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40/50

40.私はここにいます

「完治まで一か月、だそうです」


 力比べが終わり、みんなで私の研究室に集まっていた。

 宮廷の医師から聞いた殿下の容態を、シオン君とカイジンに伝える。

 右腕の火傷は酷く、今は動かすことも難しいそうだ。


「くそっ、勝ったのに釈然としねーな」

「す、すみません」

「てめぇがなんで謝るんだよ」

「ボ、ボクが先に動いていれば、殿下が怪我をしなかったかもしれないですから」

「あん? そんなことすりゃ、てめぇが大火傷を負ってただけだろうが。状況は変わんねーよ」


 カイジンの言う通り、誰が犠牲になってもおかしくなかった。

 ただ、迷わず最初に動いたのは殿下だったというだけで。

 幸いなことに、リージョン殿下に怪我はなかった。

 炎の全てをアレクトス殿下が抑え込み、衝撃も自身で肩代わりした結果だ。


 ちなみにカイジンと騎士団長の戦闘は継続していたらしい。

 騎士団長も魔導具を駆使し、怪物のごときカイジンを一人で抑え込んでいたとか。

 どちらも普通の人間じゃない。

 カイジンは最後まで決着がつかず、悶々としていた。


「んで、助けられた王子のほうは? ちゃんと負けを認めたんだよな?」

「そう聞いています」

「さ、さすがにこれで認めなかったら……人としてどうかと思いますよね」


 暴走を身を挺して救ってくれた弟に、何も思わない薄情者ではなかったということか。

 あの時、助けられたリージョン殿下の表情は、後悔に染まっていた。

 

「しっかしよぉ、あいつも無茶するよな。下手したら死んでたって話じゃねーか」

「……殿下はたぶん、死ぬことが怖くない、のかもしれません」

「あん?」

「あ、あくまでそう見えただけです。あの瞬間、殿下は躊躇していませんでした。自分が傷つくことに関心がないというか……どうでもいいと思っているみたいで」


 シオン君が小さな声でそう語る。

 どうなってもいい……確かに、私にもそう見えた気がする。

 自分が大けがを負っているのに、無傷なリージョン殿下を心配する様子は、どこか異常さを感じた。


「無鉄砲ってだけじゃねーか。つーか探索はどうなるんだよ」

「一か月後に始める、と聞いています」

「かー、それまで暇かよ。何して時間潰すかな~ おいガキ、ちょっと遊べよ」

「い、嫌ですよ」

「なんだと?」

「ひぃ! ごめんなさーい!」


 シオン君は涙目で逃げ出した。

 それをすかさずカイジンが追いかける。


「待てこら! 暇つぶしにオレと戦えやー!」

「だから嫌なんですよー!」

「あははは……」


 あの二人を見ていると、少しだけ落ち込んでいた気持ちが軽くなる。

 

「殿下……」


 確か医務室で治療を受けていると聞いた。

 なんとなく、様子が見たくなった私は医務室を目指す。

 研究室の扉を開けると、意外な人物と遭遇する。


「メイアナ」

「へ、陛下!」


 廊下に出ていきなり国王陛下と出くわす。

 私はびっくりして変な声を出し、慌てて頭を下げる。


「よい。少し雑談をしに来ただけだ」

「は、はい……えっと……」

「アレクトスのところへ行くつもりだったか?」

「――! はい」


 私がそう答えると、陛下は優しい目をする。


「事情はリージョンから聞いておる。あの子も少しは反省したようだ」

「そう、でしたか」


 リージョン殿下が……。


「メイアナよ、君からアレクトスはどう見えた?」

「え? どう、とは……」

「危なっかしいと思わなかったか?」

「それは……思いました」


 私はシオン君の言葉を思い出す。


「自分のこと……どうなってもいいと考えてるみたいだと……」

「その通りだ。アレクトスは、自分のことを軽く考えておる」


 陛下が断言する。

 驚き目を丸くする私に、陛下は続けて言う。


「あの子の母親……妻は、視察の帰り道に暗殺された」

「え……」

 

 言葉を失う。

 現国王の妻は、病死したと世間では広まっている。

 それが事実だと私も思っていた。


「ほ、本当なのですか?」

「ああ、その場には小さかったアレクトスもいた。強い雨が降る日……襲撃を受けて母が殺される様を、アレクトスは隠れて見ていた」


 ごくりと息を飲む。

 幼い殿下はお母様の指示で隠れていた。

 恐怖で声も出せず、無残に殺される様子を見ているしかできなかったという。

 想像するだけでぞっとして、怖くなる。

 そんな過去を、殿下は持っている。


「その日以来、あいつは強くなった。元々才能はあったがな……今や王国最高の魔術師だ。だが、あの子を突き動かすのは、雨の日の後悔。守れなかった自分の弱さ、不甲斐なさへの怒り……」

