種は膨らむ。
婚礼の朝。
絢爛豪華な衣装に身を包み、くろがね姫は、生まれて初めて石垣の外へ。
民が黒山をなす間を、御輿がゆっくりと進む。
くろがね姫は毅然と前を向いたまま、隣に付き添うシラハギへ話しかけることもなく、そのままの姿で嫁ぎ先の城へと入っていった。
「面をあげなさい」
優しげな声に顔をあげると、穏やかな顔。
「案じることはない。私の妻となったからには、そなたに不自由な思いはさせぬ」
「存外、お優しそうな方でよろしゅうございましたねぇ」
宴の後。姫の着替えを手伝いながらシラハギが言う。
が、くろがね姫はぶすりとしたまま。
「好みではない」
「はい? 」
「あんなボヤけた顔は、好かぬ」
「まるで塩気の足りん汁のようじゃ。あんな顔の隣に一生おらねばならんのか、カエルのほうがまだましじゃ」
「カエルが隣にいたらヌメって大変でございます」
「やぶ蚊や蝿を取る分、役に立つわ」
「国主様にやぶ蚊や蝿を取れ、と?」
「阿呆。そういう問題ではない」
「もちろんでございます。さ、虫は私が追い払いますゆえ、どうぞ御寝間の方へ」
国主の待つ閨へと辿り着くすんでの間に、くろがね姫はシラハギへ言った。
「お前、相手をせい」
「は? 」
「私は急に具合が悪くなったとでも言えば良い」
「はい? 」
ぽかんとしているシラハギを置いて、
「あの、姫様? 」
くろがね姫はさっさと自分の部屋へ引き上げる。
仕方なく、シラハギは一人で国主のもとへ。
「申し訳ございません。姫様は長旅の疲れが御出になりまして御部屋からでることかなわず、」
しどろもどろのシラハギに国主は、笑わない眼差しを穏やかに投げかける。
「姫様はせめてお側に侍りたいと申されたのですが、」
笑わない、穏やかな眼差し。
「ですが、…」
これがボヤけた顔? …いや。
野心家の国主。
その瞳の奥に宿る光。
欲しいもの凡てを手に入れる、強き者の光。
背中から何かが立ちのぼる。
「ですが…。…ですから、私が代理で参りました」
シラハギは潤んだ瞳をしばたたかせ、形の良い唇で儚げに微笑んでみせた。
「…それもよかろう」
実際のところ、片腕が鉄などという怪しげな女に興味は無く。
国主は、シラハギの精一杯の奉仕にゆったりと身を委ねた。
国主には他に、五人の妻がいる。
戦利品。
それぞれが夫の機嫌をとろうとかまびすしい。
しかし今、国主の一番の興味は、一番若くて新しいシラハギ。
妻でもないシラハギが閨へ侍るのは内密のこと、
矢面に立たされているのは、くろがね姫。
妻たちの黒黒しい嫉妬を一身に浴びながら、しかし当の姫は部屋にこもって塞ぎがち。
シラハギは国主へ頼み、
くろがね姫のために町の本屋を呼び寄せた。




