朽ちる。
黒い盗人が持ち去ったもの。
クロガネは、
ブツン、ブツンと骨を切る衝撃に飛び起きた。
盗人の背中が闇に紛れて逃げていく。
空を掴もうとして、激しい痛みが襲いかかる。
折しも雲間に月が現れ、
クロガネの変わり果てた姿を照らし出した。
己の姿。
両の腕が、…消えている。
鉄の左腕が無い。
白い右腕も無い。
痛みを通りこし、驚きを通りこし、
心の臓が止まる寸前で、クロガネは気を失った。
このまま死ねるか。
…いや、死ねはしない。
クロガネは、再び目を覚ました。
両腕には、血止めの包帯が巻かれている。
気付けば、部落長が呆れ顔で座っていた。
「誰がこんなことをしでかしたのかはわかりませんが、」
冷たい水に布を絞って、クロガネの額にあてる。
「もうこれ以上、村を汚すことはやめていただきたい」
ため息まじりに呟いた。
「とんだ似非巫女だ」
「殺すなら早う殺せ」
部落長は苦笑した。
「馬鹿馬鹿しい。鉄の腕が無いあなたを封じ込めても意味が無いでしょう。…熱が下がったら、どこへなりとお行きなさい」
追放。
村へやってきたときと同じ、身ひとつの姿で、
クロガネはどこへ行き着くとも知れない道を歩き出した。
姿が小さくなっても、村人の誰ひとり見送りにはこない。
鳥さえ飛ばぬ。
雨さえ降らぬ。
それでも罪ある、人間は、
歩かねばならぬ本能をただ、受け入れる。
風の噂。
両腕の無い女が、両腕の無い絵描きに拾われた。
けれども口で絵筆を扱えず、金にならぬと追い出される。
両腕の無い女が、足で布を織る機織りに拾われた。
けれども機を上手く操れず、いたたまれずに飛び出した。
あちらの村、こちらの町で、
役立たずと足蹴にされ、道を這いずりながら歩く様。
後ろを影が追いかける。
報告をうけた影の主は、
そのたびに、そうか、とこともなげに呟く。
月日はいつの世も等しく、ただ淡々と流れるのみ。




