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 双子は五歳になっていた。言葉も達者になり、簡単なことなら自分で出来るようになる。「この年頃は大変だぞ。ちょっと指図すると、倍になって言葉が返ってくる」

 というカシルとガブリエルの言葉を裏付けるように、アレクサもサラヴィスも口答えが凄い。アスティは口うるさいほうではなかったから、なるべくふたりのさせたいようにさせ、出来ない時だけ手伝った。

 カシルはアベルとミルワのときを思い出していた。

 母がいない、という現実的な問題は、家族の絆を一層深めた。俗に二歳は「魔の二歳」と呼ばれるが、カシルはその経験がない。母のいない寂しさは、父で埋めるしかなかったのだ。それでも、ミルワは十代も半ばになるとほとんど自分と喋らなくなった。娘のことがわからず、彼は年頃なんだろう、と思っていた。反対に、アベルとはよく話した。剣のこと政務のこと人生のこと、同じ男同士、話すことはいくらでもあった。実はこの父と話した経験こそが、民に選ばれるアベルの人格を形作ったということを、彼は知らない。

「アレクサは今日剣術ごっこをして花瓶を割ったそうだ」

「あら」

「どうもアレクサのほうがやんちゃだな」

「サラヴィスのほうが外遊びは好きなんですけどねえ」

 青竜宮に戻ってきても、アレクサは部屋の中で遊ぶ一方、サラヴィスは外で遊ぶことのほうが多い。ふたりとも剣術ごっこが好きなのは、地上の子供たちと変わらない。血であろう。

「かあさま」

「はいはい。なあに」

「これきらい。たべない」

「あら嫌だった? じゃあいいわよ食べないで」

「サラヴィス、好き嫌いしてると大きくなれないぞ」

「いいもん」

「いいのか。それは仕方ないな」

「あら大きくなったらお父様みたいになれるわよ。それでも大きくなりたくない?」

「・・・」

 息子はしばし考えている。しばらくして野菜をもそもそと食べ始めたサラヴィスに、ふたりは声を上げて笑った。

 天上界に暦はないため、地上にいた頃のように休みの日はない。竜族と戦使族の暦にも、特にそれといったものはない。しかしそれでは緩急がつけにくいので、ふたりは地上の暦に合わせて生活していた。地上は今五番目の月、葉緑の月のようである。リザレアを見ると、どうやら地神の曜日のようだ。週末だ。カシルは地上の子供たちを魔法院の広場や住居の庭に連れて行ったことを思い出しながら、

「どこか広場でもあればいいんだが」

「竜の巣にいくつかそんなようなのがあります。子供がよく遊んでいますよ」

「戦使族の住居の側にもあったな。連れて行くか」

 竜の巣ではアスティがカレヴィアと交代しなくてはいけないので、戦使族の住居の側へ行くことになった。

「これはバーバリュース様。カレヴィア様も」

「今日は子連れだ。遊ばせてやってくれ」

 保育所で出会う子供たちもいる。双子はそれらの友達を見つけて歓声を上げて遊びに行った。

 戦使族の子供は七つになると竜族の子供と共に竜の巣にある学校へ行くという。そこで読み書きや、天上界での自分の眷属としての務めや、対を探すことの重要性を学ぶのである。

「そういえばアレクサに魔法文字を教えてくれと言われました」

「それは頼もしい。お前に似たんだな」

「あら、王だって魔法文字くらい読めるでしょう? 王に似たのかもしれません」

 遊ぶ双子を見守りながら、ふたりは笑い合って語る。さわ、と風が吹いて、カシルはそれに顔を上げた。

 ---------またどこかに行きたいものだ。

 彼は思った。しかしどこへ行くというのだろう。ここではないどこかか。眷属はどうする。子供たちは。

 彼は傍らで子供たちを見つめるアスティを見た。かつて、彼女は自分の夢をかなえてくれた。愛する女と世界を放浪し、共に暮らすという自分の夢を。

 しかし、その旅はまた同時にさらわれた妃を探す旅であったため、とても短いものでもあった。当時、彼は思ったものだ、

 このまま、妃が見つからずに旅を続けられたら。このまま、彼女と共にいられたら。

 今でも時々思い出す、篝火で照らされた部屋のなか、自分に抱かれる彼女の顔を。翌朝の、その眠る様を。

「---------」

 その寝顔を守るためなら、なんでもできると思った。無情にも朝は来て、ふたりは主君とそれに仕える部下に戻った。---------しかし、彼の想いは抑えられなかった。

「なんです?」

 アスティは微笑んでこちらを見ている。

「なんでもない」

 こうして百年経っても、愛しいと想う---------飽き足らずに彼女を抱き締めたいと思う。地上での結婚生活は、短いものであった。自分は自らの生と引き換えに彼女を失ったのだ。

