葉脈。
かろうじて後ろ盾となっていた国は、もう無い。
伝説のアメツミさえ、現実を生きる野心家の国主にも、…五人の妻たちにすら、歯が立たない。
あとに残ったのは、片腕が鉄の、怪しげな女。
「殺される? 」
「お逃げください、どこか国主様の力の及ばぬところへ」
「…」
「私が残って国主様方をお諌め申します。私ならご心配には及びませぬ」
「…」
「姫様、」
「ハマスを呼べ」
事情を聞き終えたハマスは、
「私が姫様をお守りいたします」
決意の表情。
「よう言うてくれました。お前がついていてくれれば私も安心です」
「何なりと、苦労は厭いません」
「では、さっそくお支度を」
「いえ、普段と違うようでは却って怪しまれます。明日、そのままのお姿で散歩にお出になりますように。私はお庭の池の端にてお待ちしております」
広大な庭の、
良く整えられた植え込みを抜け、小さな森を抜けたところに、
葦草茂る深緑色の池。
翌日。
気晴らしの散歩を装い、くろがね姫たちが件の池へと訪れると、
傍らの繁みからハマスがボロの服を持って現れた。
「はやくこれにお召し替えを」
くろがね姫が言われるままに着替えると、
息もつかせずハマスはその手を取って繁みへ向かう。
「外への抜け道です。子どもの頃、遊んでいて知らぬ間にこの場所へ迷い出たことがありましたが、衛兵に見つかることはございませんでした。ご安心を」
蔦の絡まる樹木たちが、逃げ道を隠してくれる。
深緑の池には、シラハギだけが残された。
白い蓮の蕾。
ハマスとくろがね姫が充分遠くへ逃げおおせるだけの時間をとってから、シラハギはやがてくるりと踵を反して城の中へ入っていった。
くろがね姫が、あろうことか水鳥を見ようとして誤って池へ落ちた。
と、シラハギから報告を受けた国主は、
たいして驚きもせず。
「浮かんでくるまいの、あの腕では」
こともなげに呟いた。
「お前は今まで通り、ここに居れば良い」
シラハギの頭を撫でながら囁く。
晴れてシラハギは、国主付きの召使いとなった。
その実は、妻も同然の扱い。
異例の、出世。
五人の妻たちは、くろがね姫の死を喜んだのも束の間、人目もはばからず国主の待つ閨へと向かうシラハギの後ろ姿を見送っては、地団駄踏んで口惜しがった。
ハマスは身ひとつのくろがね姫を連れて、山向こうの国へ。
「この辺りでは国主亡き後、民が自らの力で政を行おうと試行錯誤していると聞いております。混乱はあるでしょうが、身を隠すにはかえって好都合かと」
人里を避け、険しい山道を登る。
くろがね姫は、ときにハマスにおぶわれ、ときに台車に乗せられて。
逃亡者。
支えるハマスの額から、汗が滴り落ちる。
くろがね姫は、
本屋の息子の打って変わった凛々しさを、
美しいものでも見つけたように眺めている。




