こぼれる。
だが。
次の年も。
赤いシミが村じゅうを覆いつくした。
蓄えは底をつき、
村人たちは食べ物を求めて山の奥へまで彷徨うはめになった。
飢えは人を変える。
わずかな食べ物を巡って争いが起きた。
小さないざこざが大きく育つ。
怒りもあらわな村人たちが、目ばかりをギョロつかせて
ウロつき始める。
「あの巫女、土に鉄の腕を突き刺して何やら恐ろしい呪文を唱えておったそうな」
「さては魔性の者か」
たちこめる噂。
赤いシミは、クロガネの鉄の腕がもたらしたという噂。
あの醜い鉄の腕が、赤錆を振りまいている。
クロガネに、怒りの矛先が絞られた。
あられのような石が、巫女の家へ投げ込まれる。
「お前のせいだ」
「余所モンが。出ていけ! 」
昼夜問わず、石は飛んでくる。
人々の怒りをまともに受け続け、
たまらずクロガネはイザギの家へ。
ツツジは、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「姉ちゃん、ごめん。…兄ちゃんが、家へあげるなって…」
「やはり見当違いでした」
祠の前。
部落長がイザギへ向かって苦渋の表情を浮かべる。
「この上は、巫女を封じ込めるしかありません」
「殺すのか」
「しっ。祠の前であからさまに穢れた言葉を使わないでください。…先だっての集まりで、近々封じ込めの儀式を行うことが決まりました。家族も同然のあなたとツツジには辛いことでしょうが、」
「別に家族じやねぇよ」
イザギは、こともなげに答えた。
家の壁の藁をガリガリむしり取っては口に運ぶツツジに、村人たちが詰め寄る。
「あんたの姉ちゃんとやら、何を祈ってたんだい」
「よくもあんな魔物を引き込んでくれたねぇ」
「わしらを飢え死にさせてどうしようってんだ」
「…まさかイザギがなんか企んでんのか」
「そうか、お前の兄ちゃんが巫女をやらせろって騒いだんだってなぁ」
「こうなったらイザギを吊るし上げて、」
「兄ちゃんは悪くない」
ツツジは、爪が剥がれて赤黒く染まった両手をぼんやり見つめ、
「…あの女の人が、兄ちゃんを脅してたんだ。あたしら兄妹は、脅されてただけだ」
血のつながり。獣の仕事。
漆黒の夜。
空腹に耐えかねて寝返りもうてずにいる村人たちを、
ようよう空白の眠りが包んでいく。
やがて、分厚い雲が、月の僅かな光さえ覆い隠した。
そのとき。
ずざざざざと、何かが村を駆け抜ける。
黒い疾風は巫女の家を目指し、
そのまま家のなかへ入っていく。
しばらく後。
もと来た道を逃げ去る姿。
一瞬の出来事。
再び月が顔を現したとき、
その盗人の影は跡形もなく消えていた。




