メイキング6 ごめんなさいまでの距離
ワンルームにオレと牧菱さんの二人が。
残されたわけだが。
彼女はオレにいきなり謝って来た。
それは絶句したくなるような。
牧菱さんの本音だった。
作品を発表する定期集会まで。
あと二日と差し迫った日の夜に。
サブチームのみんなが。
差し入れを届けに来てくれたのだが。
突如、ヒーラーと特盛が。
ピザを買いに行くと言い出して席を外し。
このワンルームには。
オレと牧菱さんが残され。
彼女はどうも。
ヒーラーと特盛がいると。
話せそうにない気持ちを。
オレへと抱え込んでいるみたいだが。
一体なんだろう。
奈種さんが絡んでいるようだけど。
なおさら分からない。
でも、先輩として。
この子の話を全部聞かないと。
緊張混じりのオレは。
勉強机の椅子を。
後ろに振り向かせて。
彼女と向き合うようにして。
どんな言葉が飛んできてもいいように心構えた。
対する牧菱さんは。
物憂げな表情ながら。
はっきりと自分の想いを伝えてきた。
右手の拳を一回ギュッと。
握りしめていたのが見えたから。
後悔したくないよう。
勇気を振り絞った後に。
「率直に言わせてください。奈種さんの独りよがりな気持ちで作られたサブチームを舐めていました」
「えっと、順を追って教えてくれる」
「もちろんです。柊さんと襟着さんのいない今の内にお話しします」
牧菱さんは泣いていない。
でも、表情は罪悪感からか。
瞳は潤んでいて。
眉は八の字で眉間には軽く皺もできていて。
なにより彼女の唇が。
気持ちを吐き出したくてたまらなそうに。
震えていた。
「以前お伝えした部内でのトラブルを憶えていますか」
「後馬さんに特盛とヒーラーが対立したっていう、アレだっけ」
今から半年近く前に。
撮影がうまく行かずに不機嫌になった後馬さんが。
急遽集めたキャストの部の後輩たちに。
キツく当たってしまい。
特盛が物申してヒーラーがそれに続いた結果。
その場を収めようとした奈種さんが。
険悪な雰囲気に耐えきれずに。
泣いてしまったっていう。
もう、二週間くらい前になるか。
牧菱さんがオレへと明かしてくれた。
メディ研内での嫌な事件だ。
「奈種さんは柊さんと襟着さんを部に留めたく、サブチームを自身の権限で設けました」
客観的にはそう見えて仕方ないけど。
話を全部聞かなくちゃいけないけど。
ただ、この子のためにも。
一個これだけは。
言ってあげないといけない。
「ねえ、それって奈種さん本人から聞いたの」
「いいえ。ただ、それを尋ねるとあの人黙って俯いたので正解かと思います」
「直接本人が言ったわけじゃないんだね」
そんな風に相手に直に詰め寄って。
強引に黙らせてまで。
自分の欲しい答えを。
手に入れたと思いこんでしまうのは。
あまり良くないよ。
なんて、言えたらいいけど。
今優先すべきなのは。
牧菱さんの胸の内を全て吐き出させることだ。
まだまだ溜まっているだろう彼女の想いを。
受け止めないと。
指摘するのは一旦後回しでいい。
そうでなくちゃ、ダメだ。
「牧菱さん、もっと教えてくれるかな。キミの気持ちを」
「私が言いたいのはナギィさん、あなた奈種さんに利用されているんですよ」
「それに関しては、オレ自身納得しているから気にしてないよ」
「ナギィさん、あなた奈種さんを見返したくないんですか」
さっきまでは。
申し訳なさだけだった牧菱さんの語気が。
少しだけ強くなっている。
「なのに、見返すんじゃなくて見直してもらいたいって、あなた悔しくないんですか」
「別にむこうも悪いことしていないし」
「ナギィさん……」
「オレに居場所を与えてくれたし、むしろ感謝しているよ」
「……あなたと初めて会った日憶えてますか」
「それって、オレが女装してた時」
「はい。あなたに会う前に奈種さんとサブチームについて話していました」
「あ、あああ」
女装していたオレの姿を見る前に。
なにをしているんだこの子は。
恥ずかしい格好を。
見られてしまったことを思い出したのもあるが。
それ以上に。
牧菱さんのアグレッシブさに。
オレは言葉に詰まってしまった。
「コンテンツ班の友達にあそこで奈種さん達が撮影するのを予め教えてもらっていたんです」
「確かその時期って謹慎期間みたいなもんだったよね」
「ええ、もうすぐ謹慎期間明けなので挨拶したいという建前であの日、大学へと赴いたんです」
「すげえな、牧菱さん」
もはや良いとか悪いとかの。
物差しで測れない。
彼女の行動力と理屈に。
オレはどこか感心してしまった。
「それで偶然を装いつつ休憩中の奈種さんに接触してサブチームの三人目の人物、つまりナギィさんについて尋ねたんです」
「えっ、マジで。なんて奈種さん答えてくれたの」
ちょっと場違いだが。
ちょっと舞い上がってしまったが。
奈種さんのオレに対する評価は。
気になるところだ。
顔をちょっと強張らせて。
牧菱さんは奈種さんの回答を教えてくれた。
『すごく良い子だよ。真面目で責任感もあるし、サブチームがあるのはあの子のおかげだよ』
これが奈種さんの想い。
全然悪くないじゃん。
というか、これって……。
褒められてんじゃん、オレ。
「奈種さん、オレをそんな風に言ってくれたんだ」
ニヤけ気味なオレとは。
反対に牧菱さんはため息をついていた。
「ナギィさんが自分の思い通りに動いてくれて喜んでいるだけですよ、奈種さんは」
「それも直接本人から聞いたわけじゃない、よね」
「客観的に見ればそう聞こえます、よね。ナギィさん」