 そして今、天上界に住む身体になって、誰の目も憚ることなく共にいられる。

「それだけでもよしとするか」

 呟いて、彼はアスティの肩に手を回した。

「?」

 アスティはなにも言わない。彼が考え事をしているとき、言いたいことは言ってくれるが、そうでないときは決して言わないことを、彼女は知っているのだ。

 日々はゆっくりと流れて行った。


「とうさまこれなんてよむの」

「古代文字か。父は母ほど達者ではないぞ」

「なんていってるの」

「どれどれ・・・『古代梨の切り方』。なんだこれは」

「こだいなしってなあに」

「わからん。母に聞こう。アスティ」

「はい?」

「古代梨とはなんだ」

「古代梨?」

 アスティは首を傾げた。

「聞いたことがありません」

「しかし確かに古代梨とあるぞ」

「どれどれ・・・ほんとだ。なんでしょう」

「アレクサ、母がわからないとなると一大事だぞ。行くところはわかっている」

 カシルはぱたん、と本を閉じた。

「大図書館だ」

 そこで四人は大図書館に行った。

「王、ありました。『古代の食べ物』です」

「読んでくれ」

「えーと・・・古代桃、古代林檎、あった古代梨。『古代梨とはローディウェールの時代の梨で今では絶滅した梨のことである。形は矮小で、掌よりも小さい。味はすっぱくてとても食べられたものではないと伝えられている。』」

「だそうだ。わかったかアレクサ」

「うん」

「たべてみたーい」

「ローディウェールの時代のものだからな。さすがに天上界にはないだろう」

「魔法院にはあるかもしれませんけどね」

「それはちょっと行くことはできんな」

 古代梨の代わりに林檎を買い求めて、四人は青竜宮に戻った。

「りんごたべるー」

「お食事のあとよ」

 双子を遊ばせておいて、アスティはアレクサが持ち出した古代語の本を見つめた。

 一体どこでこんなものを見つけて来たのか、子供というものは不思議な生き物である。「古代梨の記述なんて見逃してました」

「案外ちゃんと読んでいないものだな」

 その夜、ふたりは自分の子供時代のことを互いに話した。カシルの記憶の多くは戦いのもの、アスティは魔法院での仲間たちとの日々を。

「もう忘れたと思っていた。案外覚えているものだな」

「子供の頃のことは一生忘れないといいますからね」

 そして、多分自分の子供たちの子供時代も忘れないだろう---------アベルとミルワの小さい頃のことは、ふたりもそれぞれよく覚えている。

 きっと、アレクサとサラヴィスが大きくなっても、今日のことは忘れられない思い出になるだろう。



 ある日、サラヴィスが咳をし出した。初めは風邪かと思って薬を飲ませていたが、咳は止まらないどころか日に日にひどくなっていく。しばらくしてアレクサもその咳をし出す。 カシルは医族に頼んで診てもらうことにした。

「---------結核ですな」

 医族の長は子供部屋から出てくると短く言った。

「正しくは粟粒結核と呼ばれるものです」

「結核・・・」

 アスティは茫然として呟いた。

「---------大丈夫なんでしょうか」

 地上では重いとされる病気である。

「小児や老人に多い病気です。結核の治療の方法はご存知ですな? しかしカレヴィア様にうつってはいけないので医族の者に診させます」

 返事になっていない長の言葉に、アスティは苛立ちを感じた。彼は慣れているかもしれないが、自分はそうではない。もっと患家に寄り添った言葉が出ないものか。

「治療の仕方は知っています。私の子供です。私が診ます」

「しかし・・・」

「ご苦労様」

 一方的に言うと、立ち上がった。これ以上、話したくなかった。アスティの剣幕に驚いたカシルが歩み寄る。

「王、長がお帰りだそうです。送って差し上げてください」

「あ、ああ」

 カシルは離れたところにいたのでアスティと長の会話を聞いていない。長は相変わらずの無表情である。戸惑いながらも、彼は長を青竜宮の入り口まで送って行った。部屋に戻ってアスティを見ると、ぷりぷりになって怒っている。

