7.向上心を持て
私は姉とは違う。
姉妹だから比べられるのは仕方がない。
だけど、姉がずるをしていることにも気づかず褒めて、私の頑張りは見もせず罵倒する。
それが正しいなんて、微塵も思えない。
ジリーク様のこともそうだ。
彼の婚約者は私だった。
姉じゃなくて、私と婚約していた。
にも関わらず、いいや……それを知った上で姉はジリーク様を誘惑していた。
私の目を盗んで二人で会っていたことを知っている。
見せつける様に仲良くしていたことも。
浮気していた理由を、私が悪いからだと一方的に切り捨てられた。
腹立たしいと思わないほうが無理だろう。
考えれば考えるほど、怒りがこみ上げてくる。
私の頑張りは何のためにあったのだろう。
姉のずるを隠すために頑張ったわけじゃない。
私は姉の引き立て役でも、代替品でもない。
私は私だ。
メイアナ・フェレスだ。
誰も、肉親すら、私のことをちゃんと見てはくれなかった。
「どうしてお姉様ばっかり……あ!」
怒りのあまり、自分一人の世界に入り込んでしまった。
チラッと見えた殿下の顔に、私は現実へ引き戻される。
私は殿下と話をしていた。
殿下の前で、姉や周囲に対する怒りを発露してしまっていた。
恥ずかしさと焦りで変な汗が流れる。
「す、すみませんでした! 殿下の前で……」
怒っているだろうか。
私は恐る恐る殿下の顔を見て気づく。
「殿下?」
怒っていない。
いやむしろ、嬉しそうに笑っている。
表情の意味がわからなくて、私はキョトンとした顔を見せる。
そんな私に殿下は微笑み言う。
「やっと素直に言えたな」
「へ……」
やっと?
「君のことは調べた。どんな境遇だったのかは知っている。もし俺が君の立場なら、絶対に納得なんてできない。もっと怒るはずだ。だけど君はそうしない。溜め込んでいるんじゃないかと思っていた」
「えっと……」
「そしたら予想通り溜め込んでいたな。安心したよ」
「安心……」
殿下はテーブルの上に両肘をつき、顔の前で手を組む。
「君が今の境遇に納得しているのか知りたかった。もしも怒りの一つもなく、受け入れてしまっているなら……この話はなしにするつもりだった」
「え、なしに?」
「呼び出しておいて勝手だがな。それでも、理不尽に対して怒れもしない人間は、向上心すら失っているのと同じだ。君がそうじゃなくて安心した。君は現状に納得していない。抗い、前に進もうとしている。俺はそういう人間が好きだ」
「――すっ」
殿下はさわやかな表情で簡単に、他人への好意を口にした。
そういう意味じゃないと分かっていても、殿下のように素敵な男性に言われるとドキッとしてしまう。
不意打ちだったから余計にドキドキする。
「俺と一緒に歩む者には、同じように向上心を持ってほしい。才能に胡坐をかいて、今いる場所に満足しているような人間は、努力する人間にいつか必ず追い抜かれる」
殿下は私のことを見つめながらそう語る。
見ているのは私だ。
けれど、私に対してじゃなくて……別の誰かに言っているように聞こえた。
「もちろん才能も大事だけどな。その点、君はどっちも持っている」
「才能……私に、あるのでしょうか」
「無自覚か? いや、そう思えない環境にいたせいだな」
「……」
君には才能がある。
そう言われるのはいつだって、私じゃなくて姉のほうだった。
私には対照的な言葉を吐き、姉の才能を褒めたたえる。
「才能があると言ってくださったのは、殿下が初めてです」
「それは周りに見る目がないだけだ。君が持つ才能は、現代では唯一無二だと思っている」
「唯一……」
「ああ。ルーンの魔術を使いこなせる人間は、君以外にはいない」
殿下は力強い言葉でそう断言する。
「俺自身、身に着けようとして失敗した。ルーンの解釈は奥が深い。一文字に込められた意味の多彩さ。それを読みとり解釈を広げる発想力。現代魔術のように決められた言葉、術式、効果じゃない。術者のセンスと理解力に大きく左右される。それがルーン魔術だ」
殿下は私に同意を求める様に見つめる。
私はこくりと頷く。
殿下が言っていることは正しい。
ルーン魔術で用いるルーン文字の数は二十四。
たった二十四文字しかない。
それ故に、ルーン魔術は簡単だと思われがちだが、実際はそうじゃない。
同じルーンでも術者によって効果が異なり、様々な解釈が生まれる。
解釈を広げ、突き詰めるほどに効果はより多彩に、強くなる。
理解度の差、魔力操作の精度、込める魔力の質と量。
それらの要素によって、ルーン魔術は変化する。
「俺からすれば、特定の術式を学んで唱えるだけのほうがよっぽど簡単だ。形式化されている物なら、正しく学べば結果も保証される。だがルーンは別だ。使うだけなら俺でもできる。君だけが、古代の魔術師たちと同じレベルでルーンを使えている。と、俺は思っている」
殿下は私のことを高く評価してくれていた。
話しながらごそごそと、懐からルーンストーンを取り出す。
テストで使ったものだ。
「これは遺跡から発掘されたもので、少なくとも四千年以上昔のものだ。魔術全盛、様々な魔術の系統が生まれた時代の遺物。最も魔術師の技量が洗練された時代とも言える」
彼は話ながらルーンストーンに向かって指を立てる。
「【ᛊ(ソウェル)】」
指先に魔力を貯め、ストーンに刻まれた文字と同じものを描く。
ルーン魔術を扱う大前提、それは魔力そのものを体外で操れるかどうか。
これができなければルーンを刻印することができない。
殿下は当然のようにクリアしている。
ストーンの文字を上からなぞり、効果を促す。
わずかに石が光ったように見えたけど一瞬で、何も起こらなかった。
「見ての通り俺じゃ無理だった。ルーンの起動は、刻印した術者との力量差、解釈の差があるとできない。それを君はなんなく使ってみせた。そんな君ならできるかもしれない」
そう言いながら、もう一つ懐から取り出す。
今度は石ではなく、一枚の紙だった。
白い紙に描かれていたのは……
「ルーン文字の、文章?」
「これは最近見つかった石板の複写だ。こいつを解読してほしい」
「解読、ですか?」
「ああ、解読できれば……見つけられるかもしれない。古代の遺産……かつて魔神を封印したダンジョンを」