24.臆病な勇者くん
勇者とは――
聖剣に選ばれし者。
王国の長い長い歴史の中で、何度も登場する名前でもある。
彼らは英雄だった。
大戦を勝利に導き、巨悪を退け、力なき者には安らぎを、共に戦う仲間には勇気を与える。
故に、勇ましき者と呼ばれる。
誰でもなれるわけじゃない。
聖剣に選ばれるということは、天の声を聞くということ。
世界のどこかにいるかもしれない神様に愛された人間だけが、その資格を得る。
殿下は私のことをよく褒めてくれる。
ルーン魔術が使えることを、選ばれたのだと言ってくれる。
けれど、本当の意味でこの言葉が相応しいのは、勇者だけだろう。
「こっちだ」
「ここって……」
騎士団隊舎。
王国が誇る最高戦力、騎士団の総本部。
今も訓練する騎士たちの掛け声がよく響いている。
魔術師は強いけど、万能じゃない。
剣術、槍術、弓術、体術……肉体を鍛え上げた者が勝る部分も当然ある。
王国を支えているのは魔術師だけじゃない。
むしろ、自らの身体を鍛え上げ、その力で剣を振るう騎士たちこそ、最強にして最大の砦だと思う。
「勇者は騎士の中にいるんですか?」
「ああ、ついこの間入隊させたばかりだ」
それで私はよく知らないのか。
同じ王城の敷地内にあって、騎士たちとも顔を合わせる機会はある。
勇者なんて目立つ存在がいれば、必ず噂を耳にするはずだ。
知らなかったのは、最近までいなかったから。
だとしても、もう少し話題になっていても不思議じゃないのに……。
どんな人だろう?
ここに来て余計に興味が湧く。
隊舎の中に進むと、騎士たちが汗を流して訓練していた。
殿下を見て立ち止まり、礼儀正しく頭を下げる。
慣れている殿下と違って、私まで緊張する。
そのままどんどん奥へと進んでいく。
大広間に到着して、殿下が立ち止まった。
「どこにいるかな」
呟きながらキョロキョロ探す。
ここも修練場の一つらしい。
周りでは比較的若い騎士たちが訓練している。
先輩騎士に指導してもらっているみたいだ。
「おらどうした! まだ十本だぞ!」
「ひぇえ……もう限界です。許してくださいぃ」
「甘ったれるなシオン!」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい!」
目立つ青い髪の少年が、木剣を握ってしりもちをついている。
若い面々の中でも特に若い。
見た目からの憶測だと、十三、四歳くらい?
まだ子供だ。
いかにも気弱そうで、騎士には見えない。
訓練……しているのだろうけど、絵面は完全にいじめのそれだ。
あんな子供までスパルタな訓練をするなんて、騎士の世界も厳しいんだな。
「あ、いた。シオン!」
「え?」
シオンって、あの気弱そうな男の子の名前じゃ……。
ああ、あの指導している厳しそうな先輩が勇者なのかな?
二人ともこっちを向く。
厳しそうな人だし、仲良くできるかな……。
いきなり不安だ。
「殿下がお呼びだぞ! 早く行け!」
「は、はいぃ!」
慌てて男の子が駆け寄ってくる。
勇者じゃなくて男の子がこっちに……まさか……いやそんなことは。
「な、なんでしょうか?」
「お前をスカウトに来たんだよ」
「え、で、殿下まさか、この子が……勇者なんですか?」
「ああ! シオン、聖剣に選ばれた勇者だ」
予想外の人物像に、思わず二度見する。
怯えた眼差しで私を見つめる少年は、木剣を両腕でぎゅっと抱きかかえている。
ただでさえ小さい体が、余計小さく見える。
よく見ると目の色が透き通るようなエメラルドグリーンで、綺麗だった。
「ほらシオン、お前も挨拶しろ」
「は、はい! シオン、です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私はメイアナ、宮廷魔術師です」
お互いに一歩引きながら挨拶を交わす。
私が目を合わせると、シオン君は目を逸らす。
人見知りが激しい子なのだろうか。
「殿下、この子が勇者なんですよね?」
「ん、信じてないな」
「いえ、そういうわけでは」
「構わない。たしかに、この見た目で勇者っぽくは見えないよな」
「すみません、すみません!」
「なんで謝るんだよ……」
ペコペコ頭を下げるシオン君と、それに呆れる殿下。
殿下も認めるほど、彼は勇者らしく見えない。
「こういうのは見たほうが早いな。お前たち、ちょっと集まってくれ」
殿下が訓練していた騎士たちを集めた。
すぐに集合した若い騎士と、指導していた先輩騎士たち。
二十人以上いる。
こうして囲まれると、なんだか威圧感がある。
「いかがされましたか? 殿下」
「少し手を貸してくれ。お前たち全員と、シオン、お前とで模擬戦闘訓練だ」
「え、ええ! ボク一人で、ですか?」
「ああ。その代わりお前は聖剣を抜いて戦え。ただし怪我はさせないように。お前ならできるだろ」
「む、無理ですよそんなの! ボクが一方的にボコボコにされます!」
シオン君は涙目になって拒否する。
なんだか可哀想になってきた。
「それが嫌なら本気で戦え」
殿下は厳しい言葉と視線を向ける。
ちょっぴり怖いくらい強引だ。
結局逆らえず、シオン君対騎士の方たちが始まる。
騎士たちは木剣を使う。
殺傷能力は低いけど、この人数差だ。
普通なら一方的にリンチされる。
オドオドするシオン君は、誰が見てもいじめられる側だった。
「殿下、大丈夫なんですか?」
「ああ。こうでもしないと、あいつは剣を抜かない」
「行くぞシオン! 殿下の前だ! 我々も全力で相手をする!」
「う、うぅ……なんでこんなことに……」
騎士たちもやる気だ。
いじめみたいな構図も気にしていない。
戸惑っているのは私とシオン君だけらしい。
「あいつは見ての通り臆病だ。だけど、聖剣に選ばれた勇者である事実に嘘はない。普段は頼りなくても、聖剣を抜けば――」
「行くぞ!」
「ひ、ひぃ、もうどうなっても知らないですよ!」
怯えるシオン君の胸の前に、純白の剣が召喚される。
鞘に収まったまま浮かぶそれを、シオン君は抜き去る。
直後――
風が吹く。
瞬きなんてしていない。
目を凝らしていたのに……見えなかった。
気づけば騎士たちの木剣は切断され、ボトボトと刃の部分が地面に落ちる。
彼らの視線の先にシオン君はいない。
シオン君は、彼らの背後で聖剣を抜いていた。
「あれが……」
「そう。あれが勇者シオンだよ」






