6.私の本音は――
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人生、何が起こるかわからない。
毎日馬車馬のごとく働いて、誰からも認められないことだってある。
環境を、評価を変えたくて頑張っても、努力が報われるとは限らない。
それでも、変化は起こる。
奇跡的かもしれない。
偶然かもしれない。
だとしても、ようやく認めてもらえた気がして……。
嬉しい。
殿下の後姿を見つめながら、自然と表情が緩んでいた。
私は殿下に連れられ、彼の執務室へと案内される。
宮廷から王城へ移動する廊下には、護衛の騎士さんや宮廷で働く人たちがいる。
王城は王族が住まう場所だ。
特別な許可を貰っている人でない限り、自由に出入りはできない。
私のように宮廷で働く人間であっても、名のある貴族であっても例外はない。
だからこそ目立つ。
天才と呼ばれる殿下の後ろを、宮廷の正式な職員ですらない私がついて行く様子は。
「誰だあれ?」
「あの服と模様、宮廷魔導士か?」
「いや、あれは見習いだよ。確かフェレス家のご息女」
「ああ、出来損ないの妹のほうか」
私は悪い意味で有名だった。
名門フェレス家に生まれた優秀な姉と、姉に遠く及ばない出がらし妹。
いつも比べられて可哀想だとか。
姉の七光りで宮廷で働いている不届き者とか。
様々な呼び方をされている。
そんな私が殿下と一緒に王城へ向かっているんだ。
目立たないわけがない。
当然悪目立ちだ。
「気にするな」
「え?」
私が小さく縮こまっていると、殿下が隣で囁きかけてくれた。
前を歩いていたはずの殿下は歩くペースを遅くして、私の隣でそっと近づいている。
「殿下?」
「言われるのは今だけだ。いずれ必ず、君に対する評価は変わる」
力強い声で、言葉で、そう断言してくれた。
この人は私の目をまっすぐ見て、疑うことなく凛々しく、さわやかな笑顔を見せる。
「俺が保証してやろう。だから気にするな」
「――はい」
殿下の言葉は温かくて、沈みかけた私の心を掬いあげてくれる。
たかが一言に一喜一憂する自分が情けなく感じながらも、その言葉を嬉しいと思う。
それから殿下に連れられ、執務室にたどり着く。
入ってすぐ、対面用のソファーが設置されている。
部屋は広く整頓されていて、テーブルの上に書類が積まれていた。
私が研究室で取り組んでいた仕事量と同じくらいだろうか。
内容は全然違うだろうけど、殿下もお忙しいのはすぐにわかった。
「まぁ座ってくれ」
「は、はい!」
私はオドオドしながらソファーに腰を下ろす。
そんな忙しい殿下がわざわざ私の所にやってきて、協力してほしいと手を差し伸べてくれた。
何をするかわからないけど、期待を裏切らないように頑張ろう。
自然と手に力が入る。
「そう緊張するな」
「え、あ、すみません」
緊張を見抜かれてしまった。
殿下は微笑みながら、私の対面のソファーに腰かける。
ふぅと呼吸を整え、改めて向き合う。
「今日は話をするだけだ。もう少しリラックスしていいんだぞ」
「は、はい!」
「ガチガチだな。まぁ無理もないか。いきなりこんな場所に連れてこられて、緊張するなってほうが無茶だったな。すまない」
「あ、いえ、だ、大丈夫です!」
と、口では言いながら緊張はほぐれない。
仕方がないのだ。
王族の方と話す機会なんて、貴族であっても多くはない。
特に私は不出来な妹で、社交場にはいつも姉だけが参加していた。
おかげで王族どころか他の貴族との接点もあまりない。
唯一まともに話したことがあるのは、婚約者だったジリーク様だけだった。
それも終わってしまったけど……。
「浮かない顔だな」
「す、すみません」
「何を考えてたんだ?」
「その……」
殿下の前で元婚約者のことを考えていたなんて……。
失礼なことを口にできない。
黙っていると、殿下は呆れたようにため息をこぼす。
「まぁ、言いたくないなら聞かない。ただの雑談、世間話だ」
「……」
「君のことはいろいろと調べさせてもらった。フェレス家での評判、世間の評判、君自身の成果や人間関係……最新の情報だと、婚約者の話とかな」
「――!」
思わず目を見開き、殿下と視線を合わせる。
そんなことまで知っていたのか。
驚きのあまり反応してしまって、殿下に悟らせてしまったようだ。
「落ち込むような悩みばかりだな」
「……いえ、全部私が不甲斐ないせいです」
「本当にそう思っているのか?」
「え?」
突然、殿下は少しだけ怖い顔をして私を見つめてきた。
ドキッとして、背筋がピンと伸びる。
「これまでの出来事が、仕打ちが、全部自分が悪いと本気で思っているのか?」
「えっと……」
どうしてそんなことを聞くの?
殿下は真剣な表情だ。
じっと見つめ、私から目を離さない。
目を逸らしたくても、殿下の威圧がそれを許さない。
「正直に答えてくれ。俺の前で、嘘はいらない」
「わ、私は……」
正直に、答える。
今日までのことを振り返り、考えて。
私はどう思っている?
家族からも、知人からも、出来損ないだと罵られてきた。
優秀な姉と常に比べられて、不出来な妹はどこへ行っても笑いものだ。
お父様も、お母様も、私のことなんて見ていない。
優秀な姉……レティシアは、私のことを馬鹿にして、都合のいい道具みたいに扱う。
いくら私が努力しても認められない。
姉の影に隠れ、姉に奪われ、褒められるのは姉ばかりだった。
仕方がないと思っていた。
不出来なのは事実で、私は大きく姉に劣っている。
だけど、私が頑張った結果すら姉のものになってしまうことに、憤りを感じなかったわけじゃない。
そうだ。
私の本心は……正直な気持ちは――
「腹が……立ちました」
怒っていた。
苛立っていた。
劣等感に苛まれ続けた私の心は、奥底で怒りの炎に燃えていた。
殿下に問われ、自分と向き合い、初めて気づいた。