メイキング4 帰り道をたどって
ヒーラー達の地元での撮影を終えてから。
大学の講義が終わると。
すぐに帰宅して編集作業に移っていた。
とにかく映像作品が出来上がっていくのが。
ワクワクして堪らなかったからだ。
学生の本分は勉強だ。
講義にはもちろん出席しないといけない。
ただし……。
リンゴーン、リーンゴーン。
「では、みなさん来週またお会いしましょう」
その日の講義を全部受け終えれば。
その日受ける最後の講義の終了のチャイムと。
その音を聞いた教授の講義終了の合図を。
確認したのなら。
話は別だ。
ここからは。
オレのフリータイムだ。
「さてと」
小中高の学校の教室みたいな。
狭くも広いとも言えない講義室で。
多分。
その中で誰よりも。
早く後片付けをしているのは。
オレだ。
タブレット端末やそのペンシルなんかを。
リュックに素早く入れて。
この部屋を後にした。
早く、速く、はやく。
帰りたかったから。
それだけだ。
「はっ、はっ、はっ」
あとは自由な時間。
人にぶつからないように。
事故に遭わないように。
アパートまで気をつけながら。
走って、急いで。
大学の敷地を抜け出して。
アスファルトを踏みしめて。
帰り道は行きと違って。
色々な想いで溢れかえっている。
早く編集したい。
その想いからスタートして。
あそこは別の効果音つけたほうがいいかも。
ヒーラーのパートに合わせる画像はあれがいいかも。
なんて考えていたせいか。
気が昂っていた。
ワクワクしていたんだ。
だからか、不思議と。
大学までの道のりを。
逆走している感じはしない。
億劫にも感じない。
すぐに家に辿り着いてしまったら。
逆になにをすればいいか分からなくなる。
そんな気がして。
思考を整理できるこの帰り道は。
走って体力を使って。
自分の作品へのモチベを。
いい意味で落ち着かさせてくれる。
帰りの道のりは。
返ってオレにとっては。
ありがたかった。
「ふう。とくに。なにもない、な」
オートロックのエントランスもない。
各部屋の扉を直接ノックできるアパート。
そこが現在のオレの住い。
アパートの管理会社とかの通知もあるので。
まずは一階の隅にあるポストへ行き。
何か入ってないかチェックをして、と。
うん、ピザのチラシくらいしかないな。
そのチラシを片手に。
階段を登って。
二階にあるオレの部屋の前で。
玄関の鍵を。
ガチャっ、と解いて。
扉を開ければ。
もう少しだ。
「ただいま」
誰もいないけど。
ちょっとでも。
気分を上げるためにも。
とりあえず。
大学から帰って。
アパートの自分の部屋に着いたら。
独りでも。
帰宅の言葉を口にしている。
編集作業の期間に入ってからの。
オレなりのルーティーンだ。
ワンルームで。
そんなに広くないけど。
オレの大学生活の大切な拠点だからこそ。
部屋の雰囲気って大切だなって。
編集作業に没頭している最近は。
ちょっと痛感している、
「まだ、いけるな」
自室に入ってすぐの。
キッチンの狭いシンクの洗い場には。
空になったスーパーの半額弁当が何個もあって。
目立っているけど。
今は気にしちゃいけない。
雰囲気作りは大切だが。
面倒くさいものは面倒くさいし。
なにより。
あそこは編集中には。
目を向けないし。
多少の有れ具合は。
むしろ親しみがでるくらいだ。
「ほっ、と」
とりあえず。
リュックを部屋の隅に置いて。
その上に被せる様にチラシを乗せたら。
洗面台のある浴室に行って。
手洗いとうがいを済ませて。
顔まで洗ったら。
向かうは。
実家から運んでもらったオレの勉強机だ。
ここは実家のオレの部屋を。
できる限り再現している。
勉強机の配置は壁際で。
洋服を入れてある箪笥だって。
元と同じになるように勉強机とは反対の壁際で。
その箪笥の左隣に隣接して。
漫画やフィギュアに。
大学の講義で使う本が並んでいる棚が。
まとめて二つほど置いてある。
うん。
部屋の中央にあるご飯とかを食べるための。
背の低いテーブルさえ除けば。
ずっと慣れ親しんだ実家の頃と変わらない。
「ほっ」
ノートパソコンを起動して。
ホーム画面になるまでの間の。
待ち時間で。
冷蔵庫から。
紙パックのカフェオレを飲んで。
元気を養いながら。
スマホで現在の時刻を見ると。
午後六時五分。
よし。
もう一度勉強机に向かおう。
うん。
ホーム画面になっている。
編集ソフトをクリックして。
画面は切り替わり。
何個か動画が表示されるけど。
オレが選ぶのは。
日付が一番新しい。
昨日までの作業の続きからだ。
「やりますか」
三日後には定期集会。
もう、あれから何日経つかな。
一週間くらいか。
撮影のために。
ヒーラー達の地元に訪れてから。
だから、少なくとも五日以上は。
定期集会で披露する映像作品のために。
ずっとそんな感じで。
編集作業のために。
自分の時間を費やしている。
あそこで撮った沢山の画像や動画を精査して。
パズルみたいに。
一つの物語になるように組み上げていた。
プライドの高い後馬さんが聞いたら。
怒るかもしれないけど。
オレが今回の作品の編集作業にあたって。
構成の頼りにしている具体的な物は。
画像や動画を除けば。
二つだ。
