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47.勇者と野獣

 騎士団隊舎に足を運んだ。

 王国が誇る最高戦力、騎士団の総本部だ。まだ朝早いというのに、今も訓練する騎士たちの掛け声が外まで響いている。

 魔術は強力で、派手な力ではあるけど、万能というわけじゃない。最適な形へと進化した現代魔術であっても、万能にはまだまだ遠い。

だからこそ、騎士たちの力は国を支えるために必要不可欠だった。剣術、槍術、弓術、体術……肉体を鍛え上げた者が勝る部分もたくさんある。

 国や人々の生活は、魔術の発展と共に変化してきた。しかし、長い歴史の中で人々の生活を支えたのは魔術の進化だけじゃない。

 騎士や兵士、魔術を使えない者たちもまた、国を支える大切な要素の一つ。人類を支え守護する者たち、それが騎士だ。

 私がそう思えるのは、騎士団の中に、本当の意味で人類の砦と呼べる存在がいるせいかもしれない。

 噂をすれば、人類の代表の声が聞こえてくる。


「助けてくださーい!」


 とても情けない声だけど、彼らしくもある。

 小柄な少年は騎士団隊舎から逃げるように走り出し、ちょうど隊舎へと向かっていた私に気づいたらしい。

 全力で方向転換をして、私のほうへと駆け寄ってくる。


「メイアナさん!」

「おはよう。シオン君」

「おはようございます! じゃなくて! 暢気に挨拶なんてしている場合じゃないんですよ!」


 彼はシオン君という、騎士団に所属する騎士の一人であり、聖剣に選ばれし勇者様……なのだけど……。


「助けてください! 化け物がこっちにくるんです!」


 彼は私の服の袖をガシッと掴み、涙目になりながら助けを求めてくる。

 年上とはいえ、女性の私に本気で助けを求めているところは、とても皆が想像するような勇者様には見えない。

 けれど、彼は紛れもなく勇者だ。

勇者とは――聖剣に選ばれし者のことを指す。長い王国の歴史の中で、幾度も耳にする名前でもあった。

 彼らは等しく英雄だった。時に大戦を勝利に導いたり、人々の安寧を脅かす巨悪を退ける正義の守護者となる。

力なき者には安らぎを、共に戦う仲間には勇気を与える存在。故に……勇ましき者と呼ばれる。

 望んでなれる者ではなかった。天には神々が住んでいると言われている。

聖剣に選ばれるということは、天の声を聞くということ。聖剣は、神々の代行者に与え

られる。

 天にいるが姿は見えない神様に選ばれた人間だけが、聖剣を握る資格を得る。

 ルーン魔術の希少性なんて、勇者の存在に比べたら霞んで見える。

 勇者はその時代に一人しか現れない。本当に特別な存在だ。だからこそ、多くの人々が期待し、勇ましき姿に憧れる。

 もっとも……。


「お願いします! あの怪物からボクを助けてください!」

「シオン君……」


 涙目で情けない勇者様の姿を人々が見たら、きっと盛大に幻滅するだろう。


「怪物って……また訓練に誘われたんでしょ?」

「あれは訓練なんかじゃありませんよ! ボクが何度嫌だと言っても無理やり戦いを挑んでくるんです!」

「それだけシオン君の強さを認めているってことじゃないかな」

「ボクは強くなんかありません! なのにもう……は!」


 私より先に、シオン君は気配を察知して振り返る。

 騎士団隊舎の扉を豪快に開き、一人の大男が姿を見せる。右手には木剣を握り、シオン君を見つけた彼は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 その姿、表情は確かに、獲物を見つけた飢えた獣のようだと思った。