「あの態度! 自分がなんでもかんでもわかってるからってあんまりです」

「おいおい」

「私は小さい頃に予防接種を受けているので大丈夫です。王は子供たちに近寄らないでください」

「結核ならやったことがある。一度かかれば大丈夫なはずだ」

「でも・・・」

「注意することがあれば教えてくれ」

「・・・」

 アスティは記憶の中を探るように目を瞑った。そして説明した。

「一度かかったことがあっても免疫が落ちた時に感染することがあります」

 結核の感染経路は空気感染であること、結核菌曝露者の約三十パーセントが感染すること、感染しても免疫機能が働くため、約九十パーセントの感染者は不顕性感染のまま生涯を通じて発病しないこと。

「治療はどうするんだ」

「薬は複数ありますが結核菌にはどの薬剤に対してもそれぞれ一定の確率で自然耐性菌が存在します。そのため、多剤併用療法をとります」

 イソニアジド、リファンビシン、ビラジナミド、ストレプトマイシン、またはエタンブトールなどを用いた多剤併用療法を行うのが好ましいとされている。

「地上の薬だな。どこで手に入るんだ」

「魔法院なら入手も簡単ですが・・・」

「天使たちに聞いてみよう」

 カシルは『白の宮』にミカエルを訪ねた。彼はちょうど『白の宮』を出て行こうとするところであった。

「やあどうしたの」

「聞きたいことがある。実は・・・」

 ミカエルは眉を吊り上げた。

「---------結核?」

「カレヴィアの身体の主が医族の長と喧嘩してしまってな。誰に聞いたらいいものかわからんのだ」

 ミカエルはアスティの怒り心頭の剣幕を思い浮かべるようにくす、と笑いながら教えてくれた。

 天上界では結核は、そんなに重い病ではないこと、地上で手に入る薬なのであれば、天上界でも手に入ること。

「でも専門的な薬は医族に頼んだ方が確実だと思うけど・・・」

「困ったな」

 アスティのあの様子では、医族に頼むなど以ての外と言い出しかねない。彼はミカエルと別れると、青竜宮へと向かった。

「バーバリュース様」

 すると、入り口に見覚えのある女が立っていた。出産のときに立ち合ってくれた医族である。

「こんなことが起こるのではないかと思っておりました」

 何と言っていいかわからずに黙り込むカシルに、女は言った。

「長のあれは、職業病です。慣れ過ぎてしまって、なんとも思わなくなってしまったのです。私たちもそうならないようにと気をつけているのですが・・・」

「妻もどうしていいかわからないままに言われたのでカッとなってしまったようだ」

「カレヴィア様のお気持ち、よくわかります。薬をお持ちしました」

 女は持っていた包みから薬を取り出して彼に渡した。

「カレヴィア様なら使い方をご存知のはずです。それから、念のため看病する者は他の子供に近寄らないようにしてください。一応、保菌者となってしましまいますから」

「わかった」

 女に礼を言うと、カシルは部屋に戻った。

 子供部屋から、苦しそうな咳の声がする。それから、アスティのなだめるような声も。「帰ったぞ」

 アスティが子供部屋から出てきた。

「王・・・」

「なんとか手に入った。オレはガブリエルのところに行ってしばらく休むと伝えてくる」

 薬を手渡すと、彼は今度はガブリエルのところへ向かった。

「結核ぅ?」

 天使は素っ頓狂な声を出した。

「ああ。しばらくは来られない」

「そうか・・・」

 彼は思案する顔になった。

「地上では重い病として知られているが、天上界の子供にはよくある病気だ。正しい治療をすれば確実に治ることがわかっているしな」

 自分のときもそうだった、と、カシルが若い頃のことを思い返していると、見知った戦使族の男が保育所にやって来た。誰かの父親であろう。

「これはバーバリュース様。お子様がおられないようですが」

「結核にかかった。しばらくは来られない」

「結核ですか・・・」

 その父親はなにかを思い出すように、

「私の上の子供も小さいときにかかりました。私も幼い頃に」

「そうなのか」

 自分たちが思っているほど重いものではないのか、と彼が実感するには、彼は天上界を知らなさすぎた。たったの百年しかいないのだ。アスティにその父親とガブリエルの言葉を伝えると、ほっとした様子であった。

