第一話 あと少しの春の中で
具実大学メディア研究部サブチーム二年生のオレは。
メンバーのヒーラーと特盛と一緒に。
定期集会用の撮影をしに。
休日の大学構内に来たんだが。
なんで。
なんでオレだけ女装なんだよ。
もう春って感じがしない。
GWのど真ん中。
大学の中も全然人がいない。
人の目が少ないからこそ救いがある。
現在進行形で女装しているオレにとっては。
「似合ってんぜ、ナギィ」
「ネットで買った安物のセーラー服でこのクオリティとは」
ヒーラーと特盛が恥ずかしがるオレを茶化す。
じゃんけんで負けなきゃこんな目にあわなかったのに。
「こっちはいつでもいけるぜ」
「覚悟を決めろ、ナギィ」
「分かった。だから、あと十秒待って」
銀髪イケメンのヒーラーこと柊秀太朗。
ポッチャリ系茶髪陽キャの特盛こと襟着晴彦。
黒ポニテしか特徴のないナギィことオレ樫守凪人。
具実大学メディア研究部サブチーム二年生のオレ達。
サブチームのメンバーはオレ達三人だけ。
今日は部活で上映する動画の撮影だ。
場所は大学の敷地の隅っこにある講義棟の軒下。
少なくともオレ達以外に人はいない。
「十秒経ったぜ、ナギィ」
「いいぜ。やってやる」
どうとでもなれ。
煽ってくるヒーラーにオレは開き直ってみせた。
「いくぜ。スタート」
カメラ兼監督の特盛の合図で撮影が始まる。
ヒーラーもそれに合わせてスイッチが入る。
「ずっとあなたが好きでした」
「ごめんなさい」
「そんな。今までのボクの想いはなんだったんだ」
頭を抱えながらヒーラーは膝を崩す。
すごい演技だ。
オレは素で少しひいた
「カット」
特盛のその一声が収録の終わりを告げる。
よかった。
これで苦行から解放される。
「ナイス演技、ナギィ」
「ヒーラーいい加減にしろよ。ちょっとトイレで着替えてくる」
「今日一日それで過ごそうぜ」
「ふざけんな特盛」
私服が入ったバッグをオレは背負う。
休日で大学の大半の建物は閉まっている。
この近くだとA購買のある壱講義棟のトイレしかない。
ただ、購買側の入り口の方は人がいるだろうな。
回り道するか。
ルート変更している時だった。
「フレームに入れたいからもっとみんなこっち寄って」
広場の方から聞き憶えのある声がする。
後馬さんだ。
イケメンで、ビジョン班のリーダーで、うちの部活の幹事だ。
番組かドラマの撮影中なんだろうな。
あっちも今日撮ってたなんて。
誰かに見られる前に早く着替えよう。
あと少しだ。
入ってすぐの所に男子トイレがあってよかった。
「うっ」
「えっ、あっ。なんかすいません。これはですね」
しまった。
女の人と出くわしてしまった。
青紫のショートヘアのキレイな人だ。
雰囲気的に年上かな。
シンプルなシャツとズボンのファッションから気の強さを感じる。
目が合うやすぐに逸らされた。
どこか思い詰めた表情で俯いている。
当たり前だよな。
こんな格好で大学をうろちょろしている男がいたら。
早く事情を説明しないと。
「ええと、これはですね」
「……」
説明する暇もなくその人は無言でオレの前から去ってしまった。
どうしよう。
大学でオレ変な噂されるかも。
オレの人生終わった。
「ナギィくん。なにその格好」
「奈種さん」
この姉御肌な声は。
振り向くと奈種さんがオレの方に駆け寄っていた。
動きやすい服装で長い赤髪を後ろで束ねている。
ビジョン班の撮影のお手伝いかな。
それよりも今の状況をなんて説明しよう。
「奈種さん、これはですね、ええと」
「動画の撮影で着てるんでしょ。さっき柊くん達と会ったし」
「はい。そうっす」
「大変だね。ナギィくんも」
よかった、理解を示してくれて。
奈種さんが察してくれてすごく助かる。
てか、ヒーラー達変なこと吹き込んでねえよな。
「うん。柊くんの言っていた通り可愛いね」
「アイツら」
ぶん殴りてえ。
オレは軽く拳を握った。
「どうしたの眉間に皺寄せて」
「それより奈種さんコンテンツ班のリーダー大変でしょ」
コンテンツ班は動画の編集や他の班の撮影の協力で超忙しい。
リーダーともなると他の部員もまとめないといけないし。
けど、そんな奈種さんへの心配はすぐ吹き飛んだ。
「全然。好きでやっているから」
元気で明るく奈種さんはオレにカラっと笑って見せた。
相変わらず太陽みたいな人だ。
「立派っすね。就活のネタにしたくて入部したオレと違って」
「コラ。そうやってすぐ卑屈にならない」
「すいません」
こんなやり取りも久しぶりだ。
奈種さんと最後に話したのは春休み始まってすぐか。
それもオレのサブチーム異動の通達のときだし。
あのときは重苦しかったな。
部室でオレずっとうな垂れていたし。
あの日以来、部の定期集会で見かけても話かけづらかったし。
本当に今みたいに喋れるようになって良かった。
「ところで、こっちにショートヘアの女の子がこなかった」
「それっぽい人ならあっちに行きましたよ」
「ありがとう。その子メディ研の一年生だから。キミの後輩だよ」
さっきの人メディ研だったんだ。
ていうか後輩って。
年下かもしれないんだ。
驚きつつ彼女の行き先をオレは指さした。
「ナギィくんの事情もその子に伝えとくから落ち込まないで」
「マジでありがとうございます」
気にかけていた部分にもフォローしてくれる。
奈種さんは単に明るいだけじゃない。
気遣いもできるからみんなから好かれている。
「早いとこ着替えようっと」
一応周りを確認してトイレに入ろう。
よし、誰もいない。
オレはトイレに入ると即行で着替えた。
ちょっと待て。着替え終わって気づく。
新歓や四月の定期集会にいたっけ、あの子。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
初めての方は初めまして。
前作『青の欠片を巡って』からこられた方は十日ぶりでしょうか。
今作はギャグも多めの。
しっとりする場面はあるものの。
明るい雰囲気の作品ですので。
気楽に読んでいただければ幸いです。
更新頻度は週一ペースとしますので。
次回の更新は7/24の17:00を予定しています。
また、唐突ですが。
前作『青の欠片を巡って』と今作『サブの意地』の。
タイトルとあらすじを改稿する予定です。
『青の欠片を巡って』に至っては。
締切日まで。
順次本編の細かな修正や部分的な改稿なども行います。
タイトルにつきましては近日中に行うつもりですので。
作品を楽しみにされていた読者の皆様へ。
いきなり作品名変更となり。
混乱を招いてしまい申し訳ございません。
後々この経緯については。
まとめて活動報告として読者の皆様にもお伝えしますので。
それも作品のオマケとして楽しく読んでいただければ。
作者である私としては嬉しいです。
なお、あらすじ欄にて旧タイトルとして残し。
検索にヒットするようにしますのでご安心ください。
最後に、この物語を次回もぜひお楽しみください。