茎。
幾つもの峰を越え、沢を渡り。
いつしか辿り着いたのは、人の切り拓いたらしき跡の残る谷間。
ひときわ青い、草ぐさの色。
そこにポツンと一棟、ところどころ屋根の抜けた荒屋。
今は住む人も無い様子。
「姫様、手直しをすれば住めそうです」
荒屋の中を窺いながらハマスが言った。
「くろがね、で良い」
くろがね姫は微笑んだ。
気付けば二人きり。
一蓮托生の旅路。
『守る』という使命感。
『守られる』という恍惚。
二人は夫婦となった。
木切れと雑草で屋根の穴を塞ぎ。
荒屋に、男がひとり、女がひとり。
男は薬草を採ってきて煎じ薬を作り、町へ売りに降りた。
煎じ薬が思うように売れないときは、樵や炭焼きの真似事もした。
女は、
日がな一日、荒屋の中で過ごした。
薬草を採ろうにも名前を知らない。
木を切ろうにも力が足りない。
鉄の腕が真っ赤に溶けそうなので、炭焼き釜には近寄れない。
「今日は珍しく良い肉が手に入りました」
男は肉を焼き、野菜を煮込んで女に食べさせる。
女はおとなしく男の作ったものを食べる。
朝になると、男は薬草を採りに出かける。
女は荒屋で横になっている。
昼になると、男は煎じ薬を売りに出かける。
女は荒屋で座っている。
夜になると、男は今朝がた採ってきた薬草を煎じて薬を作る。
女は荒屋で、横になる。
時折、不穏な物影に怯えることがあったが、
気のせいかと胸をなで下ろしては、
女はしおらしく男の顔を見つめ、
男は甲斐甲斐しく女の世話をした。
日々は、
流れるようにそのまま過ぎるかと思われた。
不意に退屈は襲いかかり、
麗しき色さえ蝕んでゆく。
「本が欲しい」
季節が一巡りした頃、女は呟いた。
「退屈じゃ」
「退屈ならば、」
男は答えた。
「薬草採りや料理を覚えなさい」
「できん。…本を持ちゃれ」
「生きていく為には必要なこと、」
「お前がしているから良いではないか」
「私が病気にでもなったら、」
「いずれ国に戻ることもあろう、それまでの辛抱じゃ」
「…どこに戻るというんだ、あなたの国はもう無い」
「いい加減、この薄い味にも飽きた。もっとマシな味付けはできぬものかの」
犬の遠吠えが聞こえる。
翌朝。
続く営み。
男は、変わりなく薬草を採りに出かける。
黙々と薬を煎じる。
野菜を煮込んで女に食べさせる。
ただひとつ、以前とは違う。
ガラスのように動かない瞳。
体温を失ったその眼差しは、
女を見つめることをやめた。
女は、知らぬふりをした。
乾いた風の吹きすさぶ日に。
町へ降りたきり、男は戻らなかった。
女は、荒屋にペタリと座りこんだまま、じっと待った。
次の日も、次の日も。
戻らない。
虫の声。
夜の暗闇。
しらじらと侘しく降る月明かり。
ようやく、女は自分が捨てられたことを悟った。
「なぜ? 」
苦労は厭わぬ、と言うたあの嘴は何処へ。
「…おのれ」
守る。
守られる。
獣の約束。
ふいに、表の草ぐさがざわついた。
女は、男が戻ったのかと慌てて外にまろび出た。
…が。
思い違いか。
ひょうひょうと唸るは風ばかり。
「…火炙りにしてくれるわ」
女は猛々しさを滲ませて歩き出した。