「ではそんなに心配しなくてもいいのですね」

「そのようだ。しかし念のため眷属の祝福は自粛したほうがいいだろう。赤子にうつしてしまってはいかんからな」

 彼はルエに眷属の者が来てもそう言うよう伝えると、子供部屋に入った。

 アレクサがぜいぜいと苦しそうな息をしていた。

「とうさま・・・」

 娘の側に歩み寄ると、赤い顔をしている。熱があるのだ。

「今母が薬を持ってくるぞ。なにかほしいか」

「いらない」

 そこへ、アスティが果汁と薬を持ってきた。

「苦いからこれでのんでね」

 アレクサとサラヴィスに薬をのませ、氷で冷やしてやるしかすることがない。アスティは夜も寝ないで双子の看病をした。

 普段、朝カシルが起きると、彼女はたいてい先に起きて支度を終え、彼のために朝の香茶の準備をしている。

 しかし今朝は、寝室にも噴水の部屋にもいない。子供部屋に行くと、サラヴィスのベッドの脇に座っていた。

「---------王」

「あんまり根をつめるとお前が倒れるぞ」

「今香茶を・・・」

「オレはいい。休んでいろ」

「一日くらい平気です」

 疲労の残る顔に無理矢理笑みを浮かべ、アスティは言った。

「休め」

「そういうわけにはいきません」

「アスティ」

 彼の声に力が入った。

「お前に何かあったら子供たちはどうするんだ。いいから休んでいろ」

 それから彼はアスティを抱き上げた。アスティが小さく驚きの声を上げる。

「こうでもしないとお前は寝ないだろう」

 そしてベッドに運ぶと、カーテンを閉めて出て行った。

 子供部屋から苦しそうな泣き声が聞こえてきた。サラヴィスの声だ。

「どうした」

「くるしい」

 身体を苛む咳と熱に喘ぎながら、サラヴィスは苦しそうである。

「熱が下がらんな。氷を持って来よう」

 彼は氷室から氷を出して、湿らせたタオルに包んだ。口にしてもよかろうと思い、果汁に氷を入れ、それと共に持って行った。サラヴィスは苦しそうにしながらも、果汁を飲み切った。すると、その気配で今度はアレクサが起きる。

「かあさまは?」

「母は今休んでいる。お前たちと一晩中いたからな。果汁があるぞ。いるか」

「・・・」

 アレクサも苦しそうである。アレクサは果汁を飲むことは飲んだが、半分残してまた横になった。

 アスティは昼前に起きてきた。

「もっと休んでいてもいいんだぞ」

「薬をのませないといけません」

「どれくらいのませればいいんだ。オレがやる」

 アスティ、彼は言った。

「オレも父親だ。オレの仕事でもある」

「・・・はい」

 アスティは彼に薬の名前と用量を細かく教えた。共に昼食を食べ、子供部屋に食事を運んだ。

「おかゆ食べられそう?」

「たべたくない」

「食べないとお薬がのめないの。少しでいいから食べて」

 アレクサは一口二口食べたが、サラヴィスは一切食べなかった。アスティは林檎を切って二人に食べさせた。

「だるいよう・・・」

 サラヴィスは目に涙を浮かべている。熱が下がらない。アレクサとサラヴィスが寝るまで、ふたりは側にいた。

「なんとかしてやりたいものだが・・・」

「熱だけでもどうにかしてあげたいですね」

 しかし、こればかりはどうにもならない。

「とにかく約束してくれ。無理はしない。ちゃんと寝ると」

「・・・はい」

 双子の結核は、半年に渡って続いた。慣れっこになってしまった咳がおさまり、熱が微熱になっていく。

「こうなればあとは熱が下がって咳がなくなるのを待つだけです」

 半月もした頃には、双子はすっかり元の通りに元気になっていた。

「やれやれ」

 カシルはほっとしながらも、これも子育ての苦労と喜びの内、とかつてのことを思い出していた。アベルとミルワも、よく病気になったものであった。特にミルワは幼い頃身体が弱く、しょっちゅう熱を出しては寝込んだ。うなされながら母を呼ぶ娘に、彼が何度自分の無力さを嘆いたことだろう。

