25.褒めてください
聖剣を抜いた彼の横顔は凛々しく、頼りなさのカケラも感じない。
歴戦の古豪、強者の風格。
剣術の素人である私にもわかる雰囲気を纏う。
聖剣が脈動するように輝きを放っている。
今の姿なら間違うことはない。
まさに勇者、天に選ばれし者の姿だ。
シオン君が聖剣を鞘に収める。
「――す、すみません!」
途端、大きな声で謝り出した。
「騎士団の備品壊しちゃいました! 弁償、弁償ですよね? でもボクあんまりお金持ってないんです! なんでもするから命だけは!」
「えぇ……」
さっきまでの凛々しい姿はどこへやら。
聖剣を抜いている時と普段で、まるで別人みたいに雰囲気が変わる。
「落ち着けシオン、俺が命令したんだ。お前が弁償する必要はないし、そもそも木剣も消耗品だ」
「じゃ、じゃあ弁償しなくていいんですね?」
「そう言ってるだろ。まったく、すまないな皆、協力してくれてありがとう」
殿下に労われ騎士たちが頭を下げる。
騎士たちの横顔は、少し悔しそうに見えた。
みんなそれぞれの訓練に戻っていく。
「じゃあボクもこれで……」
「お前は残れ」
「ひぃ!」
首根っこを掴まれ、猫みたいに硬直する。
「な、なんですか?」
「なんですかじゃない。スカウトに来たって言っただろ?」
「だ、だから騎士団に入ったじゃないですか!」
「その話じゃない。新しい話だ。お前の力を貸してほしい」
殿下はシオン君に手を差し出す。
殿下から直々のお願いだ。
私だったら喜んでその手をとる。
「な、何させる気ですか……」
ただ、彼は慎重だった。
というより臆病なあまり疑っているように見える。
「ある遺跡の調査だ。人数制限があってな。どんな危険があるかわからないから、腕がよくて信頼できる人を集めてる」
「じゃ、じゃあボクは合わないですよ。弱いし、こんなだし」
「あのなぁ……自分を弱いなんて言うな。だったら、今戦った騎士たちはみんな弱かったのか?」
「そ、そんなことありませんよ! 皆さんボクなんかより訓練してて、強いと思います」
「そうだな。彼らは弱くない。そんな彼らに勝ったお前が弱いなんて言ったら、彼らにも失礼だぞ?」
「う……すみませんでした」
珍しく殿下が説教をしている。
しょぼんとしたシオン君を見ていると、無性に慰めたくなる。
「大体お前、それだけ強いんだからもっと堂々としろと言っているだろ! 自覚を持て! お前は勇者なんだ」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
「自覚を持つって、難しいですよね」
「メイアナ?」
ふいに頭で考えたことが言葉になって漏れた。
二人の視線が集まる。
「あ、すみません! 口を挟んでしまって」
「いや、いいぞ。言いたいことは言うべきだ。特に俺の前では遠慮するな」
「はい、えっと……自覚が持てないのは、自分に自信がないからだと思います。私も……ずっとそうでした。自分はなんでこんなにできないんだって、思ってました」
なんでもそつなくこなす姉と比べられてきた。
できないことのほうが多い。
姉は優秀で、私は落ちこぼれ。
その差を嫌というほど見せつけられてきた。
唯一できたルーン魔術も、自慢できるなんて思えたことがなかった。
「最近やっと、自信が持てるようになったんです。殿下に、凄いことなんだって褒めてもらえて、ちゃんと成果も残せるようになって……殿下のおかげで、自分に何ができるのか考えるようになれました」
「俺は何もしてないけどな。ただ声をかけただけだ」
「それが、私にとっては大事だったんです。きっと、シオン君? も、同じだと思います」
「……」
私はシオン君と目を合わせる。
エメラルドグリーンの綺麗な瞳に、私の顔が反射して映る。
不思議な感覚だ。
こんな私が、他人を慰めたり、何かを伝えられるなんて……。
「たくさん、褒めてもらえばいいと思います。凄いところを見せて、頑張って、それを認めてもらえたら……きっと自信が持てるようになります。私がそうだったみたいに」
「――綺麗」
「え?」
ぼそりと、シオン君の口から漏れた言葉に私は驚く。
「あ、えっと、変な意味じゃなくて心が!」
「心?」
「はい。ボク、心が見えて……こんなに綺麗な心の人、初めて見ました」
「私の心が……」
綺麗?
彼の目にはどう見えているのだろう。
心なんて形のないものを想像したこともない。
ただ、見た目を褒めてもらえるより――
「ありがとう。シオン君」
心を褒めてもられるほうが、気持ちがいいと思えた。
私にも見えたらよかったな。
その綺麗な瞳に私がどんな風に映っているのか、知りたかった。
「ボ、ボク、やります!」
「シオン君?」
「お、急にやる気が出たな」
「はい! その、ボクも……こんな自分が嫌で、変えたいとは思っていたんです。だから殿下に言われて、騎士団にも入って……」
「そうだったな」
殿下が優しい目でシオン君を見つめる。
シオン君は騎士団に入る前、どこで何をしていたのだろう。
「ボクにできることなら、が、頑張ります! だ、だからその、上手くいったら……褒めてほしいです」
「ああ。目いっぱい褒めてやる。お前にも期待してるんだ」
「は、はい!」
元気のいい返事が響く。
「これからよろしくお願いします。シオン君」
「はい! こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
私は今日、勇者と出会った。
彼が本当の意味で勇者と呼ばれるようになるのは、まだ先の話だ。
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