34.頭を冷やす方法
「お前……何者だ?」
「……」
目の前で繰り広げられる鍔迫り合い。
素人の私でもわかる緊張感に、騎士たちも様子を窺うしかできない。
「答えろよクソガキ。てめぇ、ただの人間じぇねーだろ?」
「お前に話すことは何もない」
「はっ! いいなその眼! ギラギラしててオレ好みだ!」
「いい加減――メイアナさんから離れろ!」
シオン君が大剣を弾く、
大きくよろめいた男の懐に入り、聖剣の柄で打撃を加えようとする。
しかし、シオン君の攻撃は躱された。
そのまま男は大きく後ろに飛び、距離をとる。
「なんだ今のふぬけた攻撃は! もっと殺す気でこいよ。じゃねーと楽しめねーぞぉ!」
「……」
男は大剣の切っ先をシオン君に向ける。
完全にシオン君に意識が向き、私への興味は無くなったように見えた。
シオン君も聖剣を構えて向き合う。
こうして見ると、頼れる勇者様という感じがする。
普段とは変わり、口調も強くなるのが特徴だ。
「どうしたよ。かかってこねーのか?」
「……ボクはここに、盗賊と戦いに来たんだ。お前じゃない」
「あん? この状況で腑抜けたこと言ってんじゃねーよ。てめぇは剣を抜いた。オレの攻撃を受け止めやがった。その時点でなぁ……殺し合いは始まってるんだよぉ!」
男は地面を蹴り、私の視界から姿を消す。
気づけば男はシオン君の眼前へ。
豪快に大剣を振り回し攻撃をしかける。
シオン君はこれに反応し聖剣で受け止めようとする。
が、受け止めたはずのシオン君が大きく吹き飛ばされてしまう。
「くっ……」
「シオン君が……」
押し負けた?
曲がりなりにも勇者で、聖剣を抜いたシオン君を力だけで吹き飛ばすなんて。
普通の人間に、そんなことができるとは思えない。
シオン君は吹き飛んだ先でバク転し、華麗に着地する。
そこへすかさず男は迫る。
片手で軽々と大剣を持ち上げ、振り下ろす。
シオン君は聖剣で受ける。
先の経験を活かし、接触した瞬間に刃の方向を変えていなした。
「はっ! 器用じゃねーか!」
今度はシオン君が聖剣で斬りかかる。
胴を狙うと見せかけて、足を取りに行く。
完全に虚を衝いた。
はずだった。
「っと、あぶねぇな」
「――!」
今の攻撃は素人目にも完璧に見えた。
相手の対応も後手。
シオン君が速いことは私も知っている。
その攻撃を後から動いて防いだのは……。
「すごい反応速度ですね。今の攻撃、当たると思っていました」
「はっ! あんなもん食らうかよ。てめぇ、いつまで手を抜いてやがる」
「ボクは全力です」
「嘘つくんじゃねーよ。終始余裕たっぷりな顔しやがって。どうやったら余裕をなくす? そこの女でも殺せば、本気になるか?」
チラッと、男が私に視線を向けた。
わずか一秒にも満たない視線に、背筋が凍る。
「――お前の相手はボクだ」
「いいな。最初からその眼を――」
「アイシクルランス」
突如、巨大な氷柱が男を襲う。
咄嗟に右に飛んで回避した男は、攻撃をしかけた魔術師を睨む。
「てめぇ……」
「彼女に手を出すつもりなら、俺も黙っていないぞ」
「殿下!」
男を攻撃したのはアレクトス殿下だった。
誰もが二人の戦いを見守り、介入することすらできない中、只一人割って入った。
「てめぇ魔術師かよ。今の凄いな。発動までまったく気づかなかったぜ! オレが見てきた魔術師の中でもトップクラスの腕だな、お前は」
「当たり前だ。この国で俺より強い魔術師は……いない」
そう、強く断言する。
過信ではない。
殿下が天才魔術師であることは、自他ともに認めている。
誰も異論を挟まない。
そして、男は笑みを浮かべる。
「いいなお前ら! 楽しめそうだぜ!」
歓喜する男と、殿下とシオン君が向き合う。
一触即発の空気が漂う中、私が意外にも冷静だった。
立て続けに驚くことが起き過ぎて、逆に思考がスムーズになる。
これ……このまま戦うの?
反対側の出入り口では盗賊と騎士団が戦っているのに。
盗賊を倒したってことは、この男の人も悪人ではないんでしょう?
それにもの凄く強い。
この三人が戦ったら、大けがで済まないんじゃ……。
私の中で止めないといけない、という結論が浮かぶ。
でも三人とも、私なんかよりずっと強い。
普通に声をかけても止まらない。
見るからに三人とも熱くなっている。
頭を冷やしてくれたら、もう少し冷静に……。
冷やす……氷、水?
「――あった」
ここは古い村の跡地。
今みたいに魔導具が浸透していない時代に作られた村なら、井戸がある。
枯れているかもしれない。
でも、完全に枯れておらず、少しでも水が残っていれば十分だ。
私はルーンストーンを握りしめる。
「行くぜ! オレを楽しませくれ!」
再び戦いが始まりそうになる。
それより先に、私はルーンストーンを井戸に投げ込んだ。
私の突然の行動に、全員の視線が向く。
「メイアナ?」
「――【ᛚ(ラグズ)】!」
【ᛚ】のルーンは水を生み、操る。
井戸の奥底にわずかに残っていた水に触れ、ルーンの輝きが増す。
轟音と地響き。
井戸の中から凄まじい音と共に、大量の水が吹き上がる。
「ごめんなさい!」
先に謝っておこう。
吹き上がった水は空で三つに分かれ、熱くなった三人の頭から降り注ぐ。
「ブブブブブ、な、ブ、何しやがるてめぇ!」
「メイアナさん?」
「いきなり何を……」
「お、落ち着いてください! 私たちの敵は盗賊です!」
私は勇気を振り絞り、大声で叫ぶように言い放つ。
殿下は目を丸くする。
シオン君も、ハッと気づかされたような顔する。
「……ぷっ、はははははっ!」
突然、緊張の糸が切れたように殿下が笑い出す。
こんなにも豪快に笑う殿下は初めて見た。
「で、殿下?」
「あー悪い。その通りだな、ああ、頭が冷えたよ。シオン! お前も剣を収めろ!」
「――はい」
二人から戦う意思が消える。
頭はちゃんと冷えたらしい。
「そういうわけだ。お前は盗賊じゃない。だから戦う理由もない」
「なんだよ、拍子抜けさせやがって。オレは戦う気満々……だ、あ、れ……」
「ん?」
「倒れましたね」
戦う気を一人失っていなかった男が、いきなりバタンと倒れた。
殿下とシオン君がゆっくりと近づく。
すると大きな音で。
ぐぅ~
と、お腹が鳴った。
「は、腹減った……」
「殿下」
「そうだな……盗賊を倒してくれたのは事実だしな。暴れないと誓ってくれるなら、たらふく飯を食わせてやるぞ」
「ま、マジか? じゃあ、頼む……」
血気盛んだった男はどこへやら。
空腹で一歩も動けない男に呆れる殿下とシオン君。
なんだかよくわからないけど、一件落着……したのかな?
この一時間後、盗賊の掃討作戦は終了した。
予定よりも三日早い終幕だった。
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