一つ目が簡単な動画の流れや構成だけを書いたノート。
それもノートの見開き一ページで済みそうな。
プロットや字コンテとも言えない。
本当に簡潔な動画の流れを。
ノートに箇条書きにしたものと。
二つ目が特盛が撮影の翌日にオレ宛に。
メールで送ってくれたナレーションの文章だ。
後馬さんだけじゃなく。
こだわりの強い他の部員の人たちからも。
どうかしている、と指摘されそうな。
やり方でオレは編集に臨んでいた。
ただ、ナレーションに関しては。
オレと特盛のSNSの個人チャットや。
会議アプリのプライベートルームで。
文章やナレーションそのものを推敲しつつ。
内容を磨き上げていたが。
作品の全体の編集としては。
手抜きとかではなく。
自分なりに行き着いた結果。
今のやり方をとっている。
理由として。
オレはヒーラー達の地元の思い出を。
他の部員の人たちにも追体験させたくて。
直感的に動画を作っていた。
なんというか。
こないだの撮影はヒーラー達の思い出を。
オレが見て、感じて。
カメラで切り取ったみたいなもんだ。
発表する時間も。
作る時間も限られているし。
本当はオレがヒーラー達の地元で味わった全部を。
皆んなに伝えたいところだけど。
それは無理だから。
なんとかして。
編集の力であの場所の魅力をギュっとまとめて。
ほんの少しでも部員の皆んなに。
ヒーラー、特盛、牧菱さんのすごさを教えてあげたい。
そのためにも。
あんまり理詰めで。
ガッシリ作り込んでいくのは。
逆に魅力を損ねてしまう気がしていた。
大切な思い出の場所を。
通学路っていう。
一つの道筋に紐づけて。
まるで記憶を辿るコースのように。
そう、あの日。
ヒーラーと一緒に自転車で。
オレがあいつの高校時代の通学路を。
辿って行ったように。
あいつも、ヒーラーも言っていたじゃないか。
まるでレースゲームのコースに。
宿った記録を追っているみたいな。
そんな体験を映像作品を通じて出来れば。
あの日のオレの体験した感覚を。
どうにかして部員の皆んなにも。
共感してもらえれば。
サブチームを、オレ達を。
皆んなは見直してくれるかもしれない。
そんな思いでオレは。
残り少ない時間の中で。
動画の編集作業に勤しんでいた。
昨日には。
特盛からメールが送られてきた。
あいつのナレーション音声の録音付きで。
個人的には。
全体の半分以上は。
出来上がっているつもりなんだが。
ナレーションと映像を合わせたりもしないといけないし。
完成はまだまだ先だ。
だからこそ、オレは信じている。
作品のクオリティが上がれば上がるほど。
見ている人たちの共感具合も上がるんじゃないか。
言い換えれば。
出来が良ければ。
ヒーラー、特盛、牧菱さん、三人の想い出を。
少しでも皆んなが追体験できて。
部員の皆んながサブチームを見直してくれると。
ちょっとおかしな気もするけど。
オレはそれをモチベにもしていた。
他にも楽しみがある。
ネットでのフリー素材探しだ。
画像やイラストに。
BGMや効果音を探すのも。
なんだかんだで楽しいし。
たった二回くらいしかやってないけど。
適当に編集していたそれまでの活動に比べたら。
とても充実感があった。
ただ、今回の編集作業が。
思っている以上に大変なのは。
覚悟していたとはいえ。
やっぱり過酷なんもんだ。
「もっと自転車が走っている感じのする効果音ないかな」
ネットのフリー素材は本当にすごい。
BGMはこれ本当にただで使っていいの。
と思ってしまうくらいに。
選んで利用するのが贅沢な悩みだ。
これは効果音にも当てはまる。
なんに使うんだよ、というものもあれば。
風とか波の音でこんなに種類あんの。
という具合だ。
そんな感じで。
ああでもない、こうでもない。
これがいいかな、こっちの方がいいかも。
これの繰り返しで作業をしていれば。
時間はあっという間に過ぎてしまう。
「やべえ、もう夜の二時じゃん。明日は朝一の講義だしな」
どんなに編集が楽しくても。
名残惜しくも。
学生の本業は勉強なので。
講義にはちゃんと出席しないといけない。
せっかくお金を出してもらっている。
両親にも申し訳ないし。
うん。
今日はシャワー浴びたら、もう寝よう。
作品も八割以上はできている気もするし。
編集した動画を保存して。
パソコンの電源をオフにすると。
後片付けを終えたオレは。
八時間ぶりくらいに。
自分のスマホを見た。
「みんな」
サブチームのみんなからの。
グループトークからの通知で。
ヒーラー、特盛、牧菱さん。
一人ずつコメントがついていた。
どうやら。
明日、三人が一緒に。
差し入れを届けに。
オレのアパートまでやってくるみたいだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
帰り道って。
行きとは違って見えませんか。
レースゲームのミラーコース(通常とは逆向きのコース)みたいに。
ちょっと、違いますかな。
では、なんだろうか。
その日の振り返りや。
明日の予定などなど。
帰り道って、色々な要因で。
考え事をするから。
行き道と比較して。
違った風景にみえるのかもしれません。
長くなりましたが。
次回の更新は10/9の17:00の予定です。