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腐っても悪役令嬢

作者: 黒湖クロコ

 わたくしのお父様は公爵。この国において、王族の次に偉い人。だから、そんな父に愛されるわたくしも、特別で偉いのだと思っていた。

 この、オーパーツを手に入れるまで。


「エレオノーラ、お誕生日おめでとう。これはつい先日手に入れた、新しいオーパーツだよ」

「お父様ありがとうございます」

 オーパーツと言うのは、時折地中から発見される、この世界のものとは思えない道具のことだ。たまに聖剣のような神々の世界由来のもので、凄い力を秘めたものが採掘されることがある。でも正直何に使うのかも分からないものが多い。そんな何に使うか分からないものは、ただ希少だから価値があると思われている。

 使い方が分かればまたその価値は一気に跳ね上がるだろうけれど、それが分かったら苦労しない。そして父の趣味はそんな訳の分からないものを買いあさることだった。


「これはね、ほら表面がつるつるしているだろう? ガラスか何かだと思うけれど、不純物が一切入っていなくて美しい。この板は一体何なのだろうね」

「そうですわね」

 本当にこの真四角の板は何なのか。木材ではなさそうで、表面のガラスも真っ直ぐで歪みもなくとてもきれいだ。我が家の窓枠にはまっているものとは全く違う。そしてそのガラスと接着している裏面。正直何の素材かも分からないが、光沢がある。金属なのだろうか?

 こんなものを人間が作れるとは思えないし、オーパーツで間違いはなさそうだ。でも使い方は不明で、わたくしにはガラクタにしか見えない。


 誕生日プレゼントならば、ドレスとかペンダントとか、もっと素敵なものがよかった。でも父がわたくしの好きなものを選ぶことはまずない。父は自分が欲しかったものをわたくしに買い与えるのが常だ。

 そして父に逆らってもいいことはないので、喜んだふりをしておく。父の機嫌がいい方が母の機嫌もいいからだ。

 

 誕生日を祝ってもらい自室に戻ったわたくしはベットにそのまま横になる。

「お嬢様、はしたないですわ」

「……分かったわよ」

 わたくしの教育係としてつけられている、メイドのベルタに注意され、わたくしは体を起こす。

「ドレスをまずお着替えなさってください。しわになります。それからレディーというものは――」

 くどくどくどくど。

 お小言の嵐に、わたくしはつい睨みつける。わたくしだって言われなくても分かっているもの。

 ただ誕生日会で疲れてしまって、少しベッドに横になっただけじゃない。

「それに本日の宿題がまだ終わっておりません」

「えぇ……明日の朝でいいじゃない」

「なりません。明日は朝にピアノの講師が見えますし、その後の座学の先生に見ていただくのですから間に合わないでしょう?」

 その通りだ。

 その通りだけれど、忙しすぎる。宿題だって本当は誕生会前にやりたかった。でもその前は別の勉強が入っていて、やる暇がなくこんな時間になってしまったのだ。


「お嬢様は将来この国の王妃となられるのです。そのためには様々な教養を身に付けなければなりません。そしてこの国全ての貴族令嬢の模範とならねばなりません。よろしいですか? 現王妃様はとても幼い頃から努力され――」

「分かったわ。やるから、せめて一人にして集中させてちょうだい」

 どうせやらなければならないのならば、お小言を聞いてさらに遅くなるより、さっさと終わらせてしまいたい。

 なのでベルタを部屋から追い出し、わたくしは椅子に座った。


「……はぁ。やりたくないなぁ。でもやらないと、ダニエーレ様と結婚できないのよね」

 ダニエーレ様は王の第一子で、わたくしの婚約者候補だ。

 ダニエーレ様は将来王となられる可能性が高いし、公爵令嬢であるわたくしとの身分のつり合いも申し分ない。父もその気だし、ここで頑張って婚約者にならなければ、周りから失望されるだろう。

 わたくしは父からもらったオーパーツを机の上に置き、ツンっと指で突っつく。このプレゼントと同じ。わたくしは周りが望むように進むしかない。

 そんなことを思っていた時だ。

 不意に表面のつるつるとした部分が光り輝いた。

「えっ? 何?」

 強い光ではない。でも真っ黒だったはずのそこには、先ほどまでなかった色がついている。


 一体なんなのか。

 上から何かが書かれている?

