30.第一王子の進撃
ノーマン様と話した翌日。
正午を過ぎた頃、私とシオン君は殿下の執務室に呼び出された。
廊下で偶然合流した私とシオン君は一緒に執務室へ向かう。
「急ぎで来てほしいって、なんでしょうね」
「四人目が決まったのかもしれないね」
「ああ、だから……うぅ、仲良くできるか心配です……」
「大丈夫、殿下が選んだ人なら」
きっと信頼できるし、仲良くなれる。
私は少しワクワクしながら足を進めた。
どんな人だろう。
すっかり四人目を紹介される流れだと思っていた。
執務室にたどり着き、ノックをしてから許可を得て、部屋の中へと入る。
「来たか、二人とも」
殿下と目が合った。
その時点で不穏な空気を感じ取る。
いつになく険しい表情をしていたから、私はびくっと背筋を伸ばす。
私たちの他に人はいない。
どうやら四人目の紹介、という嬉しい報告ではなさそうだ。
「急に呼び出して悪かったな」
「いえ、殿下、何かあったのでしょうか」
「ああ、まぁよくないこと……いや、面倒なことになった」
「面倒な?」
以前にも同じようなことを口にしていた。
殿下が予期した悪い出来事でもあったのだろうか。
私は息を飲んで尋ねる。
「何があったのですか?」
「すぐわかる。もう来る頃だ」
「来る?」
誰が?
その直後、ばたんと扉が開く。
殿下の部屋に許可もなく入室するなんて、なんて無礼な人なんだ。
と、思うよりも先に理解した。
この人ならば、無礼も許されるだろう。
一目見て誰なのか悟る。
「失礼するぞ、アレク!」
「ノックをしてから入ってください。兄上」
リージョン・デッル第一王子。
アレクトス殿下の三つ年上、王位継承権を持つ人物。
殿下の実の兄が、私のほうへ視線を向ける。
「メイアナ・フェレスと勇者シオン」
私たちの名を口にして、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ちゃんと揃っているな」
「えっと、これは……ど、どういうことですか?」
オドオドと戸惑うシオン君。
私も混乱している。
なぜいきなり、リージョン第一王子が現れたのか。
そしてなぜ、アレクトス殿下が笑っていないのか。
実の兄を見て、警戒している。
「お前たちに集まるよう指示したのは、この俺だ」
「え?」
アレクトス殿下に視線を向ける。
彼は小さく頷いた。
事実らしい。
「お前たち、アレクと一緒に遺跡探索をするつもりだな?」
リージョン殿下が尋ねてくる。
すでに公になっている事実だから、普通に答えていいのか。
迷っていると、代わりにアレクトス殿下が口を出す。
「そうですよ。ここにいる二人と俺、それから探しているもう一人を加えて遺跡探索へ向かいます」
「ふっ、その役、俺が引き継いでやろう」
リージョン殿下は胸に手を当て、自信満々のどや顔を見せる。
アレクトス殿下は眉を顰める。
「引き継ぐ?」
「俺が人員を集め、俺が指揮して探索してやろうと言っているんだ。お前では力不足だろうからな」
リージョン殿下がアレクトス殿下を煽る。
天才と呼ばれる殿下に向かって力不足と言える。
リージョン殿下も優れた人なのか?
私が宮廷にいた頃も、聞こえてくるのは天才王子アレクトス・デッル様の話題ばかりだった。
第一王子の話は一度も聞いたことがない。
私はこの人のことを知らないけど、殿下が劣っているとは思えない。
それ以前に、殿下を馬鹿にされたみたいで不快だった。
「お言葉ですが兄上、すでに人員の確保は進んでおります。兄上の手を煩わせることはありません」
「進んでいる? 本当にそうか? 最後の一人が見つからないのだろう?」
「……」
「騎士団に声をかけているそうじゃないか。あまりいい返事を貰えていないだろう?」
そう言い、ニヤリと笑みを浮かべる。
騎士団の指揮権は、王族と大臣が持っている。
たった一人の指示で、騎士団を動かすことはできない。
多くの者の賛同がいる。
ただし、指揮権にも優劣はある。
たとえば有力な権威を持つ一人が、他の決定に強く反対していたら?
騎士団は決断を悩ませる。
ふと、ノーマン様が言っていたことを思い出す。
王族がアレクトス殿下のような人格者だけではない……。
まさか、四人目が決まらないように、リージョン殿下が圧力をかけた?
「遺跡は魔神が眠っているんだろう? 一刻を争う事態だ。そんなにのんびりしていていいのかなぁ?」
「……」
意地悪な笑み。
この顔は間違いなく、何か裏でしている。
「だんまりか? 俺ならもう揃えているぞ! さぁ入ってきてくれ。紹介しよう――」
部屋の扉が開く。
扉の先に見えた姿に、私は目を疑った。
現れたのは三人。
うち二人は、私がよく知る人物たち。
「お姉様……ノーマン様」
私が捨てたフェレス家の姉、レティシア・フェレス宮廷魔導士。
その隣には、宮廷魔術師の資格をもつ若き当主、ノーマン・ホイッシェル様がいる。
さらにもう一人も見たことがある。
王国騎士団の団長を務めている人物、ランスロット・デュラン。
「き、騎士団長!」
「すまないな、シオン。私は今、この立場だ」
どうしてノーマン様とお姉様がリージョン殿下と?
突然のことで頭がパニックになる。
そんな私の後ろから、アレクトス殿下が冷静に指摘する。
「一人足らないようですが?」
「ああ、最後の一人は決まっている。というより、遺跡を探索するなら必要不可欠な人員だ」
リージョン殿下が指をさす。
その指先は、私に向いていた。
「メイアナ・フェレス。俺に協力しろ」
「――!」
「それはできません! 兄上」
私の驚きをかき消すように、アレクトス殿下が口を挟む。
リージョン殿下はムスッとする。
「彼女は俺の直属の部下です。いくら兄上でも、彼女に命令はできない」
「もちろん知っている。これは命令ではなく一時的な勧誘だ。こちらに手を貸せ」
「あ、わ、私は……」
「こちらのほうがお前をよく知る者が多い。きっとうまくやれるぞ」
リージョン殿下は得意げに言う。
何を……言っているの?
そのメンバーで、上手くやれる?
一番ありえない。
私は戸惑いを通り越して呆れてしまった。
「俺が許可しません」
そんな私を守る様に、殿下が前に出る。
「アレク、わかっていないな。こちらは準備を終えているんだぞ」
「なら、こっちも早急に見つけます。最後の一人、そうすれば問題ありませんよね?」
「見つかるのか? こっちも暇じゃない。せめて一週間以内に見つけてくれないと――」
「わかりました。一週間で見つけます」
アレクトス殿下が強く言い切る。
少し強引だ。
こんなにも表情に余裕がない殿下を初めて見る。
「いいだろう。ただし、見つけられなければメイアナを借りるぞ」
「それで構いません」
「――ふ、じゃあ楽しみにしてるよ。頑張ってくれ」
リージョン殿下は手を振り、三人をつれて部屋を出て行く。
ノーマン様は軽く私に目配せをする。
お姉様は、視線を逸らした。
一瞬にいろいろと起き過ぎて、未だ混乱している。
「悪いな二人とも」
「殿下」
「俺を信じてほしい。必ず見つける」
殿下の瞳から決意がみなぎる。
私はふと、一つだけ聞いたことあるリージョン殿下の噂を思い出す。
本来なら、もっとも次期王に相応しいお方、だった。
そう、アレクトス殿下がいなければ。
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