さっきより歯切れが悪く。
想いを述べた彼女に。
オレは。
話を全部聞いてからだと。
彼女に何か指摘するのは。
その後からだと決めていたのに。
どうしても牧菱さんに。
また一つ聞きたかった。
「牧菱さんは奈種さんが嫌いなの、オレに奈種さんを嫌いになって欲しいのかい」
「ち、違います。ただ、その……許せなかったんです」
牧菱さんの憤りが。
オレに伝わってくる。
もう彼女の瞳は。
潤んでいなくて。
代わりに。
誰かを否定したくてたまらない。
乾いた彼女の眼差しがオレへと。
向けられていた。
先輩として。
この子の話を全部聞いてあげなきゃいけないと。
自分の心に決めたのだから。
目の前にいる。
いつもとは真逆の。
感情を表面に出した牧菱さんが語っていく。
「奈種さんの話を聞く限り、お人好しのナギィさんを利用して自分の罪悪感みたいものを消そうとして」
「うん」
「柊さん達も自己満足のために部の隅っこに追いやって手元に残して」
「うん」
「そんな奈種さんの無自覚な自分勝手さが私には許せなかったんです」
「うん」
「だから、あの日私はあの人と話し終えた後に柊さん達のもとにも行ったんです」
「えっ、あの日ヒーラーと特盛がいたのも部内の友達から聞いたの」
「いいえ。当日に奈種さんとの会話で知りました」
聞き手にまわって。
昂った牧菱さんが落ち着くのを。
様子見していたが。
語気は大分治っているものの。
過去の言動を知れば知るほど。
オレは内心動揺して。
オーバーなリアクションが出そうになったが。
そこをなんとか抑えるためにも。
指摘や否定でなく。
当たり障りない質問をして。
なんとか堪えた。
「奈種さんに追いつかれるよりも早く柊さん達を見つけられたのは幸いでしたね」
「オレが着替えている最中の出来事なんだよね」
「ええ、なので着替え終えたナギィさんが二人と合流する頃には私はその場を去っていました」
「ヒーラーと特盛となにを喋ったの」
「まず私が軽く挨拶をした後に、さっきすれ違った女装した男性が三人目ですか、と尋ねました」
「ああ、うん。ダイレクトに聞いたね」
「そしたら、お二人は……」
ヒーラーと特盛のマネをするわけでもなく。
過去の会話を。
淡々と牧菱さんはオレに伝えだした。
『おう。そうだぜ、俺的にもめっちゃカワイかったヤツだぜ。なっ、特盛』
『うんうん。今度からテトもサブチームのメンバーだし挨拶はちゃんとしたか?』
『頼りないように見えて頼りになる男だからな、ナギィは舐めちゃいけねえぞ』
『ヒーラーの言うとおり、やるときはやる男だぜ』
『なにより、あいつと一緒にいると楽しいしな』
『わかる。遊んでいるときも部活しているときも、ナギィがいると楽しいんだよなぁ』
『俺は奈種さんに引き止められたんじゃない。ナギィと組んで部活楽しむためにサブチームにいるって考えているぜ』
『おれもヒーラーに同感だ。ぬるま湯とか人からバカにされるだろうがおれらにゃ湯治みたいなもんだよ』
『良いこと言うね、特盛。てか、奈種さんこっち来ているけど何か会ったのか牧菱』
『それにナギィも着替え終える頃合いだし、謹慎中のテトがここにいるのは何かマズくないか』
教科書に書かれた文章を読むように。
抑揚もなく。
セリフを棒読みするように。
ヒーラーと特盛の言葉を。
単純に事実のみを伝え終えると。
深く息をついて。
呼吸を整えてから牧菱さんは自らの本心を。
オレへと告げてきた。
「きっとナギィさんにお二人は毒されているんだ」
「えっ」
「お二人と別れて、奈種さんに捕まって注意を受けている最中にずっと思っていました」
「なんだよ、それ」
変な逆恨みみたいなものを。
この子から最初受けていたのかよ、オレ。
怒る気には全くならなかったけど。
彼女の胸中を聞けば聞くほどに。
なんだか。
異性から都合のいい男や。
ダメ男としか見られていない。
いわば、奈種さんはオレを。
異性としては見られていないって感じてしまう。
いい人止まりか。
一緒にいたくない。
考えすぎだが。
一緒にいると損するかも知れない。
そんな恋愛だと絶対に成功しないステータスな自分に。
ほんの少し嫌気がさしてきた。
いや、あの人の真意や。
サブチームの成り立ちまで含めれば。
ここで恋愛に結びつけるのも。
なんだが。
部内恋愛とかに縁がなさそうだからという理由で。
自分がサブチームのメンバーに選ばれたのなら。
すごく腑に落ちる。
なにより、なにも知らないオレとチームを組めば。
ヒーラーと特盛は気楽だろうな、と。
考えていたが。
女々しいが。
恋愛と過去の出来事を紐付けたら。
そりゃ、サブチームのメンツとして。
恋愛絡みで部員との衝突がない。
ましてや、部活のペースに追いつけない理由で。
退部はしたくないけど。
部には残りたいなんて。
甘ったれた理由のオレは。
この上ない人材だろうな。
ヒーラー達に変な詮索もしないっていう期待もできるし。
確実に二人と上手くやっていけると。
予感できたんだろうな、奈種さんは。
優しさじゃなくて、強かさで。
オレをサブチームに入れたのかな、あの人は。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ハロウィンナイト。
季節的には夏の怪談の次に。
ホラー作品が似合う季節ですね。
思ったよりもメイキング編が。
長引いてしまいましたが。
大分目途も経ってきました。
では、次回の更新は10/23の17:00の予定です。




