その、種。
芝生を敷き詰めた空中庭園。
城壁に囲まれた空、シラハギの唄う数え歌が響く。
ひとつ ひいては母のため
ふたつ 腑抜けの斧投げて
みっつ 三日月引き寄せる
よっつ 夜ごえの紅のはな
シラハギが器用に毬をつくのを、
くろがね姫は身じろぎもせず見ている。
「姫様、私が唄いますから姫様もなさいませんか」
手渡された毬を、くろがね姫はおそるおそる右手でつこうとした。
転がる毬。
「姫様、指先を開きながら落とされれば具合良ういきます。このように」
くろがね姫は素直に従う。
どうにかこうにか、様になってくると、姫の顔から笑みがこぼれた。
シラハギはふと、前から気になっていたことを。
「あの」
「なんじゃ」
「姫様の左の御手は、その、指は…、動かないのですか? 」
くろがね姫は毬つきを止めた。
「動かん」
「でも、あの、練習なされば、肘や手首と同じで動くようになるのではと、」
「シラハギ」
くろがね姫は、シラハギをねめつける。
「私に、何をさせたいのじゃ」
「…、いいえ、」
「動かす必要はない」
「…」
「そうであろう? 」
「…はい」
金色に輝く毬を投げ落とし、くろがね姫は城のなかへ。
後ろ姿を見送るシラハギ。
いつのまにか、側で年老いたお針子が見ていた。
「これ、姫様の毬をそのように泥まみれにして。その上、姫様を怒らせもうして。なんということ、国主様にご報告せねば」
「申し訳ございません! 」
突如、シラハギは深々と頭を下げた。
「けれどもこんな素晴らしい毬、お部屋の片隅に置き去りのままではとても忍びなく」
「…」
「心を込めてひと針、ひと針縫われた、お針子様がたの美しい思いがそのまま形となった毬ですもの」
すがるような瞳。
形の良い唇が、震える。
「汚してしまったことは、心からお詫び申し上げます。どうか、どうかお許しくださいませ」
シラハギは、地面に頭をこすりつけた。
お針子は慌てて、
「私に謝らずともよろしい。ほれ、乳母たちに見つかる前に、早く姫様のご機嫌をなおしに行かれよ」
「国主様へは…」
「いうほどのこともなかろうに」
「ありがとうございます」
たちまち笑顔となって立ち去る。
いつしか年老いたお針子の顔にも、微笑みが浮かんでいる。
また後のあるとき。
長椅子で冒険小説を読んでいるくろがね姫に、
「姫様は、馬に乗られますか」
シラハギが話しかける。
「乗らん」
「まぁ、それは」
「…なんじゃ」
「かのアメツミ様は鉄の鎧をまとい、荒馬を操って戦へ赴かれたとか。生まれ変わりの姫様が馬をつかわれぬというは、いかがなものでございましょう」
今日も外は、素晴らしく天気の良い日。
厩番の爺が連れてきた黒駒は、艶やかな毛並みが美しい、若い牝馬。
シラハギは慣れた手つきで手綱を取る。
「姫様、鼻を撫でておやりくださいな」
くろがね姫は白い手をそっと、馬の鼻先へ。
ところが。
馬はフイとそっぽを向いた。
あげく目障りとばかりに荒い鼻息を吹きかける。
くろがね姫は馬を睨みつけ、
「お前。丸焼きにされたいか」
「豚ではあるまいし。コイツを丸太に吊るすは厄介ですな」
厩番の爺がカラカラと笑う。
「ではお前が炙られるか」
唇に笑みを浮かべてくろがね姫が言う。
静かに、凍える空気。
「姫様、この馬は姫様の神々しさにあてられて、我を失っておるのです。どうかお許しくださいませ」
シラハギは馬の脚を摩ってやりながら言った。
「けれどもひとたび背にまたがれば、優しく、力強く。どこまでも姫様をお運びいたします」
ヒラリと馬に飛び乗る。
「さぁ」
シラハギは、くろがね姫の手を取って馬上へ引き上げた。
馬は手綱の行く末をシラハギに任せ、今度は大人しく、くろがね姫を受け入れた。
黒いビロードの上。
心地よい風が袂を抜ける。
「シラハギよ」
「はい」
「お前が操れ」
「え? 」
「私の腕になれ」
つまり姫様は、自分を第一の側近に。
約束された将来。
「ありがたきしあわせ」
シラハギの背中から何かが立ちのぼったことに、誰も気づかない。




