魔石の正しい使い方
転生から7日目。
俺は魔石を片手にベッドから起き出した。
昨日、魔石の広がる可能性について一晩考え通しだった。それでいつの間にか寝てたという訳だ。
「朝かー、今日も赤猪の討伐かな。」
一度、冒険者ギルドへ行って依頼を見てくるか。
しかし、ギルドだけじゃなくて他の店に卸商品として売るのはいいかもしれない。
ボア肉であったり、魔石であったり。今日はボアの革を取って服屋に行ってみるか。それか商業ギルドへ行ってみるか。
朝食を頂いて、外に出ようとしたところ、女将さんに店の裏に来てくれと言われた。
店の裏に行ってみると、丁寧に剝ぎ取られたボア革が用意されていた。
「今日も期待してるからねぇ!がんばってきな!」
「ありがとうございます!行ってきます!」
俺は取り合えず、この都市に来て一番初めに入った店、服屋に行くことにした。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!本日はどのような・・・ああ、貴方は!」
店の店員さんは俺の顔を覚えていてくれてたようだ。
「実は、ボアの革を買い取れるか聞きに来たんですが・・・」
「はい!こちら買取もできるのですが・・・商業ギルドを通して貰えれば助かります」
「ああ、そうなんですね」
「はい、私、この店の店主のマイクといいます。服屋のマイクで通じると思いますので、よろしくお願いします!」
そこで俺は気になることを思いついた。
「ところで、革素材は服だけに限らないと思うんですが、商業ギルドで買い取って貰えば他店舗へ卸される感じですかね?」
「ええ、革によりますが、靴から鞄、服から鞍まで、幅広くありますので、ギルド規定によって買取価格は変わってきますね」
「そうか、ありがとう。ところで、布に関してはどうですか?伸縮性のある良い生地が研究中なんですが」
「ええ!?それは聞くからに良いですね!是非とも、私にも見させてください!」
生地に関しては、多店舗との競争もあり店への営業周りがいいのだろう。思ったよりも食いつきが良かった。
「いろいろ、ありがとうございます、ではこれで失礼しますね」
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俺は久しぶりに入る商業ギルドで、あの受付嬢の前に立っていた。
「今日はどういった御用件で?」
「・・・レッドボアの革を買い取って貰えると聞いたので、お願いします」
「お預かりします」
どうしてもこの受付嬢とはあの一件のこともありギクシャクしてしまう。
一晩干されたレッドボアの毛皮はギルド内で有効活用されることだろう。
「・・・こちら、品質も良いものですね。しかも初めてにしてはこの量、多いぐらいです。冒険者の方から買い取られたのですか?」
どうやら俺が討伐してきたとは思ってないようだった。失敬な!
「いえ、俺が討伐してきたんです。飲食店で、ボア肉を買い取って貰って。皮はその時に干して貰いました。」
受付嬢は一瞬、びっくりしたような表情をしたが、すぐに元の表情に戻った。無表情だけどね!
「こちら、精算致しますね」と言いながら、奥の部屋へと入っていった。
そこは冒険者ギルドと似たようなルーティンなんだね。
しばらくして、受付嬢は戻ってきた。
「こちら、銀貨4枚で買い取らせて頂きます」
冒険者ギルドと同じ額だった。もうちょっとすると期待してたのに!
「レッドボアの革って、出回っているんですかね?」
「レッドボアに関しましては、商人や貴族、比較的身分の高めの方に、絨毯や手提げ鞄、外套などに出回っていますね」
なるほど、市民や農民には届かなさそうだ。
「ああ、えっと服屋のマイクさんへの卸品になります」
すると受付嬢は、
「そうなんですね!ちょっと待っててください」
と言って、またカウンター後ろの部屋に走って入っていった。
しばらくして扉の奥から声がする。
『レムリアちゃん、頼むよ!』
あの人、レムリアっていうんだ。可愛い名前じゃん。
レムリア嬢が扉を開けて戻ってきた。ちょっと耳が赤くなってません?
「し、失礼しました。他には卸品はありませんか?」
「いや、取り合えずこのへんで」
俺は買取価格の銀貨4枚を革袋に入れて、帰ろうとした。
「そういえば」
レムリアが何か言っている。
「今日でちょうど、一週間になりますね?収入はどのくらいになりましたか?」
何を言ってるんだ?
「帳簿にちゃんと書いてますよね?売上収支」
あ、売上金の税のことかな?
俺はゆっくり振り返った。
「か、書いてないです・・・」
「しっかりしてくださいねぇ!」
怒られてしまった。とばっちりだぁ!
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手押し車を冒険者ギルドで借りて北門へ行く。
今日もレッドボアの討伐だ!商人としても、買い取り先が決まって順調に商売を開始できた。
後は冒険者としての力量のみだ。ただでさえレッドボア4体で驚かれているけど、もっと狩ってお金にしたいのだ。
レッドボアは基本的に単独活動らしい。
群れでの行動をしている場合、子どもがいる家族とみなされる。
そうした中で、俺は独身猪を狩っているのだ。許せ。
探索は慎重に進める。もし相手がこちらに気付けば、逃げるか様子を伺うかのどちらかの行動に出る。
こっちが気付かず、相手が気付いている場合、最悪奇襲をかけられて終わりになる。
冒険者というものも大変だ。
そんな中、3体目の獲物を探している最中、剣ではなく魔法で仕留めればだいぶ楽になるのになあと思い始めた。やってることは中世ヨーロッパの狩猟と変わりないのだ。これではつまらない。
フゴッ・・・フゴッ・・・
耳を澄ませるとレッドボアの鳴き声が聞こえる。
ダメ元で魔法を打ってみよう、そしたら何か分かるだろう。
右手に集中させ、炎をイメージする。
「今だっ」
手の平から炎が迸る。
プギャーッ!!
