32.作戦成功?
王都から二つ離れた街の外れに渓谷がある。
元は小さな村がいくつか連なり、人々が暮らしていた場所でもあった。
しかし魔物の数が増え、人間が安全に暮らせる場所ではなくなると、人々は安全な地へと移住した。
結果、古い建物や畑などだけが残った廃村となった。
魔物が今も多数生息しているため、一般人は決して近づかない。
だからこそ、盗賊たちにとっては恰好のねぐらとなった。
これまでの戦闘で捕らえた盗賊のメンバーから情報を聞き出し、アジトの場所を割り出すことに成功した騎士団は、大規模な盗賊退治を決行する。
一から十まである部隊のうち、六番隊までが参加する大規模作戦。
指揮するのは騎士団長ランスロットと、アレクトス殿下。
私は殿下と共に騎士団の四、五、六番隊を連れて現場へと向かっている。
「相手は盗賊なんですよね? 盗賊にこれだけの部隊を動かすことって普通なんでしょうか」
「いや、今回は特別だ。盗賊の中でも大きい組織で、長年王国を荒らしている連中だからな。ここで一気に片を付けたいんだよ」
目的の渓谷まで距離がある。
ギリギリ察知されない位置までは、馬と馬車を利用する。
私は殿下の隣を並走している。
貴族なら騎馬の方法も幼いころに学んでいるから、私でも馬には乗れる。
「シオンも馬くらい乗れるようになっておかないとな」
「す、すみません」
シオン君は馬に乗れない。
今も私の後ろに乗って、ぐっと体にしがみついている。
彼は子供で身長も低いから、足が届かないんだ。
「もう少し大きくなったら私が教えてあげるよ」
「ほ、本当ですか!」
「うん」
「ははっ、それがいいな」
これから盗賊退治に向かうというのに、我ながら落ち着いている。
殿下やシオン君、後ろには大勢の騎士たちが一緒にいるから、安心できているのだろう。
もっとも、後ろを進む騎士たちの雰囲気は重い。
危険な任務だから、という感じではない。
チラチラと殿下の後姿を見ては目を逸らしている。
「はぁ……まったく」
殿下は呆れてため息をついた。
なんとなく、殿下の考えていることがわかる。
そのまま駆け足で現場に向かった。
作戦地点の手前で止まり、盗賊たちに気付かれないように突撃準備を進めていく。
淡々と準備は進む。
しかしここでも重たい雰囲気が漂う。
緊張感とは違う空気だ。
「ふぅ、よく聞けお前たち」
そんな空気にしびれを切らした殿下が、騎士たちに向かって宣言する。
場所だけに大きな声は出せない。
「今回のことは気にするな。むしろお前たちを巻き込んだのは俺たちの事情だ。お前たちはただ、騎士としてやれることに集中しろ」
その言葉は優しく、殿下の表情は穏やかだった。
小さな声に耳を澄ませ、騎士たちは聞き入り、小さく頷く。
「わかったら申し訳なさそうな顔をするな。お前たちは悪くない」
トンと、近くにいた若い騎士の肩を叩く。
深刻そうな表情をしていた騎士も、殿下の言葉を聞いて表情が和らぐ。
彼らは等しく、殿下のことを信頼している。
だからこそ、殿下に力を貸せないことに後ろめたさを感じている。
殿下もそれをわかっているから声をかけた。
戦いの前に、余計な憂いはあってはならないと。
「よし、準備が終わり次第突撃する。俺たちが担当するのはアジトの南側だ。この渓谷の出入り口は大きく二か所しかない。そこを塞ぐぞ」
殿下が騎士たちに指示を出している。
私とシオン君は邪魔にならないように、殿下の後ろで待機する。
今回の作戦に私たちは頭数として入っていない。
だから私たちの役目は、殿下の補助だ。
殿下の役目は魔術による攻撃支援。
その殿下に危険が及ばないように、私たちが守る。
私も微力ながらお手伝いできるように、予めルーンストーンを作ってきた。
シオン君も……。
「ぅう……これから戦うのかぁ」
頼りなさげだけど、聖剣を抜けばたちまち勇者の姿になる。
これほど頼れる味方はいない。
だから不安はなかった。
少しでも早く終わらせて、四人目を探す。
「進むぞ」
殿下が指示し、騎士たちと共にアジトへと向かう。
薄暗い渓谷を歩く騎士団。
目立つ光景だけど、出入り口をふさぐように進行しているから、盗賊たちは気づいても逃げられない。
考えられるとすれば籠城戦だ。
そうなった場合、守る側に地の利がある。
長期戦になる前に、混乱の中で盗賊たちを捕らえる。
「これより盗賊のアジトに突撃する! 見つけ次第捕獲しろ! 抵抗するようなら容赦はするな! 立てこもられる前に終わらせるぞ!」
おおー、と騎士団の声があがる。
その声を合図に、騎士たちが突撃する。
先頭を駆ける殿下に続いて、私とシオン君も走る。
相手は王国内でも最高の戦力を持つ盗賊団。
激しい戦闘は避けられない。
ここに来て今さらの緊張が走る。
と、同時に寒気を感じた。
冷たい風が吹き抜ける。
「なっ……どういうことだ?」
「え、ええ? 盗賊が……」
勢いよく突撃した私たちは、慌てて立ち止まる。
盗賊たちのアジト、すでに敵地。
しかし誰も襲ってこない。
騒ぎも起こらない。
それもそのはず……すでに盗賊たちは、壊滅状態にあった。
道端に盗賊が転がっている。
血を流し、うめき声をあげ、中にはピクリとも……。
「あーあ! つまんねーなぁ~ この程度かよ悪党ども!」
「誰かいる?」
盗賊が山積みにされたてっぺんに、一人の男が立つ。
大剣を肩に担ぎ、私たちを見下ろす姿は……。
「ん? なんだお前ら?」
まるで鬼のようだった。






