42.兄として胸を張る
私は一人、騎士団隊舎から王城へと向かって歩く。
道中で宮廷を通るのが近道だけど、会いたくない人が多いから、あえて遠回りを選ぶ。
「二人とも大丈夫かな」
私が目を離した隙に戦いを始めたり……はしないかな?
最初のころは何度かあったけど、注意してから減っている、気がする。
私がいないと止める役がいないから、できれば帰ってきてから始めてほしい。
二人もさすがにわかっていると思いたい。
なるべく早く戻れるように、私は速足で王城へと向かった。
王城へ入り、廊下を歩いていく。
一か月前は病室で療養していた殿下も、今はかなり回復して自室に戻っている。
もうすっかり傷は治り、動けるようにもなった。
二人と同じで、定期的に見張っていないと無茶をしてしまう。
私は陛下に頼まれていた。
殿下が一人で無茶をしないように、しっかり見張ってほしいと。
その責務を果たすため、私は今日も殿下の下へ。
「――!」
急いでいた足がピタリと止まる。
私の前には殿下が姿を見せた。
もっとも、私が会いに行こうとしたアレクトス殿下ではなく……。
もう一人のお方だ。
「リージョン殿下」
「メイアナ、少し時間を貰えないか?」
殿下の様子を見に行かないといけない。
私はアレクトス殿下の直属だから、リージョン殿下の命令を無視することもできる。
断ってもよかったのだけど、なんとなく……。
「……はい」
少しくらいなら話してもいいと思えた。
私たちは場所を移す。
人通りが多い廊下の真ん中からずれて、誰も使っていない部屋へと。
王城は広く、使っていない部屋はたくさんあった。
リージョン殿下は窓際に移動して、私は扉側に立つ。
彼とこうして会うのは一か月ぶり、あの力比べの時以来だ。
偶然なのか意図的か、廊下ですれ違ったりすることも一切なかった。
だから驚いている。
まさかリージョン殿下から話しかけてくるなんて。
「アレクに会いにいくところだったのか?」
「はい」
「……そうか」
「……」
気まずい。
会話が続かない。
元より交流があったわけでもないから、私から話すこともない。
リージョン殿下から声をかけたんだ。
何か話したいことがあるとは思うし、ふざけている雰囲気もない。
ただ、言葉に出していいのか迷っているように見えた。
沈黙が続く。
私は案外、静かすぎる間が苦手らしい。
何か話せることはないか、と考えていたら――
「アレクの容態はどうなんだ? もう回復したのか?」
リージョン殿下のほうから質問してくれた。
たぶん、聞きたかったことがアレクトス殿下のことなのだろう。
彼は質問した後すぐに目を逸らす。
「リージョン殿下は、お見舞いには行かれないのですか?」
「は? なぜ俺が見舞いなんて」
「でも……」
明らかに心配している。
私を呼び止めた時からずっと、初めて言葉を交わした飄々とした雰囲気もない。
暗く落ち着いた様子で、一度も笑わない。
「心配なら、ご自身で会って確かめてみてはいかがですか?」
「勘違いするな。あの傷は俺を勝手に庇ったせいだ。これで回復しなかったら俺のせいになる。それが心配で聞いただけだ」
「……」
わかりやすく言い訳を口にする。
自分のせいで怪我をさせてしまったから、会いに行くのも躊躇っている?
意外と繊細というか、本当にアレクトス殿下のことを心配しているんだ。
いがみ合っているだけかと思っていたけど、そうじゃない?
「まったくあいつは! 頼んでもいないのに勝手に……自分が死んだらどうするつもりだったんだ。それじゃ母さんと同じ……!」
リージョン殿下は独り言を途中で止める。
母親の死の真相を知る者は少ない。
公には病死とされている。
私の前で母のことを感情的に語ってしまった彼は、バツが悪そうに目を逸らす。
「それで? 回復しているのか?」
「はい。順調に回復されて、もう傷はほとんど完治しております」
「――そうか」
顔を背け、窓を見つめる。
チラッと見えた横顔が、どこかホッとしているように見えた。
静寂を挟み、リージョン殿下は歩き出す。
「聞きたいことは聞けた。時間を取らせたな」
彼は毅然とした態度で歩き、私の隣を通り過ぎて扉から出ようとする。
私は、陛下から聞いて王妃様の死の真相を知っている。
幼いアレクトス殿下を守り、暗殺者に殺されてしまった。
その出来事が、今のアレクトス殿下を形成している。
なら、リージョン殿下は?
当たり前のことだけど、リージョン殿下のお母様でもある。
母を亡くし、何も感じないわけがない。
もしかして、彼がアレクトス殿下に強く当たるのは、母を失った悲しみから……?
何となく違う気がした。
リージョン殿下はアレクトス殿下を恨んでいるわけじゃないと思う。
いや、むしろ逆なんじゃ……。
「死んでほしくないから、アレクトス殿下に挑んだんですか?」
「――!」
扉に手をかけたリージョン殿下がピタリと止まる。
私の妄想に過ぎない。
真実はわからない。
けれど、もし本当にそうだとしたら……。
「ふっ、何を馬鹿なことを……俺はアレクが気に入らないから勝負をしかけただけだ」
「……」
「弟の前で胸を張れない兄など、兄とは呼べないだろう」
「――それって」
ガチャリ、と、扉が閉まる。
最後の一言に、リージョン殿下の心が宿っている気がした。