思ったよりもまともな炎が出て、自分自身も驚いた。
しかも炎はレッドボアの頭部を燃やし、呼吸が出来ないようになっていた。もしくは炎を吸い込んで、肺が焼けただろうか。
暴れまわっているレッドボアの頭部を、剣で打ち込んだ。
ドスッ
レッドボアはその巨体をもがき苦しみながら、地面へと横たわらせた。
「おお、これは楽かも」
結果、呼吸が出来ず窒息みたいな感じだろうか。剣を振らなくても良かったかも。
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レッドボアの4体目にあった。同じように炎魔法を使ったが、今度は威力が小さかった。
「くそっ、逃げられた」
一回目は良かったのになんで二回目は駄目だったんだろうか。
思い当たる節はある・・・。
「魔力切れかなぁ・・・」
そもそもどうして一回目は上手くいったんだろうか。
そうしてポケットに手を入れると硬いものがころんっと感じた。
魔石だ。昨日のレッドボアの魔石だ。
昨夜、これを手にして一晩寝ていた。
もしかしたら、魔石の魔力を身体に蓄えていたのかもしれない。
「よし、ものは試しだ。」
俺は剣を腰に収めると、左手に魔石を持った。
そして近くにある木に向かって右手を突き出した。
「ファイヤー!!」
銃火器よろしく、炎が噴出され木が勢いよく燃え上がった。
「すっっっげぇぇぇ!!!!」
まともに攻撃と呼べる威力だった。
次に、魔石をポケットに戻し、炎を出してみた。
「ファイヤー!!」
しゅぽんっ・・・
どうやら魔力の蓄積は時間が掛かるらしい。しかし、左手に魔石を持ったら威力は出た。
これってつまり・・・
「俺が魔法を使うためには魔石の魔力がないとダメってことか?」
今後、魔法を使う上では魔石に頼らないといけないことが判明した。
左手に魔石、右手で魔法。これでは剣が使えないじゃないか!!
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レッドボアを何体か炎魔法で仕留めた結果、出力もイメージで変化があることに気付いた。
ファイヤーボールとかもイメージしてみたが、上手く出来なかった。残念。
なんにせよ、これで討伐は楽になる。
日が傾いてきたので、今日のところは終わらせる。
レッドボアは6体討伐した。
手押し車に詰め込み、押し始める。
俺は押しながら、この荷車も魔法で楽に運べないものだろうか、と考えを巡らした。
車輪や車軸を動かす魔法があればいいのに。
そもそも、それをしたら念動力っぽいな。手元に炎があるなら、エンジンみたいな機構を作ればいけるんじゃないだろうか?
それでも、精密な技術が必要になってくるので、この世界の技術力では無理じゃね?
鍛冶屋に行って、頼んでみようか。
設計図とかって、俺が考えないといけないんだろうな。
そんなことを考えながら、都市アヤゴンに帰るのだった。
ロング亭の裏に手押し車を置く。女将さんとミゲルさんが裏口から出てきた。
「まあ、今日は6体も!成長してるわねぇ!」
レッドボアを荷台から下ろしながら、今回はロスマリヌスも20株採ってきたことを告げると、女将さんは大変喜んでいた。
「さあさ、今日はお金も用意してるわよ!」
6体運んで、銀貨6枚とロスマリヌスで銅貨14枚貰った。
「今日もステーキ、お願いしまっす!」
「あいよぅ!」
次は冒険者ギルドへ向かう。
ミラリスさんにレッドボア6体分の牙と、薬草を手渡した。
「ワイドさん、今日は6体もやったんですね!凄いです!」
そうでしょう、そうでしょう、俺って凄いでしょう!でも本当は魔石がないとなんもできないんですぅ。
そんなことを考えながら、「いえいえ、調子よかっただけですよ」と受け答えた。
さあ、夕食食べて、武器屋にいこう。
連日のボア肉ステーキで、俺もたいそう嬉しかった。
テーブルに着いていたおじさんたちも、同じものを食ってて、喜んでたよ。
あと、何か若い人たちも増えた?肉食え!肉食え!
ボア肉のステーキで満腹になった後は、店の裏に回って魔石を回収した。
ミゲルの旦那さんに、「ご馳走様でした!来週もお願いしまっす!」と伝えておいた。
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ギルドと武器屋に寄り、牙と魔石を買い取って貰った後、俺は雑貨屋にいるエミリーのもとへやってきた。
レムリア嬢から言われた帳簿を付けるために、羽ペンと羊皮紙を買いにきたのだ。
「こんばんは」
「いらっしゃい、こんばんは!」
「新商品の開発は、どう?」
「おかげさまで、順調ですよ!」
それは何より。
「ところで、帳簿と羽ペン、インクを貰える?」
「はい、ありますよ!ちょっと待っててくださいね?」
暫く待っていると、手に携えて戻ってきた。
「ありがとう、いくら?」
「銅貨5枚です」
俺は銅貨をカウンターに置き終わると、エミリーが口を開いた。
「そ、それでなんですけど・・・」
なんだろう、また頼みごとかな?
「ぽ」
「ぽ?」
「ポイズンスパイダの糸がほしいんです」
「毒蜘蛛の糸ね。毒・・・毒!?」
俺はてっきり、こないだの蜘蛛がまた入り用かと思ったら、ワンランク上の魔物をご所望だそうだった。
「はいぃ、そっちの方の糸でも試してみたくって・・・」
「わ、分かったよ。がんばってみる・・」
「お、お願いします!」
なかなか向上心のある子だなあ。
そう思って、冒険者ギルドの掲示板、上の方に貼られている高ランクの毒蜘蛛の絵を思い出しながら、俺は宿に戻るのだった。