3.天才王子の選択
宮廷の廊下を歩く。
すれ違う人たちが、何やら噂話に花を咲かせていた。
「ねぇ聞いた? アレクトス様の話」
「優秀な人に声をかけて回ってるって話でしょ? あれ本当なの?」
「みたいよ。婚約者を選んでるって話も聞くわね」
「本当? 声かからないかしら」
「みんな内心期待してるわ」
アレクトス殿下の話で盛り上がっているみたいだ。
第二王子様の噂は以前から耳にしている。
若くして現代魔術の全てを網羅し、その他の分野でも完璧以上に熟す天才。
王位継承者の中でも、次期国王の有力候補と言われている。
つまり、肩書も立場も、実力も備えた凄い人だ。
私とは一番縁遠い存在で、彼女たちのような期待すらもてない。
もし噂が本当で、声がかかるとしたら……。
私が部屋に戻ると、珍しく彼女がいた。
「お姉様、どうしてここに?」
「何言ってるの? ここは私の研究室よ。私がいて何がおかしいのかしら?」
「えっと、出かけたと思っていたので……」
「今日はなしよ。一日ここにいるわ」
嵐でも起こるんじゃないか。
お姉様が遊びに行かず研究室に残るなんて……と、思ってすぐに悟る。
どう見ても仕事をする雰囲気はない。
ただいるだけだ。
私のことを監視するつもりなのだろうか。
今さら?
違う……そうだ、あの噂。
お姉様は窓の外を見ていた。
その横顔からは期待の感情が読み取れる。
きっとお姉様は待っているんだ。
アレクトス様から声がかかるのを……。
優秀な人材、もし声がかかるなら自分だと信じているから。
トントントン――
ドアをノックする音が響く。
私とお姉様はほぼ同時に振り向く。
「どうぞ」
お姉様が招き入れる。
いつもは座らない椅子に腰かけ、仕事をしているふりをする。
相変わらず抜かりない。
私には視線で、邪魔にならないように端っこへ行けと言う。
それに従い、私は壁際へ移動した。
扉が開く。
姿を見せたのは、期待の人物だった。
「失礼する」
「――! アレクトス殿下!」
銀色の髪に青い瞳。
美しい肌はまるで女性のようで、多くの女性を魅了してきた。
こうも間近で見るのは初めてだ。
レティシアは驚いた演技をしている。
本当はわかっていたくせに。
「仕事中にすまないな」
「いえ、そんな! 本日はいかがなされたのでしょう」
「実は少し用があってね。時間を貰えるか?」
「はい! もちろんです」
やっぱり、彼女は選ばれるんだ。
悔しいけど、彼女ならあり得る話だと納得してしまう。
こうやってまた一つ、姉との差が広がる。
私は一生追いつけない。
いつだって日の下にいるのは彼女で、私は日陰だ。
私が照らされることは――
「ありがとう。と言っても、用があるのは君じゃない」
「え?」
「君だよ。メイアナ・フェレス」
「……へ?」
思わず変な声が出てしまった。
殿下の視線が、指先が、私のほうを向いている。
後ろは壁で、誰もいない。
この部屋には私たちしかいないから、他の誰かというわけじゃない。
間違いなく、殿下は私を見ている。
「わ、私……ですか?」
「ああ、君をスカウトに来た」
「スカウト?」
「そう。実は今、とある計画のために優秀な人材を集めていてね。君もその一員に加わってほしいと思っている。詳細はまだ言えないけど、第二王子付き直属の立場になる」
王族直属の部下とは、その名の通り王族個人に付き従う者のこと。
立場だけで言えば、宮廷で働く者たちよりも上だ。
直属になれば、従う王族以外の命令は聞く必要がなくなる。
たとえ相手が名のある貴族でも、他の王子であっても。
それ故に、選ぶ側も慎重になる。
相応しくない者を従えれば、主の品格や器量を問われるから。
そんな大役に……。
「私を、ですか?」
「ああ、君をスカウトしたい。どうだろう?」
「……どうし――」
「なぜですか!」
私より先に、レティシアが大きな声を出す。
いつになく余裕のない表情で。
「どうかしたか?」
「なぜ、メイアナなのですか? 彼女は魔術師としては未熟で、とても殿下のお役に立てるとは思えません」
彼女はキッパリと言い切る。
本人がいる前で、私では不足だと。
しかし事実、私も同じことを考えていた。
どうして私が選ばれたのか、疑問で頭がいっぱいだ。
「メイアナが満足に使えるのは、時代遅れなルーン魔術だけです。それではとても」
「そのルーン魔術が必要なんだよ」
「なっ……どういう……」
「俺はずっと、ルーン魔術を使いこなせる魔術師を探していた。王国中探したけど、彼女以上に使える人材はいなかった。だから彼女をスカウトしに来たんだ」
そう言いながら、殿下は私と視線を合わせる。
「メイアナ、君の力が必要だ」
「私の……」
「待ってください! それくらいなら、私にもできます」
レティシアが叫ぶ。
先ほどより余裕がない表情で息を荒げている。
私が選ばれそうになって、焦りで姿勢も前のめりになっている。
「へぇ、使えるんだ?」
「はい。あんな時代遅れの産物、私でも使えます」
彼女は言い切る。
ルーン魔術の練習なんて一度もしたことがないはずなのに。
私に大役を奪われないように。
それを聞いた殿下はニヤリと笑みを浮かべる。