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トイレにこもっていた。
トイレが格別に好きなわけじゃない。ただ、催してしまっただけだ。誰だってそんなことはあるんだろうけれど。だけど違うんだ。何が違うかって? ここはゲーム世界の中だ。VRMMOと言うらしい。ゲーム名はスレイザワールドと言ったか? ゲーム世界で尿意を催すことなんて、普通無いだろ?
始まりの村リットエル。その道具屋のトイレに俺はいた。もう用は済んでいる。だけど外に出たくない。この村には初心者狩りのプレイヤーが出るからだ。そうなんだ。俺はこの世界に来たばかりで初心者だった。レベルは1。
別に殺されても良いんじゃないんですか? ゲーム世界なんですから。
そう思うかもしれないが違うんだ。俺は普通のゲームプレイヤーじゃない。朝、宿屋で起きれば腹が減っているし(もちろん何かを食べる)、動けば汗をかくし、疲れれば眠くなる。そしてトイレで排泄をする行為も必要ときたもんだ。
俺のステータス画面にはログアウトボタンが無い。それらの事実が何を表しているのか? 簡単だ。つまり俺にとってこのゲーム世界はリアルであり、死んだら生き返ることは無いんだろうな。他のプレイヤーは生き返るみたいだけどな。
この世界がVRMMOであると言う事実は人々の噂話で知った。
前世、俺は山だった。活火山であり、たまに噴火をしながらのんびりと佇んでいた。そのせいなのか? ステータス画面をチェックすると、俺のジョブは山である。山って何だ? 強いのか? サブジョブは剣士なので、とりあえず剣を装備するのが良いようだ。
これから何をすればいいんだ? ゲームだから、ゲームクリアをすればいいんだろうか?
ため息を一つ、俺は便座から立ち上がって扉を開けた。その先に一人の女性がいてさ。どうやらトイレが空くのを待っていたようだ。彼女の瞳は爛々と光っていたね。開口一番、こう言い放った。
「お前さ、どんだけトイレが長いんだよ」
「あ、すまん」
30分は入っていた気がする。
俺はそそくさと立ち去ろうとした。だけど彼女は俺の右腕をガシッと握ったんだ。そして二の句をつなぐ。
「あんた、トイレに入るってことは、普通のプレイヤーじゃないだろ?」
やけに生き生きとした笑顔だったね。
俺はびっくりした。彼女はトイレに用事があるわけでは無く、トイレに入っていた俺に用事があるのだった。
俺は聞いた。
「もしかしてお前もなのか?」
「ああ。あたしもこの訳わかんねー世界に転生しちまったみたいだ。はー、だけど良かったよ。あたし以外にも同じ境遇の奴が見つかって」
彼女は女性にしては身長が高かった。目鼻立ちがはっきりとしており、ボーイッシュな短髪が似合っている。はっと息がこぼれるような美人である。
俺は彼女の頭上のHPバーを見上げた。そこに名前が表示されてあるのだが一応聞く。
「お前、名前は?」
「普通は自分から名乗るもんだろ?」
「俺は、キヤマだ」
「あたしはヒューリ。前世は風だった」
「そうか。俺は、前世は山だった」
これが、前世が山である俺と、風であったヒューリの出会いである。トイレの前で、二人がはにかんで笑った。
人気が出たら続きます。