2.優秀な姉
翌日も変わらず、私は宮廷で働く。
朝一番に研究室へ赴き、その日にやる仕事をまとめておく。
レティシアが来る前に仕事を開始して、彼女がやってきたのは二時間後だ。
「今日の仕事は?」
「これです」
挨拶もなく、彼女は私に尋ねる。
積まれた仕事内容を見た彼女はだるそうにため息をこぼす。
「こっちも全部メイアナがやっておきなさい」
「え、でもこれはお姉様に来た仕事で」
「うるさいわね。貴女がやって私の名前で提出すればいいのよ。いつもやってることでしょ?」
「――っ! そうだけど……」
納得しない私に、レティシアはもう一度大きなため息をこぼす。
「いい? 貴女がここにいられるのは私のおかげなの。私がいなかったら貴女、何の価値もないのよ? ちゃんと役に立ちなさい」
「……」
「いいわね?」
「……わかり、ました」
こうしていつも、無理矢理納得させられる。
彼女のおかげでここにいる。
事実だから言い訳のしようもなかった。
「そう。じゃあ私は出かけるわ」
「どこに?」
「貴女に言う必要はないでしょ? 私の分までしっかり働きなさい。私は忙しいの」
理由も告げず、レティシアは研究室を出て行った。
よくあることだった。
いつもだ。
彼女は私に自分の仕事を押し付けて、どこかへ行く。
どうせまた男の所だろう。
彼女が仕事もせずに遊んでいることくらい知っている。
私が補佐役になってから、彼女は真面目に働いていない。
ほとんどの仕事は私が代わりにやっている。
ここ最近、新たに開発した魔術も私がほぼ全て作り、最後の仕上げをレティシアがやっただけだ。
「……」
私はふと手を止める。
この事実を公表すれば、私の評価は変わるだろうか?
いいや、変わらない。
きっと誰も信じてくれない。
姉は優秀で、妹は無能。
力関係は明白で、世間における評価もすでに固まっているのだから。
「終わらせなきゃ」
今日も仕事は山盛りだ。
優秀な姉の元には、様々な案件が舞い込んでくる。
その全てを、姉の代わりに処理しないといけない。
そのせいで私は毎日のように残業だ。
彼女の補佐になって以来、定時で帰宅できた日なんて一日もない。
毎日毎日必死に働いて、忙しい日々を送る。
だけど全ては、姉の代わりだ。
姉の代わりに業務を熟し、新しい魔術を考案して、それが姉の功績として世に発信される。
唯一自分だけのものだった婚約者も、いつの間にか姉に奪われてしまった。
今の私には何もない。
ルーン魔術くらいか。
この力も私自身も、時代遅れなのだろう。
時間が過ぎて、夜になる。
案の定、定時までに仕事を終えることはできなかった。
窓の外は真っ暗で、他の人たちはみんな帰ってしまったのだろう。
とても静かで、孤独を感じる。
「やっと終わった……はぁ」
どっと疲れを感じながら、帰り支度をする。
結局レティシアは一度も戻ってこなかった。
今日中に提出する書類もあって、本当ならチェックをしてほしかったのだけど……。
仕方ないからそのまま提出する。
もし不備があったら私が怒られるし、何度も見返した。
他人に仕事を押し付けておいて、失敗したら私のせいにされる。
何のために頑張っているのか、自分でもわからない。
帰り道、トボトボと歩きながら水路を見つける。
周りには誰もいない。
私はしゃがみこみ、水路の水に指をかざす。
「ᛚ(ラグズ)」
水面にルーン文字を刻む。
すると水面がうごめき、波紋が生まれる。
小さな変化だけど、ルーンによって水を操った。
水面に刻んだから、波でルーンは歪みすぐ消えてしまうけど。
これを水中の何かに書き込めばもっと大きな波が起こせた。
「うん。いい感じ」
屋敷でも仕事場でも、私に自由はない。
日中のほとんどを仕事に費やし、休日も屋敷から出られない。
両親の意向で、私は許可なく外出ができないんだ。
だけど、この帰り道だけは自由。
私はこっそり遠回りをして、ルーン魔術の練習をする時間に当てている。
みんなは時代遅れだと言うし、確かに現代にはそぐわない。
けれど、ルーン魔術は歴史が長く、奥も深い。
私個人としては、現代魔術にも負けない可能性が眠っていると思っている。
いつの日か、それを証明出来たら……。
なんて、考えて失笑する。
「無理だよね」
私にはそんな機会、永遠にめぐって来ない。
◇◇◇
メイアナが去って行く。
未だ緩やかに波を打つ水路の前に、一人の男性が立つ。
しゃがみこみ、水の状態を確認する。
「……微かに魔力が……なるほど、これがルーン魔術か」
水に触れた手を握りしめ、立ち上がる。
すでにメイアナの姿は見えない。
彼は彼女が歩き去った方角を見つめて、不敵に笑う。
「面白いな」
この王国には天才がいる。
男の名はアレクトス・デッル。
サーグリット王国第二王子にして、若き天才魔術師である。