表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くろがね姫の離婚  作者: 春凪 志苑
1/14

はじまり。

ひとり、

女がひとり。

佇んでいる。

…ひとり。


ひとりではない。

街の中。埃立つ道をたくさんの人間が通り行く。

行き交う人々のなか。

佇む女の、顔。

 笑う。

口の両端を吊り上げる。

目には、あなたに服従、の色をのせて。


遠い昔。

もしくは、ほどけかけた目隠しから、ほんの少し見えた未来。


「お生まれになるぞ! 」

騒然と家来たちが動き出す。


小さいながらも豊かな国。

美しい石垣の上にそびえる城。


産声。

重なり揺れる絹の帳のその奥で、

居合わせた者みな、期待に身を乗り出した。

「姫君でございます! 」


けれどもひと目、見た途端。

ため息とともに、重苦しい空気。

『ひとりめは手足がなかった』

『ふたりめは頭がなかった』

『さんにんめは、お腹に目と口がついていた』

すべて死産、ということにして、

そして、今度こそはと祈っていたのに。


ほれ、その赤子の左腕をご覧なさい。

肘から先がどす黒く、だらんと垂れ下がったまま。

見るからに使いものにはならない。

しかし家来たちの嘆きを遮って、

「片腕が使えないくらい、良いではないか」

父親である国主が言った。

「今までに比べれば上出来じゃ」

我が子を見つめ、皆に告げる。

「この子を、跡継ぎとする」


夕方。

お召しかえ番が暖かな着物をお着せしようと、姫君を抱きかかえた。

が、ずしり、冷やりとくる異様な重さ。

驚きみれば姫の左腕が、今朝よりも更に黒く、硬く。

まるで生きものの様子ではない。

すわ一大事と傍らの乳母にすがりつけば、

「これは、…鉄じゃ」

「なんと」

左腕が鉄の塊に。

二人は顔を見合わせた。


報告を受けた国主はところが、

「縁起が良いではないか」

かえって喜んだ。

「この国が強く発展することの前触れかもしれぬ」

鉄は強さの象徴。

国主は、稀有なる姿の我が子を

『くろがね姫』と名づけることにした。



「お生まれになった姫君は、鉄を抱いておわしゃったそうな」

「占い師が言うておったぞ。かの君はアメツミ様の生まれ変わりじゃと」

アメツミは伝説の長。強き賢き知恵の神。

鉄の鎧を身につけた勇ましい姿が、町外れの壁画に描かれている。

「わしは姫がお生まれになった朝、空駆ける光をみた」

「ありがたや」

「良きことがおこるぞ」

「良きことが」

「良きことじゃ」

根のない噂はするすると広まり、姫にあやかろうとする民が城の外に詰めかけた。


崇め奉る声を蚊帳の外に、くろがね姫は何事もない日々をすくすくと育つ。

生きものの様子ではないはずの鉄の腕も、

姫が大きくなるごと、不思議に順順と成長していく。

やがてだらんとしていた腕が、少しずつ、姫の意思で動かせるようにもなった。

肘。手首。

指先は?

残念ながら、指先は動かないまま。


姫が九歳になったとき、国主は考えた。

誰か、同じ年頃の娘を話し相手にと。

選ばれたのは、お城の料理番の娘、シラハギ。

ハキハキと明るくて、幼いながらもよく気のつくシラハギは、下働き連中の人気者。

「シラハギよ、粗相をするなよ」

「姫様をお守りするのだぞ」

「姫様をお喜ばせするのだぞ」

異例の出世。

シラハギは意気揚揚とくろがね姫のもとへ。


乳母がシラハギを連れてお部屋の扉を開ける。

「姫様。シラハギという者です。これからお傍にお仕えいたしますので、どうぞ仲良うしておあげください」


乳母が行ってしまったので、シラハギは恐る恐る、姫に話しかけてみる。

「あのう。…はじめまして」

「…」

「…」

「出た、ことが。…あるか?」

「は?」

「城の外へ出たことが、あるか」

「…あ、はい。しょっちゅう」

「私は、ない」

「…はい」

「しかしお前よりも、いろんなことを知っている」

「…」

「ご本を読んでいるからだ。父上が言うていた。民の手本となるゆえ、たくさんご本を読むようにと」

自慢げに振り向いた背後には、天井まで届く本棚。

御伽話の類がずらりと並ぶ。

くろがね姫は、黒く光る左腕の先をシラハギへと向けた。

「私はアメツミの生まれ変わりじゃ」


日々は穏やかにゆるやかに、過ぎてゆく。

太陽は煌めく光を、あまねく地上に降り注ぐ。

民たちは、平穏無事な毎日を先祖の神々、とりわけアメツミ様の御加護の賜物と信じ、

一方でシラハギは、くろがね姫がたとえアメツミ様の生まれ変わりという尊いお方でも、便秘になったり虫歯になったり、お菓子を独り占めしたりするのだということを知った。


素晴らしく天気の良い日。

「姫様、毬つきをいたしましょう」

シラハギの手には、金の糸を幾重にも巻きつけた毬。

くろがね姫の誕生を祝って、城のお針子たちがつくった毬。

長らく部屋の隅に忘れられていた、毬。

「お庭で毬つきをいたしましょう」

「庭?」

「芝生がまことに青々と。可愛らしい花々も咲いておりますし、何より風が気持ち良うございます」

くろがね姫はシラハギに手を引かれ、久方ぶりに部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