもちろんヒーラーだ。

 

「朝早いのに悪いな、ナギィ」

 

「いいってこれくらい」

 

オレ達は八時には家を出た。

 

特盛や牧菱さん達とは午後から合流する。

 

それまでの間この街を見て回ろうとのヒーラーからの提案だ。

 

「んじゃあ、図書館に行こうぜ」

 

「ああ」

 

朝の風は涼しくて気持ちいい。

 

郊外から街の中心部へ。

 

市役所や市民ホールみたいな大きな建物がどんどん近づいていく。

 

最初の目的地は市役所近くのお堀沿いにあるこの街の図書館だ。

 

「到着っと」

 

「あれ中には入らないのか」

 

「まだ開いてねえよ。外で話そうぜ」

 

自転車をガラガラの駐輪場へとオレ達は停める。


そこから入り口前にある外のベンチに腰かけた。

 

松の木々がお堀を遮るように植えられている位置だ。

 

「別に本読みたくてここに来たわけじゃないんだ」

 

「へえ」

 

お前の思い出話がしたいんだろう。

 

心の声を抑えつつヒーラーが喋るまでオレは黙っていた。

 

そんな様子が耐えられなかったのかヒーラーは苦笑いしだす。

 

「ナギィ変に気を遣うなって。お前の悪い癖だぞ」

 

「オレと一緒に街見て回っているのもヒーラーの昔話のためだろ」

 

「そうだけどさ。いや、すぐ喋らない俺も悪いか」

 

背伸びするとヒーラーはそのまま立ち上がった。

 

ヒーラーは懐かしむように(あご)に手を当てる。

 

「高一の夏、ここで撮影終わった後に奈種さんに告ったんだ」

 

「マジで。結果を出せば付き合えるとかじゃなかったっけ」

 

小さく頷きながらオレは軽く驚いてみせた。

 

「一度告って振られた時に奈種さんからそれを言われたんだよ」

 

「だから、ヒーラーは部活に対して生真面目だったんだな」

 

「うんにゃ。俺がお堅かったのは最初からだよ」

 

クククとヒーラーは自嘲気味に笑う。

 

「ずっとあなたが好きでした。ごめんなさい。てな感じで振られたな」

 

自虐しながらヒーラーは当時の自分と奈種さんを再現していく。

 

茶化す訳じゃない。

 

でも、オレは先に結末をヒーラーに聞かせたかった。

 

「結局付き合ったのは特盛だったんだよな」

 

「まあな。そもそも奈種さんのタイプは明るい陽キャだったし」

 

「そうなんだ」

 

「だから、昔の俺みたいな感じの後馬さんと付き合っていたのには驚いたぜ」

 

「えっ」

 

ヒーラーは感慨(かんがい)深そうに目を閉じた。

 

そして、手を伸ばす。


木々の隙間の先に見えるお堀に浮かんだ蓮の葉を掴むように。

 

「もし、俺が奈種さんと付き合っていたらあの人を叩いていたかもな」

 

「そんなことない。ヒーラーはそんなんじゃない」

 

「嬉しいねえ、そう言ってくれると」

 

手を伸ばすのを止めてヒーラーは自分の(ほお)を掻く。

 

奈種さんとは失恋で終わった。

 

なら、牧菱さんがいるじゃないか。

 

そっちはどうだったんだろう。

 

「牧菱さんとは付き合わなかったのか」

 

「いいや。あいつは俺自身を見ているようで好きになれなかった」

 

「それを牧菱さんには言ったか」

 

「言ったけど、それでもあいつは俺に告白までしてきた」


ため息をつくとヒーラーはベンチに座り直した。

 

隣に座るヒーラーの顔はえらくしんみりとしている。

 

「俺さ、自分で自分の事がそんな好きじゃねえんだ」

 

「いつも特盛と一緒にふざけているのに」

 

「特盛の横でバカやっていると自分の嫌な部分が忘れられるんだ」

 

「特盛に好きな人盗られて怒ったりもしたのにか」

 

「……それこそ昔の話さ」

 

強がっている感じはしない。

 

やるせなくヒーラーは返した。

 

「大学で付き合っていた彼女に言われたよ。もっと自分好きになって自信持てって」

 

