9.支えを失った者
第二王子付き宮廷魔術師。
本日付けで私の役職が、殿下から正式に任命された。
私は今日からそう名乗る。
姉の補助ではなく、一人の宮廷魔術師になった。
宮廷で働く者だけに付与される特別なバッジを胸に付ける。
今まで見習いだったから貰えなくて、宮廷で通り過ぎる人たちが持っているのを見ながら、ずっと羨ましいと思っていた。
ようやく手に入った。
予想外の形だったけど、嬉しさがこみ上げる。
しかも、もう一つ。
第二王子直属の部下であることを証明するバッジも、宮廷バッジの横に付けている。
ちょっとした優越感も、生まれて初めてだ。
「本当によかったのか?」
バッジを触りながらニヤニヤしていると、殿下が私に尋ねてきた。
私は声がしたほうを振り返る。
その背後には馬車が止まっていて、騎士の方たちが荷物の移動をしている。
「依頼したのは俺だが、こうも急ぐ必要はないんだぞ?」
「いえ、私なら大丈夫です」
「ならいいけど」
優しい殿下は心配そうに声をかけてくれた。
殿下の部下になった私は、これから石板が見つかったという街へ向かう。
その街は王都から離れていて、調査中は街へ滞在することとなる。
ちょうどその街へ荷物を届ける騎士団の便があったから、私もそれに同行することになった。
任命されたその日に移動する。
あまりに急な展開だから、殿下も心配してくれたのだろう。
「無理はしてないな?」
「はい」
「フェレス家への報告は……こっちで済ませて構わないか」
「そのほうが有難いです」
任務地が離れていて、長期滞在になる。
その話を聞いた私は、心の中でラッキーだと思った。
フェレス家に私の居場所はない。
私の出世を両親は喜んでくれるかもしれない。
けれど帰れば姉もいる。
自分の家なのに、居心地がいいと思えたことがない。
きっと窮屈だ。
姉からも恨み言を吐かれるに決まっている。
それなら、会わないほうがいい。
幸い荷物も少ないから、荷造りにそう時間はかからなかった。
「まっ、めちゃくちゃに離れてるわけじゃないしな。必要なら戻ってこられる」
「はい。その……」
先ほどから気になっていることがあった。
殿下の服装だ。
王城で話をしてから着替えをされたらしい。
動きやすそうな格好で、腰には剣を携えている。
「殿下もご同行されるのですか?」
「ん? なんだ? 俺と一緒は嫌だったか?」
「い、いえ! そういうわけではなく!」
「ははっ、冗談だよ。君はからかい甲斐があるな」
楽しそうに殿下は笑う。
今のはちょっぴり意地悪で、無礼なのは承知で少しむすっとする。
「別に暇だから一緒に行くわけじゃないぞ? 石板が見つかった街、ローリエは俺の管轄なんだ。街の様子を見るのも王子の役目。今回の同行は視察も兼ねてるんだよ」
「そうだったんですね」
少しガッカリする。
私のことを心配して一緒に来てくれるわけじゃない。
そんな当たり前のことを再確認して、自分の烏滸がましさが恥ずかしくなる。
「まぁでも、やっぱり興味があるな。君の仕事ぶりを確かめるのも」
殿下は私の顔を覗き込む。
まるで心の声を見透かされたような気分だ。
恥ずかしいけど、嬉しい。
「はい! 頑張ります」
「気負い過ぎない程度にな。それじゃ馬車に乗ろう。ローリエまでは半日かかる」
今は夕刻。
これから出発して、明日の朝には到着する予定だ。
それまで殿下と同じ馬車の中で過ごす。
今さらながら緊張する。
準備が終わり、馬車が出発する。
馬車の窓から見える王都の景色が、夕焼けに染められてオレンジ色だ。
いつも仕事が終わらず、研究室から眺めていた夕日。
こういう眺めは新鮮で、感慨深い。
ふと、宮廷の建物が見える。
今頃、彼女はどうしているだろうか。
私が残した……というより、彼女が私に押し付けていた仕事は終わっただろうか。
優秀な彼女のことだから、難なく終わらせて定時に帰るのかな?
それとも、私みたいに終わらなくて、大変な思いをしているのかな?
◇◇◇
メイアナが王都を出発した頃。
優秀で天才な姉はというと、研究室で書類と睨めっこをしていた。
「……」
積み上げられた書類を確認し、右から左へ流す。
単純な事務仕事。
宮廷で働く以上、魔術師としての仕事ばかりではない。
むしろ書類作業のほうが何倍も多く、楽しい仕事とは言えない。
特に彼女のように、仕事を妹に押し付けていた人物にとっては……。
「何なのよ……全然終わらないじゃない」
苦痛以外の何物でもなかった。
メイアナに押し付けていた仕事が全て、自分の元へ帰ってきている。
自業自得だが、彼女はそう思っていない。
「なんで私がこんなこと……」
宮廷魔術師なのだから当然。
宮廷は遊ぶ場所じゃなくて、仕事をする場所だ。
国内最高峰の職場が楽なはずなく、忙しさもトップクラス。
優秀な人材にこそ仕事は集まり、信頼と共に日に日に増え続ける傾向にある。
メイアナは現代魔術師としての才能は皆無だったが、書類業務や知識に関して非常に優秀だった。
効率もよく、与えられた仕事を想定より早くこなす。
故に、仕事は増え続けていた。
レティシアの評価が上がると同時に、その仕事量も増える。
しかしそれを実感したのは、メイアナがいなくなってからだった。
「こんなに……」
大変なのか。
改めて、メイアナの存在の大きさを実感する。
が、プライドがそれを認めない。
文句を言いながら、心の奥底で不安を感じる。
この仕事……ちゃんと今日中に終わるのか、と。