 

 陛下は続けて言う。

 悲しくも暖かな視線を向けて。


「あの子は、誰にも死んでほしくない。傷ついてほしくない。そのためなら自分が犠牲になればいいと、本気で思っておる」

「そんな……」

「ワシも止めた。何度も言い聞かせた。だが、変わらなかった。あの子は今も、母を助けられなかった後悔に取り憑かれておる」


 以前、シオン君が心の話をしてくれた。

 殿下の心は雨が降っていて、その奥に何かがある。

 何か、まではわからないと。

 きっとそれは、雨の日に助けられず、隠れていることしかできなかった幼い殿下自身だ。

 

「……どうして、その話を私に?」

「君は少し、ワシの妻に似ている。雰囲気がな」

「私が、ですか?」


 陛下は小さく頷く。


「あの子が君を選んだのは実力もあるが、無意識に目で追っていたのかもしれん。だから、すまんがあの子のことを頼む」

「……私に、何かできるのでしょうか」

「わからん。ただ、声をかけ続けてほしい。なんでもよい」

「声……」


 何と声をかければいいのだろう。

 暗くて悲しい過去を、私なんかがどうこうできるはずもない。


 陛下は私にその話をして去って行った。

 お忙しい中で、わざわざ私に話を聞かせるために立ち寄ってくださったのだろう。

 私は深々と頭を下げる。

 そして、歩き出す。


 向かったのはもちろん医務室だ。

 殿下の部屋の前にたどり着き、深呼吸をする。

 まだ、何を言えばいいのかわからない。

 ただ無性に、殿下の顔が見たくて、扉をノックする。


「誰だ?」

「メイアナです」

「ああ、入っていいぞ」


 許可を得て、扉を開ける。

 冷たく湿った風が吹き抜ける。

 奇しくも今日は、雨が降っていた。

 医務室のベッドで座る殿下と視線が合う。


「よく来てくれたな。見舞いか?」

「はい」

「そうか。すまないな。俺がこんなザマで、一か月も待たせることになる」

「いえ、殿下のお身体のほうが大事ですから」

「……そうでもないさ。俺より、みんなが無事でよかったよ」

 

 自分なんてどうでもいい。

 そう、言いたげな横顔を見せる。

 

 雨は嫌い。

 

 以前に口にした意味を改めて理解する。

 今日は雨が強い。

 きっとこんな日に、殿下はお母様を亡くしたんだ。

 もう二度と、誰かに死んでほしくないから強くなった。

 自分を犠牲にしてでも、守れるように。

 そんな彼に、私が言えることはなんだろう。


「殿下」

「なんだ?」

「――私は、ここにいますから」


 殿下の傍らで、傷だらけの手に軽く触れる。

 考えはまとまっていない。

 けれど、不思議と胸の奥からこの言葉が現れた。


 私はここにいる。


「メイアナ……?」

「無茶はしないでください。無茶するなら、私もお手伝いします。私も、殿下をお守りします」


 陛下が言っても変わらなかったんだ。

 私が止めたところで無意味だろう。

 なら、私も一緒に行く。

 危険な場所へも、怖いところだって関係ない。

 殿下が行くなら迷わない。

 それだけが、今の私にできること。

 殿下に救われた私が、今度は殿下を守るんだ。

 

「――母さん」

「え?」

「あ、いや、今のセリフ、死んだ母さんに似ていたんだ。私はここにいる。ずっと見てるからって、口癖だった」

「そう、だったんですね」

「ああ……」


 殿下は寂しそうに天井を見上げる。

 お母様のことを思い出させてしまった。

 余計なことを言ってしまっただろうか……。

 

「メイアナ」


 いいや……。


「ありがとう」


 間違っていない。 

 殿下が私に向けてくれた笑顔を見て、そう思えた。

 

 私は強く思う。

 この人の笑顔を、私が守れるようになりたい。

 殿下の信頼に応えられる魔術師であり続けたい、と。

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[良い点] 面白いですー!一気見しちゃいました…続きどこー状態です( ; ; )
[気になる点] ここまで読んでもわからなかった。姉ちゃんの婚約者が二人いる謎、なぜみんなスルー?説明して作者さーーーん!どういうこと?重婚が当然の世界?当主はなぜ納得???
[良い点] あらすじが新鮮。展開が想像できない。。
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