38.兄弟と姉妹の対立
カイジンが周囲に視線を向ける。
無防備に見えて周囲の警戒を怠らず、付け入る隙を見せず。
「やっぱあんた一人か。他の奴らはみんな攻めに行っちまったんだな」
「そちらは逆に、貴様一人か?」
「おうよ。誰が相手だろうとオレ一人で十分だからな!」
「慢心が過ぎるぞ」
「そいつはやってみりゃーわかるぜ!」
カイジンが背中から大剣を抜く。
すかさず飛び掛かり、タワーではなく騎士団長に斬りかかる。
騎士団長も腰の剣を抜き、左手には盾を構える。
二人の戦いが始まった頃、アレクトス陣営でも攻防が始まる。
◇◇◇
殿下が予想した通りの配員。
リージョン殿下とノーマン様が先行し、後方にはお姉様が杖を持って構える。
お姉様は魔術師として優秀だけど、戦闘は得意じゃない。
持っている杖も、補助効果の射程距離を広げるための魔導具だ。
「ノーマン卿、作戦通り頼むぞ」
「お任せください」
最初に動いたのはノーマン様だった。
すでに術式を発動させ、私と殿下の眼前から消える。
転移系の魔術を発動させた。
しかし狙いはタワーへの接近ではなく、タワーを守る彼の元へ。
「え、えぇ! なんでボクの前にきたんですか!」
「君が一番やっかいだからだよ。大人しくしてもらおうか」
ノーマン様の狙いはシオン君だった。
彼が聖剣を抜く前に無力化する算段なのだろう。
聖剣を抜く前のシオン君は気弱で、身体能力も並以下。
宮廷魔術師であるノーマン様なら十分に倒せる。
ただし、聖剣さえ抜けば――
「……一手遅かったようだね」
彼は最強の勇者だ。
「アイスカーテン」
奇襲に失敗したノーマン様はすかさず方針を変更する。
シオン君と自身を囲う氷の壁を生成。
私たちとの分断を図る。
意図を察したシオン君がノーマン様を無力化するために前進する。
しかしそれも読まれていた。
ノーマン様の周囲の地面には地雷の術式が埋まっていた。
一歩踏み入れた瞬間、地面は光り爆発する。
「シオン君!」
「心配はいらない。聖剣を抜いたあいつは、誰にも負けない」
殿下の言葉に応える様に、煙の中から無傷のシオン君が顔を出す。
地雷にも耐えるシオン君に、ノーマン様もわずかに焦りを見せている。
ホッとする私に、殿下が言う。
「集中しろ。こっちも来るぞ」
「はい」
「そうだ。集中したほうがいいぞ」
眼前で迫るリージョン殿下が剣を抜いている。
しかも一目でわかる。
あれはただの剣ではなく、魔導具……いや、魔剣の類だと。
アレクトス殿下から聞いているリージョン殿下の実力。
剣士としても強く、魔術師としても一流。
目立たないだけで決して弱くない。
「燃え盛れ、サラマンダー」
彼が手にしているのは炎の魔剣らしい。
剣先から圧倒的な火力の炎が燃え上がる。
森を燃やし尽くしそうな勢いだけど、ちゃんと制御されている。
森の木々には一切引火していない。
「兄上は俺が止める。メイアナ、君はタワーの防御とレティシア・フェレスを頼む」
「はい」
そう言い、殿下が魔術を発動させる。
氷を降らせる魔術でけん制し、リージョン殿下の注意を引く。
「ぬるい攻撃だ。もっと本気で来い」
「わかっています」
リージョン殿下は魔剣を振るい、アレクトス殿下に接近する。
しかしアレクトス殿下はそれを許さない。
氷と風の術式を併用し、凄まじい嵐のような冷たい風を生成、リージョン殿下の動きを鈍らせる。
そこへすかさず、初手の氷の術式を発動。
躱せないリージョン殿下は魔剣の炎で防御する。
「チッ」
「兄上は俺に近づけません」
剣術の上ではリージョン殿下が上。
ただし、魔術師としての実力は、アレクトス殿下が圧倒的に上だ。
総合的な実力も、アレクトス殿下に軍配が上がる。
常に騎士団と共に最前線に立っていた王子と、訓練だけで腕を磨いた王子。
経験値の差は歴然だった。
「あまり俺をなめるなよ、アレク」
苛立ちを見せるリージョン殿下は引くつもりはない。
魔剣の炎は火力を増し、空を覆うほどに広がる。
「降れ、炎の雨!」
無数の火球が降り注ぐ。
咄嗟に殿下が魔術の障壁を展開するが、一部が間に合わずタワーに届く。
「メイアナ!」
「はい!」
こんな時のために私がいる。
すでにタワーの周囲には、ルーンストーンをいくつも配置してある。
炎には水だ。
「【ᛚ(ラグズ)!】」
周囲に水はない。
だから代わりに、殿下が魔術で作った氷の塊を利用する。
ルーンの発動により氷は水へと変化し、薄い膜を空に展開する。
降り注ぐ火球の雨は水の壁に阻まれる。
「へぇ、やるじゃないか」
「兄上」
「――!」
一瞬の隙をつき、殿下が地面から茨の鞭を生成し、リージョン殿下の足を拘束する。
「くっ、こんなもの!」
「よそ見をしている暇はありませんよ、兄上」
二人の王子が激戦を繰り広げる中、私は自分が向き合うべき相手に視線を向ける。
「お姉様……」
殿下曰く、リージョン殿下は魔術師として一流だけど、魔力量は心もとない。
その彼が、魔剣をあれだけの出力で使えている。
理由はおそらく、後方で支援するお姉様だ。
杖によって拡張された効果範囲で、リージョン殿下を支えている。
だから私が、お姉様を止める。
「【ᛊ(ソウェル)】!」
太陽のルーン。
光を収束し、純白の砲撃がお姉様に発射される。
狙いは足元、退けて遠く離れてくれたらそれでいい。
効果範囲から出てくれれば……。
「リフレクション」
しかし簡単じゃない。
光は光ではじき返される。
反射した光の砲撃は巨木をなぎ倒す。
「……あんたのせいよ」
「お姉様?」
ギリギリ声が聞こえる距離。
微かに彼女は呟いた。
酷く睨んだように私を見ながら。






