35.勧誘、するの?
盗賊の掃討作戦から二日後。
騎士団が事後処理に追われる中、私は殿下と一緒に食堂にいた。
お皿が運ばれる音。
咀嚼の音と、食べ物が喉を通る音。
食事の音がこれ見よがしに聞こえる中、私たちは豪快に食べる彼のことを見ていた。
「美味いなこれ! 無限に食えちまえそうだぜ!」
「無限にはやめてほしいな。俺たちの分がなくなるから」
殿下は呆れてため息をこぼす。
一時はバチバチに敵意をぶつけ合った相手の前で、無防備に食事を頬張る。
この姿を見ていると気が抜ける。
戦っている時は猛獣、怪物みたいだったけど、今はなんというか……犬?
「ぷはー! 食った食った。大満足だぜ」
「それはよかった」
「おう、ありがとよ。つーか王族だったのかよ。どぉーりで目立つ格好してんなと思ったぜ」
「気づいてなかったのか。騎士団も一緒だったのに」
「あれが騎士団か、へぇ……」
「こいつ……もしかしてバカなんじゃ……」
ぼそっと殿下の口から呆れと一緒に気持ちが漏れていた。
私もちょっぴり思ってしまったから否定はしない。
「お前、名前は?」
「オレはカイジンだ」
「あんなところで何をやってたんだ?」
「見てわかるだろ。盗賊がいるって言うからぶっ倒してたんだよ!」
「どうして?」
「んなもん、強くなるために決まってるじゃねーか」
当たり前だろ、みたいなどや顔を見せるカイジン。
殿下は面食らい、私も理解できずに困惑する。
「つまりなんだ? お前は、修行的な理由で盗賊を倒してたのか?」
「修行じゃなくて殺し合いだ! 生ぬるい戦いじゃ成長できねーからな。つっても、どいつもこいつも雑魚ばっかで退屈だったけどよぉ」
カイジンはため息をこぼしながらやれやれと首を振る。
彼は長く旅をしているらしい。
当てもなくいろんな土地をめぐり、偶然盗賊の噂を聞いてアジトにたどり着いたとか。
どこから来たのか殿下が尋ねると、彼はあっけらかんとして言う。
「北のほうだったかなぁ。適当に歩いたから方向もイマイチ覚えてねーよ」
強くなるために戦いを求め、敵を求めてさまよう。
武者修行、のようなものをしていたらしい。
そこまでして強さを求める理由が気になる。
「どうして、そんなに強さを求めているんだ?」
同じことを考えたのだろう。
殿下が尋ねた。
するとカイジンはニヤリと笑みを浮かべて言う。
「男だからだよ」
彼は拳を握り、楽しそうな笑みを見せて続ける。
「男に生まれたなら誰だって目指すだろ! 最強ってやつをよぉ!」
自信満々に、得意げに語る。
中身のない理由を。
堂々と、何の偽りもなくシンプルに。
「お前やっぱり……」
「バ、バカですね」
「あん?」
「ひぃ、な、なんでもないです!」
ずっと殿下の後ろに隠れていたシオン君が、カイジンの話にツッコミを入れた。
睨むカイジンの視線に負けて、また殿下の背後に隠れる。
「おい、ホントにあの時のガキか?」
「ああ、シオンが勇者だ」
「勇者ねぇ……」
「普段はこんな感じだけど、戦いになれば強いぞ」
「そ、そんなことないですよ……」
消え入りそうな声で否定しているけど、シオン君の声はカイジンに届いていない。
「北か。出身はこの国じゃないのか?」
「いや、一応ここのはずだぜ」
「どこの……ああ、なるほどな」
殿下はカイジンの姿を見返して、何かに気付いたらしい。
少し意地悪な横顔を見せ、カイジンに尋ねる。
「お前、強くなりたいんだよな?」
「おう! 目指すは最強だ」
「なら、魔神に興味はないか?」
「殿下!?」
「ま、まさか……」
私とシオン君は息を飲む。
おそらく同じ予想が頭に過っただろう。
殿下の次の言葉はきっと……。
「カイジン、俺たちと一緒に遺跡に入らないか?」
「あん? 遺跡? なんださっきから魔神とかよぉ。わけわかんねー話しやがって」
「説明してもいいが、その場合は後に引けない。だから先に選んでくれ」
「選べってなんだよ。魔神なんて聞いたことがねーな。強いのか?」
「ああ、おそらく歴史上最強の敵だ」
比喩でも脅しでもない。
魔神の強さは人類史が証明している。
多くの犠牲を経て討伐することは叶わず、封印するしかなかった最強の敵。
そう、最強。
「――いいね。面白そうだ」
その言葉を聞いた途端、カイジンの目の色が変わった。
あくまで強くなるために。
彼は愚直にどこまでも、強さを求めているんだ。
「なら聞くか?」
「おう。話してくれよ」
殿下はカイジンに、遺跡についての情報を与えた。
どこの人間かもわからない。
信用しようがない相手を、どうして四人目に選んだのか少し不安だった。
その不安を見透かしたように、シオン君がぼそっと教えてくれる。
「だ、大丈夫だと思いますよ。あの人の心……ギラギラしてるけど、綺麗ですから。悪い人じゃ……な、ないと思います」
心の形は偽れない。
シオン君の目にそう見えるのなら、きっと悪人ではないのだろう。
「はっ、いいじゃねーかよ! 乗ってやるぜ」
「言ったな? もう覆らないぞ?」
「おう! その面子に加わってやるよ! 魔神てのが本当にいるかは微妙だが、あんたらは強い。強い奴のところには、もっと強い奴らが集まる。ここにいりゃ、オレはもっと強くなれそうだ」
「ははっ、ブレないな。けどおかげで、揃った」
殿下は拳を握る。
意図せずして見つかった四人目。
その正体もわからない。
殿下が決めた人で、シオン君も悪人じゃないと言っている。
それなら私は、二人を信じよう。