28.雨は好きですか?
わずかな時間で、私たちは少し打ち解けることができた。
似た者同士だったこともあるだろう。
私も彼も、自分に自信が持てずに俯いて生きていた。
殿下のおかげで私は前を向くようになり、彼も今、変わろうと歩き始めた。
似ているからこそ、お互いの気持ちが何となくわかる。
勇者の気持ちがわかるなんて言ったら、烏滸がましいと思われるだろうか?
少なくとも、目の前にいる気弱な勇者は思わない。
「騎士団に入る前は何をしていたの?」
「田舎の小さな村で、おばあちゃんと暮らしていました」
「そこからいきなり騎士団に? 凄いね」
「運がよかったんです。村を魔物が襲って、それを偶々通りかかった騎士団が助けてくれて、そこに殿下もいてボクを見つけてくれました」
「そうだったんだ」
まさに運命の出会い、というものだろう。
小さな村で暮らす少年が勇者として王都にやってきたのだ。
「じゃあ、聖剣は騎士団に入ってから?」
「いえ、生まれつき、だと思います。聖剣はボクの身体に同化しているんです」
「魔術みたいなんだね」
「そ、そうですね。ボクも自分でよくわかっていなくて……自覚してからも、まだ使いこなせなくて」
そんな自分が情けないと、シオン君の表情は言いたげだ。
私は騎士団の方々とシオン君の戦いを思い返す。
一瞬で決まった勝敗。
あれだけ強くて、まだ使いこなせていないの?
私が想像する以上に、勇者の力は強大なんだ。
「その時に殿下に誘われて、王都に来たんだね」
「はい。最初は行きたくなかったんですけど……おばあちゃんがボクに、必要としてくれる人がいるなら応えなさいって、言うんです。だから仕方がなく」
「嫌々だったんだ……」
「さ、最初はです! つい最近までは……けど、今は少し、よかったと思えます」
そう言いながら、シオン君は私の左胸を見ている。
彼の目には綺麗な花が見えているはずだ。
「王都も騎士団も怖かったけど、優しい人たちが多くて安心できました」
「殿下の国だからね」
殿下自身がとてもお優しい人だ。
彼の父親である陛下も、見た目はちょっぴり怖いけど、優しさを宿している。
もちろん、誰もが優しいわけじゃない。
厳しくて、意地悪で、仲良くなれない人もいるけど。
私は一人でも、自分を認めてくれる人がいたら、それでいいと思っている。
「お互い、殿下に見つけてもらえてよかったね」
「はい」
「ねぇシオン君、殿下の心はどんな形をしてるの?」
私は自然な流れで彼に尋ねる。
密かに気になっていたことだった。
私の心が綺麗な花なら、殿下はどうなのだろう。
私より優しくて、誰より輝いている人の心が、どんな風に見えているのか気になった。
「殿下の心……ですか」
「うん」
シオン君は少しだけ暗い表情を見せる。
一瞬、躊躇ったようにも見えた。
聞いちゃいけないことだったと思った私は、慌てて否定しようとする。
「言えないなら無理には――」
「雨です」
けれど、シオン君は答えた。
「雨?」
「はい。殿下の心は、雨です」
「それは、雨が降っているってこと?」
シオン君は小さく頷く。
心に雲がかかるとか、雨が降るという比喩表現は聞くことがある。
どちらも悲しい感情を表すもので、前向きではない。
殿下の心は、泣いている?
不安になった私は、シオン君に続けて尋ねる。
「どんな感じ?」
「優しい雨です。冷たくもなくて、ほんのり温かいような」
優しくて、温かい。
そう聞こえてホッとする。
雨は雨でも、悲しい雨ではなかったとわかって。
「ただ、その雨の奥に……冷たくて暗い何かが、あるんです」
「え?」
けれど不穏な言葉が聞こえる。
「それは何?」
「わかりません。ボクには見えるだけで、何かは……ただ、殿下は何か、心の中に悲しみを抱えている……気がします。だから雨も……」
シオン君の声量は徐々に小さくなる。
確証はなく、心の形はシオン君にしか見えない。
だから実際、殿下の心がどんな風に見えているのか、私には伝わらない。
シオン君にしかわからない感覚はある。
だからこそ、彼が口にした憶測は限りなく核心に近い、気がする。
人は誰しも、他人に言えない悩みを抱えている。
殿下が抱える悩み……。
知りたいと思った。
単なる興味ではなく、その悩みを解決できないかと。
出過ぎた真似なのはわかっている。
それでも、殿下が私を認めてくれたように、私も殿下の力になれたら……。
ガチャリ、と扉が開く。
タイミングを計ったように彼が戻ってきた。
「殿下」
「遅くなったな。メイアナ、シオン」
彼はいつものように優しい笑顔を見せる。
私には心が見えない。
ただじっと、彼の左胸を見つめる。
「……雨」
ぼそっと声に漏れた。
その時、殿下の表情がわずかに曇ったように見えた。
「降ってきたか?」
「いえ、そういうわけではなくて……」
聞いてもいいのだろうか。
というより、私が聞いて答えてくれるのだろうか。
数秒悩み、今の私が聞ける一言を絞り出す。
「殿下は、雨は好きですか?」
「――!」
唐突な質問に彼は驚く。
シオン君もビックリしていた。
遠回しでも、この質問が精いっぱいだ。
「……なんで急にそんなこと……まぁ、雨か」
殿下は窓の外を見る。
「――嫌いだよ」
そう言って笑った。
いつもの笑顔ではなくて、無理矢理作った笑顔だった。