 わたくしはガラスの面をこするようにしてさわった。すると、絵が変わった。

「えっ? これは何?」

 思わず言葉が出ると、何やら文字が浮かび上がった。見たこともない文字だ。でもどういうわけか、わたくしにはその言葉を読むことができた。

 これがわたくしの運命を変えるオーパーツとの出会いである。


 その後わたくしはこのオーパーツを色々触り、どういったことができるのか調べた。

 どうやらこれは神の世界の事柄が記されているもののようで、疑問に思った言葉を伝えれば、その意味や関連する情報が出てくるようだ。

 わたくしはこのオーパーツにすぐにのめりこんだ。

 知らないことを簡単に調べられるのは楽しくて仕方がない。しかも娯楽的な読み物なども出てくるのだ。絵に言葉を入れて物語を作ったものは画期的だし、絵がくるくると動く不思議な仕掛けもあるようだ。

 お父様はどうしてオーパーツ集めなんて無駄遣いをするのだろうと思ったけれど、これほど面白いものだとは知らなかった。


「エレオノーラ公爵令嬢」

 もしも自分の名を調べたらどうなるのだろうか? そんな興味本位でわたくしは自分の名前に地位を付け加えたものを声に出して調べてみた。神様はわたくしのことも知っているのだろうか?

 ワクワクと板をのぞいていたが、そこに出された文字に眉を顰める。

「悪役令嬢? なんですの、それ」

 悪役とつくなんていい意味には思えない。眉をひそめて読めば、どうやらわたくしは王子という地位だけを見てダニエーレ様と婚約した強欲娘で、ダニエーレ様が本当に好きになった娘と結ばれるのを邪魔する性悪女らしい。

 ……確かに王子だから婚約者候補になったのですけど、これは一方的すぎではありませんこと?

 王子だってわたくしが公爵家の令嬢だから婚約者としたのだと思う。自分の意見ではなく周りが決めたとしても、わたくしだってそれは同じ。


「それにしても王子はわたくしと婚約しているのなら、この主人公さんを妾にでもなさるおつもりですの?」

 この国は一夫一妻。ただし王族は世継ぎのために妾を持つことを許され、生れた場合は私生児ではなく、ちゃんと王の子と認められる。立場は若干弱いけれど、王族というのは変わりなく、運がよければ王となることだってある。

 でも妾は地位というより愛人のような扱いだ。主人公さんをそんな立場にする気なのか。

 そう思い読めば、どうやら最終的に、わたくしが婚約破棄されて、主人公がこの国の王妃となったようだ。……そんなバカな。

 えっ? わたくし公爵家の令嬢よ?

 どうやら主人公に嫌がらせしたことを理由に婚約破棄したと書かれているが、本当にそんなバカなである。嫌がらせはよくないことだとは思うけれど、でもそれを黙らせるのが地位だ。なんでわたくしのみ断罪されて、私刑を受けているの? 


 死刑ではない。私刑だ。

 王子とその友人たちにより、わたくしはこの国にはいられないようにされてしまい、最終的に異国に嫁がされたらしい。そのお相手もあまりよろしくないようで、わたくしとは親子どころか、祖父と孫のような年齢差があるとか……。えっ。待って。これ、嫁いで数年後には未亡人ではありませんの?

