39.私のせいにしないで
「私の……せい?」
何を言っているの?
「あんたが頑張るから……私まで頑張らないといけないんじゃない」
「何を……」
「なんで! なんであんたばっかり!」
感情的になり、言葉が単調になっている。
私には彼女が何を伝えたいのかわからなかった。
伝わるのは、私に対する怒りだけ。
「何を……そんなに怒っているの?」
「わからないの? あんたがいなくなってから私がどれだけひどい目に遭ってるのか!」
「ひどい……目?」
まさかフェレス家で何か……。
私がいなくなったことで、私に対してされていたことがお姉様に?
その予想はしていたけど、本当にそうなら同情するけど。
「あんたが成果を上げる度に小言を言われるのよ。レティシアも何かないのか。早く新しい成果を見せなさい。宮廷での働きも監視されてる。ちゃんと仕事を終らせても、一秒でも時間がかかると怒られるのよ」
「え……」
「全部あんたがいなくなったから! ノーマン様もジリーク様も、声をかけてくれるだけで助けようとはしてくれない。誰も、私一人……」
「……」
お姉様が何に怒っているのか、ようやくわかった。
わかった上で、私は言い放つ。
冷たく、冷めた声で。
「それだけ?」
「え……?」
正直な感想を言おう。
もっとひどい目に遭っていると思っていた。
心配した。
体罰とか、監禁とか。
そういうことをされても不思議じゃないほど、私は両親を煽ったから。
けれどなんてことはない。
彼女が訴える全てのことは……。
「そんなのずっと、私がされてきたことだよ」
「――!」
驚くこともない。
だって全部、知っている。
「会う度に小言を言われたり、無視されたり、誰も助けてくれなかったり。いつも比べられて、罵倒されてきた……知ってるよ。どれだけ辛いか」
私が何年も耐えてきたことだ。
だからこそ、冷たくてもハッキリと言う。
「それも、お姉様が私にしていたことなんだよ」
「――私は……」
「優秀なら、何をしてもいいと思ったの? 周りが言うから、強く当たっても怒られないから、ストレスのはけ口にしていただけでしょ?」
「それは……」
ああ、意地悪だ。
こんなにも苛立ち、感情を制御できないことがあるんだ。
なまじ心配なんてしたせいで、余計にイライラする。
彼女は反省していない。
私にしてきたことを後悔も、間違っていたとも考えていない。
ただただ、今の扱いを私のせいにして怒っている。
「勘違いしないでよ、お姉様。私のせいなんかじゃなくて、お姉様が期待に応えられていないだけでしょ?」
「……メイアナ……」
「悪いのは私じゃない。目を背けているのは、お姉様だよ」
「……あんたはっ!?」
声を荒らげた直後、お姉様は意識を失い倒れ込む。
緩やかに寝息を立て、地面で寝そべる。
「やっと効いてくれた」
私は最初から、ルーンストーンを各所に配置している。
お姉様の近くにも一つあった。
【ᛞ(ザガス)】のルーン。
有する意味は、昼、日。
拡大解釈によって、穏やかな昼は眠気を誘う。
興奮しているせいで時間がかかったけど、上手く眠りを誘えた。
これでもう、援護はない。
「殿下!」
「よくやった!」
「くっ、レティシアめ、妹に負けたのか」
お姉様が眠ったことで、明らかに魔剣の出力が落ちる。
操る炎の量が半減した。
「ここまでです。兄上」
「……まだだ」
勝負はついた。
誰もがそう思う中で、リージョン殿下は諦めない。
「俺はまだ負けていない!」
気持ちだけで魔剣を握りしめる。
でも、それがよくない。
魔剣は強力な武器だけど、リスクもある。
感情の高ぶりに呼応するように、魔剣が燃え上がる。
「ぐ、あ……」
「兄上!」
魔剣の暴走が始まる。
支えを失い感情のままに力を振るおうとすれば、必ず暴走する。
魔力の制御はおろそかになり、力を垂れ流す。
「リージョン殿下」
「暴走?」
ノーマン様とシオン君も交戦を中断した。
それどころではない。
暴走を放置すれば、使用者を焼き尽くすまで止まらない。
「魔剣を手放してください! 兄上!」
「は、はなれ……ない」
完全に制御を失っている。
今すぐに魔剣を取り払うか、無理矢理炎を止めるしかない。
ルーンの中に、炎を鎮める力はある。
「私が――」
声に出す前に、動き出した人がいた。
一切の躊躇なく、燃え上がる魔剣を掴んだのは……。
「殿下?」
アレクトス殿下だった。
超至近距離で冷却の魔術を発動させる。
炎ごと氷で覆い、暴走を鎮める。
冷気と蒸気が入り混じり、周囲へ拡散された。
殿下は無事か?
私は慌てて二人のもとへ駆け寄り、蒸気が消えた先で姿が見えてホッとする。
「殿下! よかった。ご無事……」
炎を抑えた殿下の右腕は、肩から指先までひどい火傷を負っていた。
「怪我はありませんか? 兄上」
「アレク……お前……」
自分のほうが重傷だというのに、敵対した者の心配をする。
肉親とはいえ、異常な光景を目の当たりにした。
こうして、意図しない形で力比べは決着する。
私たちは、一応……勝利した。
だけどちっとも、嬉しくない。
この戦いで得たものは、殿下のひどい火傷だけだ。






