48.通じ合っているなら
騎士団隊舎を後にした私は、王城へと戻り、一人で廊下を歩いている。
通り過ぎる人と挨拶を交わして、殿下の元へ向かう途中、何やら通りかかる人たちから緊張を感じとる。
なんとなく予想しつつ、私は廊下を歩いていると、曲がり角を曲がったところで、バッタリと遭遇してしまった。
「……メイアナ・フェレス」
「リージョン殿下!」
リージョン・デッル第一王子。アレクトス殿下の三つ年上、王位継承権を持つ人物。かつて遺跡調査の権利をかけて対峙した王子様と遭遇して、思わず動揺する。
顔を合わせた私たちは、数秒無言のままその場で立ち尽くした。
「アレクのところに向かう途中か?」
「は、はい!」
「そうか」
「……」
また無言の時間が流れる。
正直、この人はあまり得意ではなかった。
一度対立したからということもあるけど、交流する機会が少なかったり、アレクトス殿下とは性格も異なることも理由だ。
一番は、リージョン殿下とアレクトス殿下が、あまり仲がよくないように見えること。
「リージョン殿下はどちらに行かれていたのですか? この先には……」
「……」
この先にあるのは殿下の執務室くらいだ。
リージョン殿下が歩いてきた方角から考えて、もしかしてと想像する。リージョン殿下はバツが悪そうに目を逸らす。
「えっと……」
「……アレクのところに行っていた」
やっぱりそうだったんだ。
リージョン殿下も、アレクトス殿下のことが心配なのだろう。と、心の中で思っていると、それを見透かすように彼は否定する。
「勘違いするな。別に、心配していたわけじゃない」
「……」
「ちゃんと仕事ができるか様子を見に行っただけだ。病み上がりの癖に、普段通りの仕事をしようなど……」
「……やっぱり」
心配してくれている。
二人の王子は仲があまりよくないと言われている。実際、仲睦まじい兄弟というわけではないだろう。
対立することもある。けれど、憎み合っているわけじゃない。
これは私の妄想で、実際はどうなのかわからない。そうであってほしいと私が思っているだけだ。
リージョン殿下が遺跡調査の権利をかけて争ったのは、自分のことを顧みないアレクトス殿下のことを、弟のことを心配して……かもしれない。
リージョン殿下はため息をもらし、歩き始める。
通り過ぎざま、彼は私に言う。
「伝えておけ。もし倒れるようなことがあれば、俺が代わりに遺跡を調査してやるとな」
「はい。伝えておきます」
その不器用な優しさが私には嬉しくて、思わず笑顔になる。
「ありがとうございます。リージョン殿下」
「ふんっ、生意気なやつだ」
そう呟き、リージョン殿下は私に背を向けて歩き去っていく。
彼のことは得意じゃない。けれど、憎めないとも思う。ただ、もう少し素直に、仲良くしてくれたらもっといいのに。
なんて、思う資格は私にはないだろう。
兄弟仲について、姉妹でも上手くいっていない私には、何も言えない。
あの日、遺跡調査をかけて戦った時から、レティシアお姉様とは会っていない。
意識的に避けていたわけじゃない。ただ、会う機会に恵まれなかった。
お姉様は宮廷で働いている。私も足を運ぶ機会はあるから、一度くらいは顔を合わせてもいいのもだけど……。
「避けられている……のかな」
たぶん、お姉様のほうが顔を合わせたくないのだろう。
そう思うくらいまったく会わないのは、逆にお姉様が私を避けている証拠でもあった。
正直有難いと思ってしまう。
私も、お姉様と会って、何を話せばいいのかわからない。
あの日、珍しく感情的になった私は、お姉様に今まで想っていたことを吐き出した。我ながら酷い悪態をついたと自覚している。
それでも、よかったとも思う。
ずっと堪えて、溜め込んでいた感情を、ようやくさらけ出すことができて、スッキリした部分もある。
今のお姉様がどう思っているのか。
何を考えているのかはわからないし、知りたいとも思わない。ただただ、この先一生、分かり合うことはできないだろうと思っていた。
リージョン殿下と出くわしたことで少し遅れて殿下の執務室前に到着する。
トントントン、と、ドアをノックした。
「メイアナか?」
「はい」
私が声を出す前に、殿下は私だと気づいてくれた。
最近はいつも、この時間に顔を出すようにしているから、覚えてくれていたのかもしれない。
些細なことだけど嬉しくて、気分が晴れやかになる。
「入っていいぞ」
「失礼します」
私は扉を開ける。殿下は執務室にある大きな机と向き合っていた。
机の上には山盛りの書類が積まれていて、殿下の忙しさを物語っているようだ。
昨日も見た光景だけど、たぶん昨日よりも書類の量が増えている。
殿下はテキパキと仕事を進めている。サボっているとは思えないから、きっと純粋に増えたのだろう。
「おはよう、メイアナ」
「おはようございます。殿下」
殿下は私を見ると軽く微笑み、仕事の手を止めた。
「今日の調子はどうだ?」
「いつも通りです」
「そうか。ならいい。シオンたちのところに行ったんだろう?」
「はい」
「どうだった?」
「相変わらずです。シオン君がカイジンさんの相手をしてくれています」
「そうか」
殿下にも二人のやり取りが想像できるのだろう。私が答えると、楽しそうに笑ってくれた。