 無茶苦茶である。

 

 ただの誰かの妄想と言いたいけれど、これは神が書き記した予言のようなもの。年代も正しそうだし、出てくる王子のご友人も実在する人物として知っている。

「怖っ。……えっ、わたくし、この未来は嫌だわ。回避できないものかしら?」

 流石にこの未来は嫌だ。こんなものになるために、色々我慢して一生懸命勉強しているわけではない。というか、努力の先がこれではやる気なんて出ない。

 そもそもわたくしは王妃に絶対なりたいわけではないのだ。


 とにかくもっと情報が必要だわ。

 わたくしは、王子の名前やそのご友人の名前を調べてみることにした。

「なにかしら? この表記は」

 ダニエーレ王子とわたくしの兄であるエルヴィーノの名前を入れてみると、どういうわけかエルヴィーノ×ダニエーレという表記が出て来た。この×という記号がどうしてここに出てくるのか分からない。

 たぶん計算をする時の記号だと思うのだけれど、かけてどうなるのかしら?


 よく分からないけれど、こういう時は調べてみるに限る。

 わたくしが私刑されてしまうのだから、兄も何か王子から不都合なことをされるのかもしれない。とんと指で突っついて出てきたのは、美しい絵だった。

 その絵は兄と王子の特徴をよくつかんでいるし、色彩もちゃんと王子は金髪、兄は銀髪でうまく描かれている。問題は二人が妙に密着しているところだ。

「なんで抱きしめ合っておりますの? しかもダニエーレ様、妙に可愛くありませんこと?」

 特徴を掴んでいるけれど、どうにも王子の線が細い気がする。しかも頬を染め、目を潤ませて……。何かいけないものを見てしまったような。でもその美しい絵にわたくしは胸の高鳴りを覚えた。


 さらにどんどん見ていけば、他にも出てくる、出てくる。似たような絵が。

 途中年齢は18歳かとたずねられ、イイエと伝えたので見ることのできなかったものもあるけれど、そのどれもが兄とダニエーレ様の仲睦ましい姿だった。どうしましょう。兄と王子は恋人のような関係でしたのね。

 ……あら? でしたら主人公は?

 なんだかおかしい。兄と王子が仲睦ましかったのなら、主人公と王子が結ばれたというのはどういうことなのか。もしかして、兄とは性別が同じだから結婚できない上に妾にもできない。だから目くらましに?

 

 首をひねっていると、他に王子の幼馴染であるクラウディオ様の名前を見つけた。そちらは、クラウディオ様×ダニエーレ様となっている。……これは、もしや。

 そちらもわたくしは知的好奇心に任せ調べることにする。するとでるわでるわ、二人の仲睦ましい姿が。しかも、く、口づけまで。

 どうしましょう。見てはいけないものを見てしまったわ。でも……なぜこのようにときめくのかしら?


 色々調べてくうちに、他にも×の記号が使われたものを見つけてしまった。そちらももれなく見る。さらにわたくしは、どうしてそのような関係になったのかを説明づける小説を見つけてしまった。それももれなく読む。

 読んで読んで読んで読んで。

 気が付くと、暗かった外が白くなっていた。……朝だわ。


 そして、朝日に照らされながらわたくしは悟る。

 神の世の預言が多岐にわたる理由がわかった。これは様々な【もしかしたらあるかもしれない世界】なのだ。

 そうでなければ王子は一体何人とお付き合いをし、その体を暴かれるのか。流石に体力が持たないと言うか、つじつまが合わなくなる。

 だからすべてはこの先、もしかしたらあるかもしれない話なのだ。


「つまり未来はどうなるか分からないと言うことね……でも、皆に愛される王子はかわいらしく、とても幸せそうでしたわね……」

 読めば読むほど、わたくしはダニエーレ様のことが好きになってしまった。

 ただしわたくしがダニエーレ様とどうにかなりたいというのではない。わたくしは皆に愛され孤独を埋めていき幸せになるダニエーレ様が好きなのだ。王太子という孤独な立場。そんなダニエーレ様の孤独を理解し、彼を包み込むような深い愛をささげるイケメン。