「彼女いたんだな」

 

「同じゼミの子でな。つっても去年の冬には別れちまったけど」

 

ヒーラーの切なさはまだとれていない。


恋愛に(とぼ)しいオレはどう励ましていいか分からない。

 

「知っているか。後馬さんが奈種さん叩いたとき真っ先にキレたの特盛だぜ」

 

「どういうこと」

 

「ロケ慣れしていないボイス班をキャストにして撮影が滞ったんだよ」

 

今度のヒーラーのため息は深かった。

 

腰に両手を当ててヒーラーは空を見上げた。

 

ボイス班は基本的に録音室での収録がメインだ。

 

中にはイベントの司会進行をする人もいるけどそれも一部だ。

 

起用した理由は知らないけど可哀想な話だ。

 

「クオリティ重視で何度も取り直したがキャストの緊張がとれなかったんだ」

 

「原因は後馬さん自身だろ」

 

「ああ。けど、後馬さんはボイス班の子に詰め寄っていったんだ」

 

「それでイラついて手が出たわけか」

 

「察した奈種さんが寸前でその子たちを庇うために身を(てい)したんだ」

 

苦々しくヒーラーは事実を語っていく。

 

さっきまでの自虐した感じが嘘みたいだ。

 

「後馬さんと同じビジョン班だった俺は事態をすぐに飲み込めなかった」

 

「無理もねえよ」

 

「けど、特盛は違った」

 

ヒーラーは立ち上がると誰かに指さす素振りをした。

 

「あんたがそんなんだから先に進まないんだろうが、って後馬さんに指摘したんだ」

 

「すごいな特盛」

 

「俺も特盛に続いてキレたよ。ただ、俺は奈種さんの為だけにな」

 

「それでも充分すごいって」

 

「特盛が怒ったのは奈種さんのためだけじゃない」

 

悔しそうにヒーラーは首を傾けた。


「あいつは自分が所属していたボイス班の人達の分まで怒ったんだ」


手振りを止めてヒーラーはやるせなくオレを見つめてきた。


「俺と特盛の違いはそれだ」


「違いなんてないって」


「いや、ある。俺は自信もなけりゃ視野も狭い」


「人と比べるなよ。オレからしたらヒーラーも充分すごいんだから」


オレがその場にいたら何も言えないだろう。


誰かの為に動いて庇ってあげる。


部活についていけなくて弱音しか吐いていなかった。


オレは自分自身の為にすら上手くやれていないのに。


すごいよ、ヒーラー、特盛。


「言っとくが後馬さんが幹事になった件について俺は納得しているぜ」


「部をまとめられるのもあの人くらいだろうな」


「うちの部活一癖も二癖もあるからな」


大分普段の明るい口調にヒーラーはもどってきた。


一しきり話してすっきりしたんだろう。


「頃合いかな」


ガチャっ。


ヒーラーの呟きからしばらくして図書館の扉が開く。

 

入り口では職員の人がドアを開放していた。

 

「この件で後馬さんと奈種さんが別れたのだけはスカっとしたな」

 

「流石にか」

 

「そういや特盛のあだ名の由来知っているか」

 

「麻婆丼の大盛が好きだから特盛じゃなかったっけ」

 

「正確には奈種さんが作った麻婆丼なら特盛もいけるっていうあいつの惚気(のろけ)だぜ」

 

「そうだったんだ」

 

「うし、次の場所行くか」

 

「ああ」


オレ達はベンチから立ち上がり駐輪場へ行く。

 

この時のヒーラーの顔は何かをやりきったように清々していた。

 

この短い間にあいつは表情がいくつも変っている。

 

その中には普段見ないようなものもあった。


ずっと要領よく生きてきたと思っていた。

 

けど、それは大間違いで傷ついたりもしていた。


ヒーラーはずっと自分自身が嫌いだったから。


だから、特盛のマネをしていたんだろう。


牧菱さんはそんなヒーラーをどう思っているんだろう。

ここまでお読み下さってありがとうございます。

夏休みも後半になりましたが、

読者の皆様は宿題は早く終わらせていたタイプですか。

自分は後々まで残して大変だったタイプです。

次回の更新は8/28の17:00を予定しています。

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