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49.どちらも優れている

 殿下はいつも、私やシオン君たちの体調を気遣ってくれる。だけど今、一番気遣うべきは私たちじゃなくて……。


「殿下、お身体のほうは?」

「見ての通りで元気だ。もう完全に回復しているよ」


 殿下は椅子から立ち上がり、身体のどこも悪くないことをアピールするように、腕を大きく回す。

 リージョン殿下との対立で、私たちは遺跡調査の権利をかけて戦った。リージョン殿下はアレクトス殿下に対抗するために、炎の魔剣を持ち出していた。

 その魔剣が暴走し、リージョン殿下を巻き込み爆発しそうになったところを、アレクトス殿下は庇うように救った。

 その結果、アレクトス殿下が怪我をしてしまった。

 割と大きい怪我で、炎による火傷も酷かった。魔術師や医者、薬師の方々の尽力もあり、今ではすっかり回復している。

 火傷の痕も、じっくり観察しないとわからない程度だ。


「この痕いずれなくなるそうだ」

「よかったですね」

「ああ。だから、俺はもう平気だと言っているだがな……」


 お医者様には、まだ激しい運動をしたり、身体に負担をかけることは禁止されている。

 数日安静を言い渡された殿下はちょっぴり不服そうだった。

 気持ちはわからなくもないけれど、無理は禁物だ。表面上の傷は治っても、万全の状態に戻るには時間がかかる。

 いかに現代最高の魔術師と呼ばれる殿下でも、その身体は脆い人間のものだから。


「お医者様の意見は聞いたほうがいいと思います」

「わかっているよ」


 と、口では言っているが、やっぱり納得していない、という気持ちが薄っすらと見える。


「だからこうして、今やれることをしているんだ」

「休んでいても誰も怒らないと思いますが……」


「俺がじっとしていられないんだ。本当なら、すでに遺跡の調査を始めていた。俺が万全ならな」


 殿下は申し訳なさそうに目を瞑る。

 遺跡調査のメンバーには当然、殿下も入っている。殿下が万全に戻るまで、お医者さんの許可が出るまで、探索はお預けだ。

 そのために協力してくれているカイジンや、毎日カイジンの相手をさせられているシオン君、そして私に、申し訳ないと思っているのだろう。


「お気にならさないでください。殿下のお身体が一番です」

「メイアナ……」


 誰も、無理をしてまで頑張ってほしいなんて思っていない。シオン君も、カイジンだってそうだ。

 それから、リージョン殿下も……。


「そういえば、先ほどリージョン殿下とお会いしました」

「ん? そうか、入れ違いか」

「はい。何かお話をされていたのですか?」

「別に大したことじゃないさ。体調を聞かれたのと、この仕事を置いていかれた」


 どさっと並べられている書類の山。どうやら増えた分は、リージョン殿下の置き土産だったらしい。

 まさか……嫌がらせのために仕事を押し付けて帰ったんじゃ……。


「まったく、これが終わるまでは、どの道動けないな」

「……!」


 殿下は呆れてため息をこぼしている。

 私は直感する。リージョン殿下は私より、アレクトス殿下の性格を知っている。ダメと言われても、余裕があれば動いてしまいそうな性格を。

 無理をさせないように、書類仕事でアレクトス殿下を縛って、少しでも休ませようとしている?