 そう、ダニエーレ様は愛されなければならない。主人公を守る? いいえ。王子ですもの。ダニエーレ様こそ守られて当然。


「わたくし、ダニエーレ様の恋を応援しますわ!」

 そしてついでにとても近い場所で鑑賞したい。

 そのためには王妃の地位は必須。わたくしはその最前列でダニエーレ様の恋を応援したい。

 それに男では王妃にはなれませんもの。そもそも嫁がダニエーレ様ですし。とにかく絶対主人公にダニエーレ様の恋の邪魔はさせませんわ。

 もしかしたら、主人公の恋を邪魔することになるので、やはりわたくしは悪役令嬢となってしまうかもしれない。

 でもそうなってもダニエーレ様の恋を守りたい。


「総受けもいいけれど、ソレだとビッチ感が……。いいえ。でも皆のダニエーレ様ですもの。最終的には誰か一人と結ばれるとしても、皆から愛されるけれど気が付かない鈍感なダニエーレ様美味しすぎますわ」

 まずはその下準備として、ダニエーレ様とご友人たちが仲良くできるように、積極的に応援するべきですわね。

 わたくしは最高の未来のために頑張ろうと、がぜん勉強に力が入るようになった。



◇◆◇◆◇◆


「なあ、最近婚約者になった君の妹について聞いてもいいかい?」

「なんでしょうか?」

 俺は友人である、公爵子息のエルヴィーノに声をかけた。

 婚約者であるエレオノーラは銀髪に紫の瞳が印象的な美少女だ。とても勤勉で是非仲良くしたいと思っているし、相手も俺に好意があると思っている。

 でも最近、好意はあるけれど、何か違う気がするのだ。

「彼女は俺を深窓のご令嬢か何かと思っていないか?」

「一度鏡を見て下さい」

「いや、俺にそういう要素がないのは知ってるよ。どこからどう見ても男だし。でもどうにもそう思われている気がしてならないんだ。例えば、俺が他の貴族と話していると、男は狼ですのよと助言されたり……」

 どうしてそういう発言が出て来たのか。

 いまいち腑に落ちないことが多い。

「ああ。きっと俺がいつも言い聞かせているからですね。妹が可愛すぎるから、たとえ婚約者だろうと二人きりになってはいけないと」

「だからか。いつも彼女と話そうとすると、別の男も巻き込もうとするんだ。妹馬鹿もいい加減にしろよ」

「可愛い妹なのだから、悪い虫がつかないようにするのは当然でしょう? いつだって俺を『お兄様』と可愛く呼びながら、後ろをついて回っていた妹なのですよ? 殿下と婚約したことだけでも、今からでも白紙にしたいぐらいなのに」

 なんて面倒な兄なのだ。


 昔はこれほど妹馬鹿ではなかったはずなのに、あるころから妹妹とうるさくなった。

 俺が彼女と二人きりになれないのはこの男の入れ知恵だったか。頭が痛い。

 そんなことを考えていると、ふと視線を感じてあたりを見渡す。すると、エレオノーラが俺達をじっと見ていた。その頬はピンクに色づき、瞳もうるみ、どこかなまめかしく感じてドキリとする。

「え、エレオノーラ?」

「ダニエーレ様、お兄様、ごきげんよう。お二人はとても仲がよろしいですのね。わたくし楽しそうなお二人を見ていますと、胸が高鳴り、幸せな気持ちになりますの」

 ニコリとほほ笑むエレオノーラ。

 他の女性貴族が俺に粉をかけようとすると牽制しているし、だから二人きりにならないようにする時には女性ではなく男性を選ぶのだろうけれど……。

 なんか釈然としないのだよな。

 

 さらにその数年後。

 好きな相手ができて、結婚できる算段ができましたらいつでも婚約破棄しますからねと言われるようになり、俺は頭を抱えた。

 何で俺、浮気すると思われているんだ? エルヴィーノの入れ知恵か?

 その後俺は中々俺の本当に好きな相手を理解してもらえず、四苦八苦することになるのだった。

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[一言] 面白かったです。 エレオノーラは腐教活動はしないのかな?公爵家の資金力を駆使して薄い本を作って欲しいですね。 本筋のヒロインも腐った世界に沼ったりして。2人でキャッキャウフフしてたらいいな…
[良い点] タイトルどおりとは恐れ入った
[一言] 腐が発動するには いくら受けが総受け君でも 攻めが男を好きじゃないと駄目なんだよなぁ
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