15.お断りします
「こ、これは失礼いたしました! アレクトス殿下!」
「何が失礼なんだ? 俺だと気付かなかったことか? それとも、彼女に意地の悪い問いを迫ったことか?」
「――!」
殿下は私たちの話を聞いていたらしい。
いつから?
わからない。
別れたはずの殿下がここにいる理由も……。
まるで、私を助けるために来てくれたように登場して、胸の鼓動が速くなる。
「殿下……」
「偶然だよ。こっちに視察の用があって、偶々君たちが目に入った。そしたら、君が俯いているのが見えたんだ」
「……」
「婚約をし戻す、か」
殿下は笑みを浮かべながら、ジリーク様に視線を向ける。
ビクッと反応したジリーク様は目を細め、額から汗を流しながらも笑みを見せる。
「はい。その通りでございます。お見苦しいところをお見せしました。ですがご心配なされぬよう。これは私と、メイアナの問題です」
「そうだな。この件に関して、俺は部外者だ。個人の、家同士の話に首を突っ込む気はない」
「さすが殿下、ご理解が――」
「ただし一つ忠告しておく」
優位を確信したジリーク様の言葉を遮って、殿下は言う。
「彼女は今、俺の直属の部下だ。つまり俺の庇護下にある。彼女の自由、権利を阻害し、職務を全うできないような事態になれば、王族への反逆と見做されるかもしれないな」
「……それは――」
「メイアナ次第だ」
殿下が私に視線を向ける。
真剣に、でも優しく。
「安心しろ。俺はお前の選択を尊重する。嫌なものは嫌だと、言ってもいいんだぞ?」
「――」
「聞き捨てなりませんね。何が嫌と――」
「お断りします」
私は拒絶する。
もちろん、ジリーク様に向かって。
頭を下げながら。
「何を……」
「婚約の件です。素敵なお話ですが、一度破棄された私にその資格はございません。フェレス家としましても、すでにお姉様とご婚約されております。私とわざわざ婚約する利点は、ないように思えます」
「っ、君の意思はわかった。だがご両親がどう判断されるか」
「わかっております。ですので、私からお父様とお母様にはお話しさせていただきます」
なぜだろう?
殿下が傍にいてくれる。
隣に立ってくれているだけで、こんなにも勇気が湧く。
私の味方をしてくれるから?
心強いと感じている……だけ、なのかな。
貴族同士の婚約は、家同士の交友を深めるものであることが多い。
とは言え、個人の意思がまったく尊重されないわけでもない。
特にその個人が、然るべき地位を確立している場合、家は個人の意思を無視できない。
「話は終わりです。私はお仕事がありますので、これ以上は……」
「業務の妨害がしたいなら、俺がゆっくり話し相手になってやろうか?」
「……くっ、王都に戻ってから話そう、メイアナ」
「機会がございましたら」
悔しそうな横顔を見せて、ジリーク様は背を向ける。
初めて、彼のあんな顔を見た。
意地の悪い話だけど、少しだけ気分がいい。
と同時に、緊張が解けてどっと疲れが押し寄せてくる。
「はぁ……」
「お疲れ様」
「殿下……」
「災難だったな。ここまで来て面倒な奴にからまれるなんて」
そう言って彼は笑う。
殿下が来てくれなかったら、私は場の圧に流されていただろう。
不本意を受け入れて、したくもない婚約をして。
その先に幸せはないと理解しながら。
「ありがとうございました。殿下」
「俺は何もしてない。ただ小言を言っただけだ」
その小言が、私の背中を押してくれた。
「まぁ、小言ついでにアドバイスをしておこう」
「アドバイス、ですか?」
「ああ」
彼は右手を挙げて、人差し指を立てる。
その指は、私のおでこに触れる。
「もう少し、自分に自信を持て」
「え?」
「君は俺に選ばれたんだ。そんな奴、この国じゃ数えるほどしかいない。もっと堂々としていればいいんだよ」
「殿下……」
そうだ。
私は殿下の部下になった。
その私が情けない姿を見せれば、殿下の評判にも繋がる。
私を選んでくれた殿下に、後悔してほしくない。
迷惑はかけたくない。
「努力します」
「それはもうしてるだろ? 君に必要なのは、努力している自分を認めることだ」
「はい!」
まだまだ難しい。
けど、殿下がそう言ってくれるのなら……。
少しだけ、私は凄いんだと思ってみよう。






