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くろがね姫の離婚  作者: 春凪 志苑
2/14

その、種。

芝生を敷き詰めた空中庭園。

城壁に囲まれた空、シラハギの唄う数え歌が響く。

ひとつ ひいては母のため

ふたつ 腑抜けの斧投げて

みっつ 三日月引き寄せる

よっつ ()ごえの紅のはな

シラハギが器用に毬をつくのを、

くろがね姫は身じろぎもせず見ている。

「姫様、私が唄いますから姫様もなさいませんか」

手渡された毬を、くろがね姫はおそるおそる右手でつこうとした。

転がる毬。

「姫様、指先を開きながら落とされれば具合良ういきます。このように」

くろがね姫は素直に従う。

どうにかこうにか、様になってくると、姫の顔から笑みがこぼれた。


シラハギはふと、前から気になっていたことを。

「あの」

「なんじゃ」

「姫様の左の御手は、その、指は…、動かないのですか? 」

くろがね姫は毬つきを止めた。

「動かん」

「でも、あの、練習なされば、肘や手首と同じで動くようになるのではと、」

「シラハギ」

くろがね姫は、シラハギをねめつける。

「私に、何をさせたいのじゃ」

「…、いいえ、」

「動かす必要はない」

「…」

「そうであろう? 」

「…はい」

金色に輝く毬を投げ落とし、くろがね姫は城のなかへ。

後ろ姿を見送るシラハギ。

いつのまにか、側で年老いたお針子が見ていた。

「これ、姫様の毬をそのように泥まみれにして。その上、姫様を怒らせもうして。なんということ、国主様にご報告せねば」

「申し訳ございません! 」

突如、シラハギは深々と頭を下げた。

「けれどもこんな素晴らしい毬、お部屋の片隅に置き去りのままではとても忍びなく」

「…」

「心を込めてひと針、ひと針縫われた、お針子様がたの美しい思いがそのまま形となった毬ですもの」

すがるような瞳。

形の良い唇が、震える。

「汚してしまったことは、心からお詫び申し上げます。どうか、どうかお許しくださいませ」

シラハギは、地面に頭をこすりつけた。

お針子は慌てて、

「私に謝らずともよろしい。ほれ、乳母たちに見つかる前に、早く姫様のご機嫌をなおしに行かれよ」

「国主様へは…」

「いうほどのこともなかろうに」

「ありがとうございます」

たちまち笑顔となって立ち去る。

いつしか年老いたお針子の顔にも、微笑みが浮かんでいる。


また後のあるとき。

長椅子で冒険小説を読んでいるくろがね姫に、

「姫様は、馬に乗られますか」

シラハギが話しかける。

「乗らん」

「まぁ、それは」

「…なんじゃ」

「かのアメツミ様は鉄の鎧をまとい、荒馬を操って戦へ赴かれたとか。生まれ変わりの姫様が馬をつかわれぬというは、いかがなものでございましょう」

今日も外は、素晴らしく天気の良い日。


厩番の爺が連れてきた黒駒は、艶やかな毛並みが美しい、若い牝馬。

シラハギは慣れた手つきで手綱を取る。

「姫様、鼻を撫でておやりくださいな」

くろがね姫は白い手をそっと、馬の鼻先へ。

ところが。

馬はフイとそっぽを向いた。

あげく目障りとばかりに荒い鼻息を吹きかける。

くろがね姫は馬を睨みつけ、

「お前。丸焼きにされたいか」

「豚ではあるまいし。コイツを丸太に吊るすは厄介ですな」

厩番の爺がカラカラと笑う。

「ではお前が炙られるか」

唇に笑みを浮かべてくろがね姫が言う。

静かに、凍える空気。

「姫様、この馬は姫様の神々しさにあてられて、我を失っておるのです。どうかお許しくださいませ」

シラハギは馬の脚を摩ってやりながら言った。

「けれどもひとたび背にまたがれば、優しく、力強く。どこまでも姫様をお運びいたします」

ヒラリと馬に飛び乗る。

「さぁ」

シラハギは、くろがね姫の手を取って馬上へ引き上げた。

馬は手綱の行く末をシラハギに任せ、今度は大人しく、くろがね姫を受け入れた。

黒いビロードの上。

心地よい風が袂を抜ける。

「シラハギよ」

「はい」

「お前が操れ」

「え? 」

「私の腕になれ」

つまり姫様は、自分を第一の側近に。

約束された将来。

「ありがたきしあわせ」

シラハギの背中から何かが立ちのぼったことに、誰も気づかない。

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