27.似た者同士?
「えっと……」
私は戸惑う。
あなたは心が綺麗です。
その理由を教えてください、という質問を受けて、なんと答えるのが正解なのだろうか。
第一、心の綺麗さって何だろう?
私には他人の心は見えない。
心がどういう形をしていて、どんな色をしていて、人それぞれの違いもわからない。
シオン君に教えられるまで、自分の心がどんな形をしているのかなんて考えたこともなかった。
悩み、考え、最適な答えを思い浮かべる。
結果、振り絞る様に口から出たのは……。
「……わかりません」
この一言に尽きる。
お姉さんらしく振る舞おうとして失敗し、私はしょんぼりする。
「ごめんなさい。上手く答えられなくて」
「い、いえ! ボ、ボクが変な質問したのが悪いんです! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「シオン君が謝らなくても」
「違うんです。ボクいつも空気読めなくて……だから友達もいないし、誰かと話すのも苦手で……」
徐々に声量が小さくなる。
シオン君は自信のなさが態度に出ている。
でも、逆に言えば苦手なのに、勇気を振り絞って話をしてくれたということだ。
やっぱり私が悪いかな。
シオン君の勇気にちゃんと応えられなかった自分が不甲斐ない。
「ねぇシオン君、心ってどんな風に見えるの?」
だから今度は、私から質問することにした。
わからないなら理解する努力をしよう。
ルーン魔術を学んだ時と同じだ。
知らないからわからない、知識がないから考えられない。
彼の言葉も、問いかけも、知れば応えられる。
「心が見えるって、どんな感じなのかな」
「えっと、形はみんな違います。大きさも、見える場所は大体同じで、ここです」
シオン君は語りながら自分の左胸を指さす。
彼を真似て自分の同じ場所を触る。
ドクンドクンと鼓動が聞こえる。
「心臓?」
「は、はい。その辺りに浮かんで見えるんです。メイアナさんのも、そこにあります」
「私の心……綺麗って言ってくれたよね」
「はい! すごく綺麗です! 見ていると吸い込まれそうになるくらい!」
シオン君は目を輝かせて語る。
緊張はしつつも前のめりに、少しだけ興奮しているように見えた。
そんなに私の心は綺麗なのか。
と、改めて頭で考えると無性に恥ずかしくなる。
それと同じくらい、興味が湧く。
「ど、どんな形?」
「花、です」
「花?」
「なんの花かは、わからないですけど……」
シオン君はもじもじし始める。
チラッと目を合わせ、すぐ逸らしを繰り返す。
何か言いたげな雰囲気を感じた私は、優しく彼に言う。
「いいよ。なんでも言って」
「――は、はい! 実はその……以前に一度だけ、宮廷でメイアナさんをお見掛けしたことがあったんです」
「そうだったの?」
「はい。とても忙しそうにしていて、見たのもほんの一瞬でしたけど」
見習いとして働いている頃だろう。
報告のために研究室を出て宮廷を歩き回っていたこともある。
騎士団隊舎と宮廷は隣合わせにあるし、接点は少ないけど見かけることはある。
どこかですれ違っていても不思議じゃない。
「その時にも心が見えて……けど、つぼみだったんです」
「つぼみ?」
「はい。それでも十分綺麗でした。けど、花が咲いたらもっと綺麗だろうなって思って、だから印象に残っていて……」
「今は、花が開いてるの?」
「はい!」
シオン君はキラキラと瞳を輝かせて返事をした。
彼曰く、心の形は変化するらしい。
その時々の心境や置かれた状況によって、大きくはなくとも日々変化している。
私の心は花の形をしていて、初めて彼が見つけた時はつぼみの状態だった。
それが今は、綺麗に咲いているらしい。
「だ、だから思わず、声に出ちゃいました」
「そうだったんだ。もしかして、さっき理由を聞いたのはそのせい?」
「はい。つぼみが開いていたのが、どうしてなのかなって。ボクには心は見えても、変化の理由まではわからないので」
「変化の理由……か」
私は目を瞑り、自分の左胸に手を当てる。
自分の心をイメージする。
ここに、花が咲いている。
宮廷で働いていた頃はつぼみが閉じていたらしい。
それが今、咲いている。
私は目を開ける。
「きっと、解放されたからだと思う」
「解、放?」
私はこくりと頷く。
「ずっと落ちこぼれだって言われて、自分はダメな人間なんだって思ってた。けど、そうじゃないんだって教えてくれた人がいた」
その人は私を選んでくれた。
優秀な姉ではなく、私が必要だと言ってくれた。
「成果を出したらちゃんと認めてくれる。よくやったって、褒めてくれる。その一言がずっとほしかった。だから、私の心が綺麗になってくれたのは、殿下が私を認めてくれたからだと思う」
つぼみだった花に水をくれた。
花開く機会をくれた。
心の花が咲いてくれたのは、殿下の言葉に励まされたからだ。
「殿下のおかげで自分に自信が持てるようになった。だから私は、殿下の役に立ちたいんだ」
「――やっぱり、綺麗です」
シオン君は言う。
ぎゅっと、自分の胸の前で手を握りながら。
「そうやって素直に言えるのは、メイアナさんの強さだと思います。強くて、綺麗です」
「ありがとう。シオン君」
そう言える君の心も、きっと綺麗なのだろう。
勇者に選ばれる人の心が綺麗じゃないはずないから。
「……ボクも、そんな風になりたい、です」
「なれるよ、きっと」
「本当、ですか?」
「うん。だって私がなれたんだから、誰だってなれるんだと思うよ」
大事なのはきっかけだ。
それさえ掴めば、人は変われる。
私はそれを知っている。