33.戦鬼
燃えるような紅蓮の髪。
同じくらい濃く赤い瞳がぎらついている。
身の丈ほどある大剣は血に染まっている。
見たところ当人に怪我はない。
鍛え抜かれた筋肉が露出し、切り傷の一つも見えない。
つまり、大剣についた血は盗賊たちの……。
「――お前がこれをやったのか?」
静寂を破り、殿下が謎の男に問いかける。
背後の騎士たちにも緊張が伝わる。
「そうだっつったらなんだよ。こいつら悪党だろ?」
「お前は違うのか?」
「おい、こんな弱っちい盗賊とオレが一緒に見えるのか?」
「どうだろうな」
男の表情に苛立ちが見える。
殿下はあえて煽っているようにも見えた。
会話で男の素性や立場を探っている。
周囲に盗賊たちの姿はなく、不意打ちをされる様子もない。
ただ男の背後、少し先から戦闘音が聞こえる。
男もそれに気づいたらしく、背後に視線を向ける。
「なんだよ。あっちで戦ってるのか」
彼はニヤリと笑みを浮かべ、戦いの音が聞こえるほうへ身体を向ける。
聞こえているのは騎士団の別部隊と盗賊の残党が戦っている音だ。
そっちへ向かおうとする男を、殿下の声が止める。
「待て」
「あん?」
「残りの盗賊は俺たちの別部隊が対処する」
「知るかよ、俺の獲物だ」
「わからないのか? 今行けば余計な混乱を生む。邪魔だから大人しくしていろと言っているんだ」
歩き出そうとした男を、殿下の力強い一言が止める。
男は苛立ち、殿下を睨む。
「てめぇ、オレに指図するたーいい度胸じゃねーか」
「初めて言われたな、そんなセリフ」
当たり前だろう。
王子に向かってあんなことを言うなんて……。
普通ならこの場で処罰される発言だ。
見たところ、彼は殿下が王族であることや、私たちが騎士団だと気付いていないらしい。
よほど王都から離れた場所から来たのか、それとも単に考える気がないのか……。
なんとなく後者な気がするのはなぜだろう。
「オレの邪魔するっていうなら容赦しねーぞ」
「俺たちに戦う気はない。終わるまで待っていてほしいだけだ」
「嫌だね。俺は戦いたいんだよ。お前、結構強そうだよな。こいつらよりマシそうだ」
男はついに殿下へ敵意を向けだす。
敵意を通り越して、これは殺気だろうか。
今まで感じたことのない寒気。
直接目を合わせていないのに、空気が凍りそうな感覚だ。
まるで、猛獣に睨まれた小動物のような……。
みんなの意識が二人に向く。
そんな中、私は彼の足元に目が行く。
わずか動いた。
死体……だと思っていた山の中に、生きている人がいる。
男の手にはナイフが握られていた。
危ない!
声が出るよりも先に、私の手はルーンストーンを握る。
刻印されている文字は【ᛁ】。
宿す意味は、雹。
この距離で、私の肩じゃルーンストーンは届かない。
だから私はストーンを真上に投げた。
「【ᛁ(イーサ)】!」
効果が発動すると同時に、ストーンの周囲に雹が生成される。
降り注ぐ雹は大剣の男を避け、足元でナイフを振りかざそうとした男の側頭部に直撃する。
「あ、ぐ……」
男はナイフを手放し、意識を失って再び倒れ込む。
ギリギリだけどなんとか間に合った。
ホッとする私に、大剣の男が視線を向ける。
「何だお前、今の攻撃は……」
それは敵意でも、悪意でもない、純粋な興味。
しかし興味の視線が、これほど狂気に満ちていると誰が思える。
寒気がした。
「いいなお前! 見たことない技だ! もっと見せろ!」
興味という名の殺意が私に向けられる。
端から見ていた感覚とまるで違う。
猛獣なんて生易しい生き物じゃなかった。
目の前にいるのは、怪物だ。
恐怖で足がすくみ、身体が動かない。
「速く見せろよ! それとも、こっちから攻めてやったほうがいいかぁ!」
「メイアナ!」
瞬間、眼前から男は消える。
あまりの速さは目で追えず、気が付く間もなく男は迫る。
大剣を振り上げる。
脅しではなく、本気で振り下ろすつもりだ。
殿下も間に合わない。
私自身は恐怖で固まっている。
生まれて初めて、自身の死を感じた。
「――!」
振り下ろされる大剣が、ギリギリで止まる。
男が止めたわけではない。
すんでのところで止めてくれたんだ。
「――させない」
普段はオドオドしていて頼りないけど、いざという時は頼りになる。
とても臆病な勇者は、聖剣を抜いていた。
「メイアナさんには指一本触れさせない」
「おいおい、あんまりオレをワクワクさせるなよ」
狂気に満ちた笑みを見せる男と、その攻撃を涼しい顔で受け止めるシオン君。
私は目の前で繰り広げられる光景に、ただただ驚くことしかできなかった。
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