「かあさま、かみむすんで」

 ある朝、アレクサがアスティに頼みごとをしてきた。

「何結びがいい?」

「おだんご」

「ひとつ? ふたつ?」

「ふたつ」

 アスティは心得て、耳の上で髪をくるんとまとめて結ってやる。

「うまいものだな」

 それを横で見ていて、カシルが感心した声を上げる。

「私も髪が長いので通った道です」

 アレクサ、と彼女は鏡の向こうの娘に言った。

「お父様も髪を編むのが上手なのよ。今度はお父様にやっていただく?」

「うん!」

「おいおい。オレはだめだ」

「あら私知っています。ミルワの髪を毎日やられていたこと」

「あれはお前がいなかったから仕方なくだ」

「ま、そんなこと仰って」

「アレクサ、父はだめだ。母にやってもらえ」

「えー」

 たまらず、彼は逃げ出した。今となってはいい思い出だが、あれをまたもう一度やってくれと言われてもできるものではない。

 アスティが髪を結い終わると、アレクサはご機嫌で保育所に行った。

「おやアレクサ、今日は髪型が違うね」

「かあさまにやってもらったの」

「器用なお母さんでよかったね」

 ガブリエルはいたずらっぽくカシルを見た。

「あんたもできるんじゃないのか」

「オレは必要に応じてやったまでだ。自慢じゃないが器用なほうではない」

「女の子の髪なんて娘でもいない限りは触る機会もないもんな」

 ガブリエルに送り出されて、彼はなんともいえない気持ちで青竜宮へ帰ってきた。

 双子が帰ってくるのは昼過ぎである。保育所で昼食が出るので、週末以外は家族で昼を共にすることもない。

 地上では夏がやってきたようである。

 リザレアは、相変わらず多忙期を迎えている。

 王城の人々が忙しく立ち働くのを水盤で見守りながら、カシルは今年の夏の課題をどうするか考えていた。

 アスティの誕生日が近づいているのだ。

「ずっと一緒ですから、毎年なにか頂いていてはその内部屋がいっぱいになってしまいます」

 アスティはそう言って暗にもう贈り物はいらないと伝えたのだが、彼が聞くものではなかった。

 毎年毎年、彼はなにがしかをアスティに贈った。共にいられることを喜ぶため。共に生きていくことを、確かめるため。

 はて、今年は何にしようか。ふと思い立って、彼は水盤で王城の庭を映してみた。

「---------」

 そこには、かつてカシルが彼女に贈った、あの樹があった。共に植えた時は苗木であったその樹は、今は葉を繁らせ、枝も健やかにのびのびと聳えている。その美しさに目を細め、彼は今年の誕生日の贈り物を思いついた。

 ふたりの習慣は、変わっていない。

 カシルは街へ出かけ、アスティはその日厨房で料理を作る。子供が出来てからも、それは同じであった。

 保育所へ双子を迎えに行き、青竜宮に戻ってから、彼は街へ赴いた。探していたものを求めると、途中で花を一輪買う。それも長い間変わらないことだ。

「とうさま」

「とうさま」

「おお帰ったぞ。なにをしているんだ」

「おえかき」

「かあさまのえ」

 双子が見せてくれたものは、アスティの絵であった。

「なかなかよくできているな。これは父か?」

「そう」

「そうかアレクサには父はこう見えているのだな」

「ぼくも」

 サラヴィスの絵を見ると、これもアスティの絵である。同じ母の絵でも、描く人間が変わるとまるきり違う。

「母はどうしている」

「おりょうりしてる」

 彼は厨房に行った。

「あ、おかえりだったのですね」

 求めた花を渡すと、アスティは微笑んだ。それを活けながら、アスティはカシルに聞いた。

「あの子たちはどうしています?」

「絵を描いている。見ものだぞ」

「え?」

「後のお楽しみだ」

 料理が出来て、食事の時間となった。

「かあさまこれ」

「これ」

「ん? なあに」

 双子が描いていた絵を渡すと、アスティは笑顔になった。

「あら嬉しい。どこに飾りましょう」

 そこには、父と母と、双子が描かれていた。笑うアスティを見て、カシルの顔もほころんだ。

「でもね、ふたりとも。今日はお父様のお誕生日でもあるのよ」

 ---------地上にいる時は、お前の絵はなかった。

 母がいない、という決定的な事実は、アベルとミルワから一時の笑顔を奪った。それでも、双子は母を絵に描いた。しかし、その母は小さく描かれていて、父と双子と共にはいなかった。

 ---------こうしてまた子供といられるとは、思ってもみなかった。

 双子となにか笑いながら話すアスティをまぶしそうに見ながら、彼は感慨にふけっていた。あの時と顔触れこそ違うが、またこうして家族でいられる、それはなによりの幸せであった。

「今年はこれだ」

「?」

 寝室に戻って、彼はアスティに今年の贈り物を渡した。

「もういいですのに」

 彼女は困ったように言い、差し出されたものを見て固まった。

「---------これは・・・」

 それは、かつてカシルが地上にいる時に贈った、あの樹と同じ苗木であった。

「お前はオレと共にあの樹の成長を見られなかった。だからこれは、あの時のやり直しだ」

「王・・・」

 ふたりはその樹を、庭の日当たりのいい場所に植えた。

 今度は、この樹が大木になるまで、その成長を見守られるだろう。


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