 そんな回りくどくて方法を考えるだろうか。でも、何となくリージョン殿下なら、そういう理由を考えそうだ。

 ルーン魔術を勉強し、いろんなルーンを扱うことで、私はたくさんの感情に触れてきた。

 そのおかげか、他人の感情を分析したり、感じ取ることが上手くなった気がする。もちろん、わからない人もいるし、わかりたくない感情もあるけれど。

 これも、ルーンの魔術師だからこそ培われた感情の経験値というものだ。

 もっとも、この量の書類は……。


「さすがに今日中には終わらないな」

「私もお手伝いします」

「いいのか?」

「はい。手は空いておりますので、殿下がご迷惑でなければぜひお手伝いさせてください」

「ああ、助かるよ」 


 私は書類の一部を渡され、殿下の執務室でお手伝いをすることになった。

 シオン君やカイジンが剣の訓練をしている間、私だけ何もしないというのは、さすがに心がモヤモヤする。


「殿下、探索前に必要なものはありませんか?」

「特にない。大体のものはこっちで用意できる」

「そうですか……」

「無理して仕事を見つけなくてもいいんだぞ? メイアナはとっくに、大事な役目を果たしてくれているんだからな」


 殿下はやさしくそう言ってくれるけど、私はちょっぴり不満だった。

 ルーンを解読し、遺跡の場所を見つけ出し、遺跡に入るための鍵を使えるようにした。

 殿下のおっしゃる通り、私にできることはすでに終わっている。

 探索前にやっておくべきことは済ませてあった。だから、私がすべきことは特にない。

 わかってはいるのだけど、モヤモヤする。


「働き者なのは感心だが、無理をして倒れても困るぞ?」

「……はい」

「まぁ、俺が言えることじゃないか。お互い様だな」


 そう言って殿下は笑う。

 私と殿下はそういう部分でよく似ているらしい。無自覚に無理をしたり、じっとしていられない性格は、今後も変わらないだろう。

 それでいて、他人が無理をしていると心配したり、代わってあげたいと思う。

 そんな私たちだから、こうして一緒に仕事をしているくらいがちょうどいいのかもしれない。

 お互いに無理をさせず、支え合える関係なら……。


「メイアナが一緒だと、書類仕事も捗るな」

「ありがとうございます」

「お世辞じゃないぞ? 本気でそう思っている」

「はい」


 殿下は心から感謝してくれている。そんなことは、これまでの関わりでわかっている。

 褒められるのが恥ずかしいのは、今も変わらないけれど。

 私はルーンストーンを使って書類の仕分けをしたり、誤字がないかのチェックをしたり、手元を明るく照らしたりしていた。

 その光景を見ながら、殿下は続ける。


「ルーン魔術、使いこなせるようになったら便利な力だな」

「そうですね。便利です」


 そう思えるようになったのは、実は最近だったりする。

 ルーン魔術の神髄は、ルーンにどんな思いを刻み込むか。そして誰が、どんな思いを残したのかを知ることだ。

 ルーン魔術は簡単だと思われがちだ。

 その理由の一番は、ルーン文字の数が二十四文字しかないということにある。そう、たった二十四文字しか存在しない。

 だからこそ、難しい。

 一つ一つの文字には意味がある。

 例えば、朝目覚めた時に使った【ᛊ】、有する意味は太陽、光だ。

 その意味から複数の解釈を導き出すのが、ルーン魔術の神髄とも呼べる。

 太陽は熱を持ち、温もりを与える。だから温度を急激に上昇させる効果を齎したりすることができる。

 他にも、太陽は大自然にとって母なる光であり恵みだ。

 植物の成長を促す効果を発揮することも、術師の解釈次第では可能となる。

 こんな風に、一つの文字に宿る意味から複数の解釈が生まれ、さらには魔術師の感情、経験なども要素に含まれる。

 大切なのは想像力と、共感性だ。

 ルーン魔術を行使するためには、自分でルーンを刻むか、他人が刻んだルーンを解読しなくてはならない。

 他人の心、考え方、感情を理解しなければならない。

 簡単じゃないのは明白だ。

 ルーン魔術に触れたことのある人なら、誰だって理解すると思う。他人の心を理解することくらい、ルーン魔術は難しく、奥が深いと。

 私もまだまだ未熟者だ。それでも、少しずつわかるようになってきた。

 ルーンに刻まれた思いも、何を願い、何を望むのかも。


「日常生活にルーンを活用する……昔の魔術師はそうしていたんだろうな」

「そうかもしれませんね」

「だとしたら、現代はむしろ退化しているのかもしれないな」

「どうでしょう。便利になったのはいいことだと思います」


 誰でも魔術に触れられるようになって、日常生活にも魔導具が使われるようになった。

 ルーン魔術は所詮、個人と個人を繋ぐための力だ。

 そういう面では、簡略化され現代に溶け込んだ魔術のほうが、進化しているという評価も妥当だと思える。


「どっちも優れていて、どちらにも利点があるだけだと思います」

「その通りだな」


 現代最高の魔術師は呆れたように笑う。

 この世界に、殿下より優れた魔術師は存在しない。自他ともに認める現代のトップだけど、彼にもルーン魔術は使えない。

 だからこそ、私を見つけてくれた。私に注目してくれた。

 長く劣等感を抱いてきた私が、初めてルーン魔術師でよかったと思えたのは、殿下が私を求めてくれた瞬間だった。

 単なる書類仕事の補佐だけど、こんなことでも殿下の役に立てるなら満足だ。


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