「やっと見つけたぜ! シオン!」

「ひぃい! 来ないでくださいよ!」

「やっぱりカイジンさんだったんだ」


 この大柄で筋肉質な男性はカイジン。

 見た目は野蛮な人に見えるけど、彼も一応は騎士団に所属している騎士の一人だ。といっても、彼は純粋な騎士ではない。

 形式上、騎士団に席が用意されているというだけで、彼自身は騎士じゃない。

 彼との出会いは、殿下とシオン君と一緒に赴いた盗賊退治だった。

 大規模な盗賊退治の任務に向かった私たちは、たった一人で盗賊と戦い圧倒していたカイジンと出会った。

 悪い盗賊たちを倒してくれているのだから、カイジンは悪い人ではないだろう。

 ただ、善意から盗賊を倒していたわけじゃなかった。

 彼の目的は強くなること。それ以外のことはどうでもよくて、盗賊と戦っていたのも、自分の腕を試せる相手を探し求めていたからだった。

 そんな彼が実は辺境の貴族の出身だったり、一緒に遺跡探索に向かう仲間になるなんて、出会った直後は思いもしなかった。

 短い時間だけど関わって、彼がどういう人間なのかわかるようになって、彼に対する恐怖や不安は一切なくなっていた。


「お、メイアナじゃねーか」

 臨戦態勢だったカイジンが、私に気づいて剣を降ろす。その隙に、シオン君は私の後ろに隠れるように回った。

「なんだ? お前も朝練でもしに来たか?」

「いえ、皆さんに挨拶をしに来ただけですよ」

「はっ、毎朝欠かさず挨拶にくるって、お前も律儀な奴だな」

「たくさんお世話になっていますから。それに、シオン君たちの様子も見に来たんです」

 私は後ろに隠れているシオン君に視線を向ける。

「わ、わざわざ毎日来てくれて、ありがとうございます」

「ううん、私もみんなと話すのが楽しいから」

「そ、そうですか」

「おい、シオン。いつまでメイアナの後ろに隠れてやがるんだ?」

「ひぃ! せ、せっかくメイアナさんが来てくれたんですよ? もっとお話でもしましょうよ!」

「あん? んなもん戦いながらでもやれんだろうが! むしろ剣で語ったほうが手っ取り早い時もあるんだぜぇ?」

「や、野蛮すぎる……」


 戦いたくないシオン君と、シオン君と戦いたいカイジンの追いかけっこは今も続いている。私を中心にぐるぐる回り、シオン君が逃げ、カイジンが追いかける。

 目の前でやられると、目が回りそうになるからやめてほしい。


「ったくてめぇは! 毎日毎日逃げやがって!」

「こっちのセリフですよ! 毎日ボクばっかりに訓練相手を頼まないでください! 他にもいっぱいるじゃないですか!」

「あん? 馬鹿かよてめぇは! 訓練だろうが強い奴と戦わなきゃ意味ねーだろ?」

「つ、強い人ならいるじゃないですか」

「あのなぁ、剣でお前より強い奴なんざ、騎士団にはいーねんだよ」


 乱暴な口調だけど、カイジンはシオン君の実力を高く評価している。強さを求めて家を飛び出し、戦い続けてきた彼が、殿下の下で働いている。

 魔神への興味もあるだろうけど、それ以上に、自分と対等に戦える存在を見つけられて、彼も嬉しいのだろう。

 私にはそういう感覚はわからなかったけど、カイジンの戦う姿を何度か見ていると、何となくわかるようになってきた。


「おら、さっさと剣を抜きやがれ」

「う、嫌です」

「まだ言いやがるか! だったら力づくだ!」

「ひぃ! 乱暴はダメですよ! というか他の皆さんも見ていないで助けてくれませんか!」


 周りには見物人の騎士たちが集まってきていた。

 いつものことだから、私もあまり気にしなくなっていた。シオン君が助けを求めるも、騎士たちは笑って首を振る。


「ムリムリ。お前以外相手にならないって」

「頑張れシオン。ここから応援しているからなー」

「薄情者しかいない!」

「うだうだ言ってねーでかかってこい!」

「誰でもいいから代わってくださいよー!」


 シオン君は涙目になりながら走り回っている。カイジンの身体能力は獣並で、逃げるだけでも簡単じゃない。

 弱腰だけど、逃げ続けられていることはシオン君の身体能力の高さを物語っていた。

 もっとも、身体能力でカイジンには勝てない。

 本気になったカイジンが、シオン君を捉える。


「捕まえたぜ」

「うぅ……なんでボクばっかり……」

「嫌ならいいぜ? そん時は――」

 カイジンが視線を向けたのは私だった。

「仕方ねぇ。別の奴に相手をしてもらうしかねーな」

「――!?」


 シオン君もカイジンの視線に気づいたらしい。

 彼が拒否し続けるななら、シオン君ではなく私と戦うつもり、という意思表示だった。

 ただ、直接目を合わせている私には伝わっている。カイジンが本気で、私と戦うつもりがないことを。

 あくまでシオン君を挑発するための演技だった。


「それはダメです」

「へぇ、だったらどうするんだ?」

「……はぁ、もう……」


 諦めたようにため息をこぼし、シオン君が聖剣を抜いた。


「一回だけですよ」


 シオン君の視線が、雰囲気が一変する。普段は頼りない彼だけど、一度聖剣を抜けば、立派な勇者の風格を纏う。

 カイジンは歓喜したように笑みをこぼし、木剣を投げ捨てる。


「よこせ!」


 観戦している騎士の一人が、どこからかカイジンが愛用している大剣を担いで持ってきて、カイジンに投げ渡す。

 ここまでお決まりの流れ過ぎて、観戦する騎士たちも段取りを理解していた。

 大剣を握ったカイジンは嬉しそうに笑みを浮かべながら、聖剣を構えるシオン君と向かい合う。


「手加減するんじゃねーぞ? 怪我するぜ」

「こっちのセリフですよ」


 こうなったらもう、後は落ち着くまで戦うだけだ。

 私の声も、観戦する騎士たちの存在も、今の彼らには届かないだろう。


「さてと、私はそろそろ行こうかな」


 挨拶は終わったし、いつものやり取りも見ることができた。満足した私は二人に背を向けて歩き出す。

 背後で剣と剣がぶつかる音が響いていた。

 本日は晴天。いつも通りの日常を感じながら、私は殿下がいる執務室へと向かう。

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